ep41:カタルシス
ゴウン、と何か重いものが動く音がして、ボクは目の前の中級悪魔から視点をその奥へとずらした。
そこには鉄格子があり、それが音を立てながらゆっくりと上がっていく。
「……どうやら、お許しが出たようだな」
中級悪魔はそう言うと、その場に跪く。これほどの強者が跪く相手……。ボクは一瞬恐怖に震えたけれど相手が誰であれ、確かめるためにここに来たのだと初心を思い出して震えそうな足でぐっと踏ん張る。
────そして、現れたのは────……
「ダリ……ル……?」
夕焼けのように。沈みながらその赤を色濃くする太陽のような、鮮烈な赤。それと、光を取り込んでキラキラと光る琥珀色の瞳────それは、確かにダリルと同じものだった。
けれど、今、目の前にいるのは────……
(誰だ……?)
灰色の肌には魔法陣のような紋様が刻まれていて、その体長は優に二メートルを超える。筋肉質な体躯は屈強な戦士のようで、ボクを見下ろす瞳はどこか冷たい。けれど、赤い髪はダリルと同じ鮮やかさを誇り、ボクの知っているものと同じ色をしていた。
────困惑。
ただその一言に尽きる。目の前に情報が溢れすぎて、どれを拾ってどれを捨てれば良いのかが分からない。ただ、言葉をなくしていたボクに赤い髪の男は口を開いた。
***
「────ジーク、彼を……通してあげて」
「は、お会いにならはるんですか」
「……」
うん、と頷くことが難しい。
これは、私の我儘だ。ストーリーを歪めてしまっている今、無理矢理軌道を戻そうとしてもうまくいかない可能性が高い。おそらくここでノエルを突き放したとしても、元の村に戻るとは考えにくいし、王都で彼が受け入れられる保証もない。
それに、友達に会えない、という未来の方がノエルの心に深い傷をつけるかもしれない。そう考え、私はノエルに会う決断を下した。
「ここで追い返したとしても、素直に引き下がってくれるとも思えないし……。もしかしたら会って満足してくれるかもしれないし」
言い訳のように、ノエルに会う口実を次から次へと見つけてはぶら下げていく。
本音を言えば、会いたい。けれどSEVEN SINS ONLINE の世界も大好きなのだ。積極的に壊したいとは思えなかった。
(けど、これは私の軽率な行動が招いた結果……。知らぬ存ぜぬで乗り切る方が作品にとっては失礼かも)
変わらず納得できる理由を探しながら、私は執務室を出た。部屋の入口で待機していたアスタロトとベリアルが当たり前のように私の後ろについて歩く。
……今から会いに行くのは十三歳の人間の子ども。三対翼の中級悪魔なんて連れて行ったらかなり威圧的だろうと思いながらも、彼らにも護衛という立場があるからなぁ……なんて考えて居たら、城門に着いていた。
重々しい鉄格子が金属音を立てながら上がっていく。その隙間の向こうに────、懐かしい姿が見えた。
ああ、不思議だ。推しとして、私は彼のことが好きだったのに。
今胸の内を占めるのは、“友人”に会えたことによる喜びだった。話だけは聞いていたし、スノウを通してノエルの言葉は私へと届いていたけれど、やはりこうして対面すると、出会ったばかりの頃の思い出が溢れ出てきて、駆け出してしまいたくなる。
鉄格子が完全に上がり切り、私はノエルの前にダリオンのまま姿を現す。
────ノエルは、言葉を失っているようだった。
私の姿のどこかに、面影の欠片を見たかもしれない。けれど、三年前と変わらず、透き通った宝石のような瞳には、困惑の色が塗られていた。
ああ、なんて言おう。どう言葉をかけよう。
会いたかったよ、元気にしてた?
ここまで良く来れたね。ケガはしていない?お腹すいてる?疲れたよね、大丈夫?
色んな言葉が浮かんでは消えていく。水底の泥を掬うように、指の隙間から零れていく。
「────……久しぶり」
開いた唇の隙間から、勝手に溢れ出て落ちたのは、結局ありきたりな言葉だった。
────知らない声だった。
ボクの記憶の中にある、まだあどけなさを残したダリルの声の、面影はどこにもない。
けれど、さっきまで冷たく見えていた瞳に温もりが宿ったような気がした。
……その目は、知っている。
「……ダリル、なの……?」
声がかすれる。けれど、ボクの言葉に応えるように、赤髪の男は微笑んだ。ボクの知っているダリルではないけれど、その微笑みもやはり、ボクの話を聞いてくれているときのダリルによく似ていた。
「────……そうだよ。って言っても、信じられないよね」
男はどこか困ったように眉尻を下げると、
「《擬態》」
と一言呟き、その姿は光に包まれる。
光が消え、その中から現れたのは────
「……っ、ダリル……!」
「ははっ、なんで泣きそうになるんだよ。相変わらずだね、ノエル」
あの頃と何も変わらない姿のダリルだった。
やっと会えた。やっぱり君だった。ボクの勘は間違っていなかったんだ。
そして同時に気づいた。目の前にいるダリルは三年前と何も変わっていないのだ。
やっぱり────ダリルは魔物だったんだ、と。
気が付いた。けれど、今はそんなことは些細な事実だった。
君に会えた。あの日と変わらない姿で、君はボクの前に現れてくれた。
君は魔物で、ここまで来たボクを門前払いしても良かったのに。君は会うという選択肢をとってくれた。
君は知らないだろうけど。
その選択が、ボクにはどうしようもなく嬉しかったんだ。




