ep42:答え合わせ
「……で、なんでここにいるの?」
再会を果たしたあと、余程いろんな感情をため込んでいたのか、子どものように泣きじゃくるノエルを宥めるのにあたふたしてしまい、ベリアルに
「とりあえず、中で話したらどうッスか」
と提案され、私はノエルを執務室へと案内した。白花の侍女衆が状況を素早く把握し、ノエルに紅茶とお菓子を運んできてくれる。
さすがのルシファーも空気を読んだのか、何も言葉を挟むことはせず、それどころか私の傍から一時も離れたくない!が口癖なのに執務室から出ていき、私とノエル二人にしてくれた。
そこで、先ほどの質問である。時々呼吸と呼吸の間に嗚咽が混じるノエルは、まだ幼さの残る目元を赤く腫らしていた。
「あのさ、ボクだって聞きたいことは山ほどあるんだけど?」
おっと、こんな反論されるとは思っていなかった。思えばノエルも十三歳。立派な思春期男子なのだ。あの頃の純真無垢で無邪気な子どもとは、また違うのだ。
それに、ノエルの言い分は尤もである。私は何もノエルに告げることなく、ノエルのためと決めつけ、離れてしまったのだ。ノエルにも色々聞く権利はある。
「いいよ、何でも聞いて。答えられるものは答えるから」
私がそういうと、ノエルは用意された紅茶を一口啜った。
「……おいしい……」
ノエルの強張った表情がゆっくりと溶け、あの頃のあどけなさを垣間見た。
「美味しいでしょ、うちの侍女たちが淹れた紅茶」
「……ねえ、ダリルって魔物なの……?というか、本当の名前は何て言うの?」
白花の侍女衆の仕事ぶりを、得意げに自慢する私に、何を思ったのかノエルがそう小さくつぶやいた。
ああ、そうか。私はノエルに名前すらも偽っていたのだ。そんな嘘塗れの私を信じてここまでやってきてくれたノエルに、私は誠意をもって応えなければならない。
「……本当の名前は、ダリオン・ラス。魔物だけれどただの魔物じゃない。私は────……魔界を統べる王、憤怒の魔王」
事実をなぞるように、そう告げる。ノエルは鳩が豆鉄砲喰らったように目を丸くしていた。
「なんか、関わってきた人たちから見て、すごい偉い人なんだろうなとは思っていたけど……、魔王……だったんだ……ってことは何?ボク、魔王城まで来ちゃったってこと!?」
えー、気づいてなかったの?かあいいねえ。こんなTHE・城!って感じの外観なのに気づいていないあたりに年齢相応の幼さが見える。
「んはは、びっくりした?」
「びっくりした、し……なんていうんだろう、喋り方もなんか女性っぽいね」
おおーっと。これもまた痛いところを突く。周りの魔物たちが私の喋り方について言及されたことはない。それに甘んじて私は私のままでいたけれど、やはりノエルには異質に映ったらしい。まあ、自分でも?外見と中身の解離性について考えたことはあるけれど、十六年間女として生きてきて身に着けた喋り方や行動は、そう変えられるものでもない。
さて、ノエルにどう答えるか……。自分が女で、違う世界から転生してきたことを正直に伝える……?伝えたとして信じてもらえるかどうか……。
考えた末、
「見た目はこんなんだけど、性別という性別はないんだ。強いて言えば無性だね。喋り方は、気づいたらこれで定着していただけ。できれば慣れてほしいかな」
嘘ではない。魔王として生まれてこの方、尿意や便意などの生理現象が全くないことに気が付き、自分の性別を確認したことがあったけれど、私には生殖器というものが存在していなかった。故に、性別という概念はないのだ。
「まあ、いいよ。ダリルは元々ちょっと女の子っぽかったし」
「えっ」
「一人称僕呼びだったけど、時々“私”って言ってるときもあったしね」
「えっ」
完全に隠し通せていると思っていたけれど、どうやらボロは出ていたらしい。
「ねぇ、ボクもダリオン……ダリオン様って呼ぶべき?」
その言葉に、まるで切り付けられたような痛みを覚えた。ノエルと私の間に明確な壁ができたような気がしたのだ。
「っ、……ううん!“様”なんかつけないで」
思わず勢い良くそう言うと、ノエルは少しだけ吃驚したように目を見開き、そして微笑んだ。
「……良かった。なんだか距離ができたみたいで……、少し寂しかったから」
あ────……、この微笑みは健在ですか、そうですか。エンジェルラダーのような神々しさまで感じますわ。ありがとうございます。
「でも、そうだね……、私のことはダリオンって呼んでほしい。それが、この世界での私の本当の名前だから」
「……わかったよ、ダリオン」
柔らかな空気が漂う。今、この瞬間はあの教会の裏での二人だった。互いに育ってきた背景や背負っているものは何もなく、ただのノエルとダリル。そこに肩書は存在していなかった。
「あ、そうだ。一番聞きたかったことがあるんだけど」
ノエルがそう切り出す。ノエルの言う“一番”の内容を予想しながら、私はノエルの言葉を待った。
「……スノウって、何者?」
────へ?
