ep43:守りたいもの
「だ、ダメだよ。ここの魔素はかなり高濃度なんだよ?今も何で平気そうにしているのかわからないけど、長時間いたらそれこそ取返しのつかないことになるかもしれない」
ノエルの爆弾発言に、はっきりとNOを突きつける。
ここ、魔王城は魔素の発生源である私が常在していることで常に魔素で満たされている。高位体の魔物は平気で暮らせるが、人間の────それも、まだ十三歳の子どもにとっては毒そのものなのだ。
「でも、平気なんだよ。強がりでもなんでもなく、むしろ教会にいたときよりもずっと調子が良いんだ」
それはおそらく、精神的なものではないだろうか。教会という呪縛にも似た環境から自由になれたことで、初めてノエルは大きく伸びをしたときのような心地良さを感じているのだろう。
それに何より、ノエルは勇者パーティに所属するのだ。こんなところにいて良い筈がない。会えば満足して村に戻ってくれるかも、なんて楽観的に考えていた自分を殴りたい。
「お願いだよ、ダリオン。ボク、村には戻りたくないんだ」
これは心からの願いだろう。ノエルにはもう、頼れるところはない。もちろん、《聖》属性に目覚めた今、ノエルを疎ましく思う人はいないだろう。しかし、外見に対する差別はそう簡単になくなるものではない。『私は《聖》属性です』という看板をぶら下げて歩くわけにもいかない。そうなると、初見でノエルを見た人は必ず差別的な視線を送るだろう。
「うぅううん……」
私には三つの欲望がある。
一つはノエルの幸せな未来を守ること。
二つはSEVEN SINS ONLINE の世界観を壊さないこと。
三つは自分の死亡ルートは避け、領民を守ること。
まず一つ目のノエルの幸せ、これが最優先事項である。これを守るためにはノエルを元の村から遠ざけ精神的な負担を減らしつつ、最終的には勇者パーティへ加入して世界の英雄として世界中に認められること。
二つ目のSEVEN SINS ONLINE の世界観を壊さないためには、ノエルが勇者パーティに加入するというストーリーを破綻させてはいけない。
そして難しいのが三つ目である。上二つの欲望が叶うということはすなわち、自分が勇者に討たれることが前提であること。私にとって、領民は大事にしたいし何より魔王として生まれてからずっとそばに居る幹部たちはもはや家族である。幹部たちの幸せも守りたいのだ。
(ゲームでは、憤怒の魔王はシリーズ最後のボスだった……。世界と魔王の謎が解き明かされる、というキャッチコピーも覚えている)
前世の記憶を掘り起こして考えると、この“謎”がキーである。謎を解き明かせば、私は勿論幹部たちも勇者と戦う未来を避けられるかも……?
「……やっぱり、ダメ?ボクがここにいたら、迷惑?」
っだ────!!その顔は反則ぅ!!眉尻下げて申し訳なさそうにしてさぁ!
えー、おめめには涙が溜まってるじゃないですか。そんな顔されたら反射的に「大丈夫です!」って答えちゃいそう……っ
「────……っ、まずは、ノエルが本当にここの魔素に適応しているかどうかを調べなきゃいけない」
脳内ルシファーに手伝ってもらって理性をかき集めた私は、まずは現実的なところから詰めていくことにした。
「!」
私の言葉を肯定的に受け取ったのか、ノエルはパッと表情を明るくする。
「魔素に適応できていないようであれば、ここにノエルを住まわせることはできない。これは絶対条件」
「うん!」
「それと……、仮に魔素に適応できていると仮定し、ここに住むことになったとしても……、住める期間は三年間だけにする」
私は指で三を表現し、そうきっぱりと伝えた。
勇者パーティとノエルが出会うのは十六歳。それまでにノエルを人間界へ戻すのだ。
「え、なんで……?」
私が定めた期間に、疑問を抱くノエル。私は短く息を吐いて、ノエルが納得できそうな言葉を拾い集めた。
「まず、ノエルが《聖》属性持ちであること。貴方は勇者パーティに加入し、国の英雄になる未来があるかもしれない」
「……っ、」
ノエルの表情は曇る。それもその筈。ノエルは、私を討たなければならない。その運命にあることを、改めて痛感したのだろう。
「ノエルがあの村に戻りたくない気持ちは良くわかる。だから三年後には王都に行き、勇者パーティと出会えたのならば、その時はパーティに加入すること。それまでの三年間、私たちが貴方を鍛えてあげる」
「え……」
「自分の敵を育てるの?って顔だね。……ふふっ、いつか私たちは対峙するかもしれないけれど、今は私たち友達なんだよ」
友達。────それに、私も討たれるならノエルが良い。なんて、今はまだ言えないけれど。
「さて、そうとなったら忙しいわよ」
「え?」
「モルガント!」
私は止まり木にぶら下がっている蝙蝠に声をかける。
『は、いかがいたしましたか?』
「今すぐ執務室に来て」
『承知いたしました』
やり取りを終え、今度はルシファーの名を呼ぶ。蝙蝠にではない。ただ何もない空間に向かって「ルシファー」と声をかける。
「お呼びでしょうか」
すると、数秒もせず執務室の扉が開き、無い尻尾をぶんぶんと振ってルシファーが入ってくる。
「まあ、かくかくしかじかでノエルに魔素濃度の適応が見られたら、今日からここに住むから」
「……承知いたしました」
かくかくしかじかで内容を割愛したけれど、ルシファーは何となく察したのだろう。ルシファーが腰を折るのと同時に、モルガントが入室してくる。
「あ、モルガント。この子がノエルなんだけど、高濃度の魔素に適応しているか調べたいの」
「おや、そちらが例の……」
モルガントの眼光がわずかに揺らめき、ノエルを捉える。
「ねえ、ダリオン。小鬼人の村でも言われたんだけど……、なんで皆、ボクがノエルであることを確認するような言い方するの?」
私をダリオンと呼び捨てにした瞬間ルシファーが目をひん剥いていたけれど、見なかったことにした。ルシファー自身、私にとってノエルがどれほど大切な人か理解しているだろうし、後で纏めて話そうと決め、とりあえず無視する。
「あー、まあ簡単に言うと、私がずっと見守ってきた子だからじゃない?」
「ふぅん……。なんか納得できないけど、そういうことにしておく」
空気を読んで誤魔化されてくれたノエルに、改めてモルガントを紹介する。
「こちら、幹部の一人のモルガント。私の実験や研究なんかを手伝ってくれるの。信じて良いよ」
「……うん」
ノエルは少し戸惑いながら、モルガントの前に行く。
「よ、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。では早速魔素濃度の適応力を確認しましょう。こちらへ」
モルガントの案内に従い、ノエルは執務室から出ていく。少し不安そうな背中に、「また後でね」と告げると、どこか安心したようにノエルの表情が和らいだ。
「────……それで?しっかりとした説明を求めますよ。魔王様」
「……はい」
バタン、と扉が閉まった瞬間、食い気味にそう言うルシファーに、事の顛末を説明した。




