ep44:攫われたノエル
「────ご報告いたします。ノエル殿の魔素濃度適応の結果が出ました」
いつも通り書類に囲まれている執務室に、モルガントがやってきた。
「……適応、してた?」
骸骨であるモルガントに表情筋なんてものはないのだけれど、複雑そうな表情と声色に私が先に結果を口にする。
「……はい」
モルガントの返事を受け、やっぱりかぁ~、と天井を見上げる。ノエルと一緒に居られることは純粋に嬉しいけれど、今後のことを思うと諸手を挙げて喜べないのが現状である。
「原因はまだ不明ですが、憤怒の領地の平均魔素濃度は現在10%~15%前後となっております。ノエル殿のいた村は辺境でしたので、人間界の中でも濃度は高めで5%前後……。多少の魔素になら、体が慣れていたという理屈が通るのですが……」
魔素も毒同様、少量ずつから慣らしていけばある程度の免疫ができることは、理解できる。しかしノエルは三日弱森の最奥であるここ、魔王城へと辿り着いたのだ。体が高濃度の魔素に慣れるまでに必要な期間では決してない。
「ダリオン様のご様子からも、心当たりはないのですね」
モルガントの言葉に、私はゆっくりと頷いた。《聖》属性というチートに近い属性を持つノエル。《聖》属性の一番の特徴は魔素を浄化できるというもの。《聖》属性がノエルの体に作用し、体内に溜まる魔素を片っ端から浄化しているならわかるが、ノエルはまだ魔法の扱い方を知らない上に、常時そんなバフをかけていたらMPの最大値が高いノエルでもすぐにMP切れになってしまうだろう。
「《聖》属性は数百年に一度しか現れない希少性故に、文献の類が殆ど残っておりません。謎の多い属性なので、《聖》属性について調べなおせば何か手がかりがあるかもしれません」
「……そうだね、そっちの調査はモルガントに頼んで良い?」
「ええ、承知いたしました」
「ちなみに、今ノエルは?」
執務室に現れたのは、モルガント一人である。一緒に検査へと向かったノエル本人がいないことを疑問に抱き、そう聞いてみると、モルガントは額をこする。
「それが……、白花の侍女衆たちに連れ攫われまして」
「……なるほど……?」
初めて《擬態》で子どもの姿になったときのことを思い出す。つまるところノエルは、白花の侍女衆たちの玩具になっているのだ。
「……う~ん……、まぁ、ちょっと申し訳ないけど、悪いようにはしないよね」
「ええ、湯浴みやら着替えやらを用意していたので、恐らくですが」
思春期男子なのに、女の……それもかなり美人の部類に入る白花の侍女衆たちにお風呂で磨かれているのか……。これはちょっと申し訳ないどころじゃすまないな……、と心の中でノエルに謝罪する。
「と、とりあえず、モルガントは引き続き調査よろしくね。必要であればノエルに協力してもらうから」
「承知いたしました。では、私はこれで」
モルガントが執務室を出ていき、再び静寂に包まれる。私はノエルの無事を祈りながら、書類と向き合い現実逃避をした。
***
────最悪だ。
モルガントと言う人……、魔物?について行き、辿り着いたのは実験室のような場所だった。見知らぬ道具に囲まれ、一瞬で不安感に呑まれたけれど、モルガントさんは終始丁寧に説明してくれていたし、採血が必要で、注射針を刺さなければいけないときも、ボクが怖がらないよう声かけをしてくれた。痛みは大したことなかったけれど、やはり自分の肌に針を刺されるというのは、見ていて気持ちの良いものではなかった。
それからいくつか問診され、素直に全て答えていくが、モルガントさんの表情は曇ったままだった。……というか、よく見るとモルガントさんは骨を僅かに動かし、その表情の機微を表現していた。魔物とはつくづく不思議な生き物である。
……で、最悪なのはここからだ。
モルガントさんとの検査を終えた途端、まるで見計らったかのように女の人たちが部屋に入ってきた。全員、こめかみあたりに渦巻く角を持っているその女性たちはあれよあれよという間にボクを取り囲む。
「わたくし達、白花の侍女衆と申します」
「ダリオン様の侍女ですわ」
「ダリオン様より、湯浴みと着替えを仰せつかっておりますの」
「え?え……?えっ……?」
ボクは状況説明を求めるようにモルガントさんに視線を送るが、モルガントさんはばつが悪そうにぷいっとそっぽを向いてしまったのだ。
ああ、なるほど。これは誰も逆らえないやつなのだ。このまま身を委ねる以外、道はないらしい。
ボクは育ってきた環境のせいもあり、空気を読むことに関しては大人顔負けであると自負している。そんな自分の中の生存本能が、ここは言うとおりにすべきと言う。
「さあ、まずは湯浴みですわよ!」
銀髪が綺麗な女性がそう言うと、黒髪の女性とはちみつ色の髪の女性に挟まれ、ほぼ連行という形で連れていかれる。
……というかちょっと待て。今、湯浴みっつった!?
女性……、それも顔立ちの整った綺麗な女性からの圧に逆らえるはずもなく、ボクは一糸纏わぬ姿へ。
「噂に聞いていた通り、綺麗な髪ですわ」
「お肌なんて染み一つなく……!」
「ダリオン様もお美しいですが、ノエル様の肌も綺麗ですわ!」
自分の体を詳しく観察されるのは、恥辱以外なにものでもない。しかし、抵抗も許されるはずもなく……。そして、ボクは体の隅々まで洗われたのだった……。
────ダリオン、許すまじ……!!




