ep40:葛藤の末に下したのは
────バサッ、と音を立てて二体の悪魔が現れた。
「人間?」
「こんなところにか?何の用だ」
ボクの前に現れたのは下級悪魔と中級悪魔の悪魔たち。今まで出会ったことのない圧倒的強者を前にして、ボクの足は勝手に震え始める。
「っ、ボ、ボクはノエル。ここに……赤髪の男がいると聞き、会いに決ました」
「ノエル……?」
「赤髪の男?」
悪魔たちは互いに顔を見合わせる。
「……貴様が“ノエル”である証拠はあるのか?」
ノエルである証拠……?
小鬼人に出会ったと聞から感じていた違和感。まるでボクが“ノエル”であることを重要としているかのようなやり取り。こんなにもボクがボク自身であることを求められたのは初めてで、戸惑ってしまう。
どうしようか、と悩んでいるとスノウがするするとボクの体から降りていき、悪魔たちの前まで張っていった。
「……これはこれは、スノウ殿ではないですか」
「……と、いうことはやはり……。あのスカイブルーの髪色もオッドアイも聞いていた特徴と一致するぞ」
「……そうだな、あの髪色とオッドアイは早々いるものではない」
二体の悪魔は思案するように少し黙ると、真っすぐにボクを見据える。
「少し待て。確認してくる」
そういうと、下級悪魔が少し離れた場所で、何故か傍をうろうろと飛んでいた蝙蝠に話しかけていた。いったい何をしているのだろう、と好奇心と興味の入り混じった目でその様子を見ていると、残った中級悪魔はまじまじとボクを見つめていることに気が付いた。上から下まで、まるで品定めされているようで居心地が悪い。
「……人間、だよな……?」
「え、はい……。人間です」
え、なに。人間なら食べちゃうぞ的な発言なの?悪魔は当たり前のように人語を話しているし、そばに居るだけで息苦しさを感じるほどの圧を感じる。
「いや、よくこの魔素濃度で普通にしていられるな、と思ってな」
そう言うが、魔素は目に見えない。魔素溜まりなど余程高濃度であれば視認できると何かの書物にはあったけれど、人間であり、魔界とは関わりのない場所で生活していたボクに、確かめる術はなかった。
(ここは確かに森の最奥。魔界でもかなり深い位置だから魔素濃度が濃くて当たり前なんだろうけど……。正直、何も感じないな……)
標高が高い場所のように酸素が薄いわけではない。王都のようにいろんな匂いが入り混じって息苦しいわけでもない。……まあ行ったことないから書物の受け入りだけれど。この場所は、酸素は変わらず満ち足りているし、匂いも少し湿った土の匂いがするだけで。過ごしにくさというのは全く感じない。
「……小鬼人や兎魔族にも魔素の濃度が高濃度だから毒になると言われましたが……、今何も感じないです。体調も悪くないですし」
素直に答えると、目の前の中級悪魔は尚のこと意味が分からなさそうに首を傾げた。
「変だな……。ここは獣は勿論、弱小種族でさえ住みづらいほどの魔素濃度なんだがな……」
「ボクも、人間にとっては毒だと言われていたので覚悟していたのですが……、何故か平気です」
中級悪魔と二人、見つめ合って首を傾げる。当たり前だが、首を傾げたところで脳裏を答えが滑っていくわけでもない。
ボクと中級悪魔の間には良く分からない空気が流れていた。
***
────一方、城の中では。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい」
口の隙間から零れるように出てくる言葉は「やばい」のみ。オンリーヤバイ。
「────……どないしましょう」
そう報告してきたのはジークである。城門近くを中級悪魔と下級悪魔が見回っていると、突然大声が聞こえたため、様子を見に向かってみれば、そこには“ノエル”と名乗る人間がいたという。
スカイブルーの髪に琥珀とアメジストのオッドアイ。身体的特徴もノエルと一致していることから、判断を仰ぎに来た、と。
(あー、油断してたな……)
ダリルを探しているとはいえ、この辺りは魔素濃度がかなり濃いから人間であるノエルは立ち入ることができないと決めつけていた。仮に森の中で倒れたとしてもノエル見守り隊が見守っているから、倒れたら近隣の村にノエルを運ぶという流れでいこうと考えていたのに。
「……ていうか、なんでここまで来れたんだろう」
「その辺りは不明です。中級悪魔が確認しとりましたが、本人にも心当たりはないそうですわ」
ここまで来て門前払いするか?
赤い髪の男なんていない、と嘘をついてノエルを送り返すか……?
……でもそれって、ノエルに嘘を吐くことになるんだよね……。
ノエルの幸せのためにはきっとその方が良い。今は辛くても、あと三年で勇者パーティの仲間入りを果たすのだ。そうすれば世界から英雄として認められ、ノエルは初めて「生きていて良かった」と思える。それが、ノエルにとって幸せな未来。
軌道修正をするならば、今なのだ。
────……でも、ノエル見守り隊からの報告によると、ノエルが関わってきた魔物たちはここに赤い髪の男がいると伝えているという。……それが私であると断言はしていないらしいけれど。
ノエルはきっと、ある程度の確信をもってここまで来たのだろう。あと三年、質素な暮らしと言えど衣食住が保証された教会で過ごしていれば、今ほど大変な思いもしなかっただろう。
ノエルは不便さも大変さも全部押しのけ、私に会いに来てくれた。
それが、
(────……嬉しい、なんて……歪んでるかな……)
私は目を閉じ、考えを巡らせる。
ゲームのストーリーを破綻させないためには、このままノエルの前には現れず、門前払いして村へ、もしくは王都へ向かうことが正解だろう。
けれどノエルの幸せは、どこにあるのだろう。そもそも私が決めて良いことなのだろうか。ノエルは────……ノエルは、自分で決めて私に会いに来てくれたのに……。
「────……ジーク、彼を────」