予想していた質問ではなく、受け取れずに私の額に言葉がぶつかる。
「あ、ああスノウね……。ん-、どこまで説明すれば良いのかな……。スノウは魔物。蛇魔族なんだ。ここの幹部の一人の魔力を付与されている」
最初話を聞いたとき、ちんぷんかんぷんだったけれど、ノエルはたくさんの書物を読み込んでいることもあり、すんなりと私の話を飲み込んだようだった。
「何かで読んだな……、魔力の付与。生物にも適応されるのは知らなかったけど」
なんて。ノエルのほうが私よりこの世界のことを知っているのではないかと思える。
「幹部がそれなりに強いから、お守り替わりにでもなればと思って」
「……うん、実際スノウがいてくれたことで助かった場面はかなりあるよ」
「そっかぁ、ノエルの役に立ってたなら良かった」
そこでふ、とノエルは紅茶を置いて真面目な表情を見せた。
「あの夜────、ボク、スノウに向かってダリルの名を呼んだんだ。助けてほしいとかそういうのじゃなくて、死ぬかもって思ったらただ……会いたくなって」
ノエルの声のトーンが低い。あの夜というのは教会裏で村人たちから暴行を受けた夜のことだろう。あの夜は私も鮮明に覚えている。怒りの形すら覚えていて、思い出すだけで《魔王覇気》が溢れそうになる。
「あの夜、ボクを助けてくれたのは……君?」
「……うん。スノウから幹部の一人に報告が上がったんだ。私は幹部からの言葉を受け、次の瞬間には窓から飛び降りてたよ」
────ああ、やっぱり君だったんだ。
あの夜の答え合わせがようやくできた。意識が沈む直前に見えた赤い髪は、やっぱり君のものだったんだね。
「あの後、ボクは隣村の教会で目を覚ましたんだけど、傷がどこにもなくて……。ダリオンが魔法で治してくれたんでしょ?」
「うん、治癒魔法は苦手だったけど、後遺症も残らず治せて本当によかったよ」
ずっと謎だった部分も、助けてくれたのがダリル────否、ダリオンであるということで全てが繋がっていく。
「それで……、なんであの後ボクの前に現れてくれなかったの?」
「っ、……」
ダリオンはボクの質問に、眉根を寄せて俯いた。どうやらボクの言葉は鋭く彼の中の何かを貫いたらしい。これは、欲しい答えがもらえなさそうだなと思い、先に予防線を張る。
「もしかして……、ボクが傷つけられたから?」
「……」
ダリオンの瞳が、僅かに揺れる。こうして見るとダリルの時とは若干色が違い、琥珀色というより闇夜に浮かぶ月のような色にも見える。不思議な魅力を持った瞳は、申し訳なさそうに細められた。
「そう、だね……。赤い髪を隠すことだってできたのに、そこまで考えず不用意に君に近づいた」
「赤い髪は凶兆……。魔物の色だからね。でもボクは、傷つけられた事実より、君がいなくなったことの方がよっぽど痛かったんだ」
ボクの言葉が、しっかりとダリオンに届いているのが分かる。別に、彼を傷つけたいわけじゃない。ただ、ボクがどれほど寂しかったか、知ってほしいだけなんだ。
「ごめん。ノエルがまた傷つけられたら……、そう考えたら耐えられなかったんだ」
そう言うダリオンはその体躯からは想像もできないほど身を縮こまらせて謝罪する。なんだか不思議だった。魔王という絶対的強者でありながら、齢十三の子どもの言葉をまっすぐに受け取り、応えてくれる。
────君の、そういうところに、ボクは救われているのだけれど。おそらく、ダリオンは知らないだろう。
「……そもそも、なんだけどさ。なんでボクに近づいたの?魔物の……、それも魔王がわざわざ危険を冒してまでボクに会いに来るメリットが分からないんだけど?」
ノエルの言葉に、後頭部を思い切り殴られたような衝撃を覚える。
けれど、当然といえば当然の質問だろう。私としては一番の質問にこれが来ると身構えていたのだ。それがスノウの話題ですっかり防御姿勢を崩したタイミングで来るもんだから、動揺が表情に出てしまった。
(……それにしても、なんて答えようか……)
嘘はなるべく吐きたくない。けれど、本当のことは自分でも気持ち悪くて言いたくない。君が推しだからだよ!なんて、意味が分からなさすぎる。ただでさえ、ノエルは真剣に聞いてくれているのだから、茶化していると思われても嫌だった。
「……とある筋から、《聖》属性に目覚める者がいると聞いたの」
「……!」
「そう、君のことだよ、ノエル。ノエルは実際、選定の儀で《聖》属性だったんでしょう?」
「なんで知って……、いや、スノウか」
おや、学習が随分早いことで。まあ正確にはスノウではなくノエル見守り隊なんだけれども、これはまあ言わなくても良いか。スノウに罪を被ってもらおう。
「魔王としては、他人事じゃない。私を葬るための属性……。一体どんな奴が《聖》属性を持って生まれたのだろう、そんな好奇心から最初は近づいたんだ」
ギリギリアウトか……?と思いながらも、なるべく誠実に真実に基づいて話していく。
「でも初めてノエルを見たとき、見惚れたんだよね。その鮮やかなスカイブルーの髪に」
「え……」
これは本当。前世でゲームをプレイする際、ノエルのキャラクターデザインに一目惚れしたのだ。僧侶なのにどこか生意気そうな表情。その表情には似つかわしくないほど目に鮮やかな青い髪。そして宝石をはめ込んだようなオッドアイ。そのすべてが私の好みだった。
「それに、初めて会ったとき、石を投げられていたでしょ?あれが許せなかった。気づいたら飛び出してたんだ。ノエルのこと、影からちょっと見るだけだって言っていたのに」
ふふ、と笑いながらあの日、初めてノエルに会った日のことを思い出す。ルシファーにも、白銀の護衛卿の二人にも大見え切ってノエルを見に行ったというのに。
「しっかり叱られたよ。ただでさえ教会という神聖な場で、私は人間に《擬態》していたからね」
あの日、魔王城に帰ってからアスタロトがしっかりとルシファーに報告したせいで、危うく外出禁止になるところだったのだ。どうにか説き伏せて……というより、ほぼ泣き落としてノエルに会いに行く時間を作っていたけれど。
「そして段々、君という人柄に惹かれたんだ。辛いことばかりだった筈なのに、私と会うときはいつだって読んだ本やスノウと過ごした日々を語っていたでしょ?少しくらい、愚痴を吐いてもいいはずなのに」
そう言って微笑んで見せる。これも、本当。両親に捨てられ、村に見捨てられ、教会でも除け者扱い。もっと擦れても卑屈になってもいいはずなのに……。
「ボクも、救われたんだよ。君があまりにもボクを“ボク”として普通に接してくれるから」
そう言って笑うノエルは、あの日のままだった。身長は少し伸びたし、髪も伸びた。表情もどこか大人っぽくなったけれど、その根本はきっと変わっていない。
「じゃあ、お互い様かな」
「そうだね、お互い様だね」
そう言って笑い合う。私たちは今日、改めて友達になれたのだ。
「ってことで、ボク今日からここに住むからね」
「うん。────……え?????」
────ナンテ????




