ep38:初めて、
案内されたのは小鬼人の集落と思われる拠点の奥にある、立派なテントだった。立派、とは言ったものの他のテントより一回り大きいだけで、雨風が凌げる程度の木組みに布を被せたようなものではあるけれど。
中に入ると、そこには老齢な小鬼人が座っていた。一瞬ボクを見て驚いた表情を見せるが、ボクを案内してくれていた小鬼人が何か言うと少し思案するように黙り、やがて立ち上がってボクの前にまで歩いてくる。
「貴殿が、“ノエル”殿でお間違いないか」
随分と流暢に人語を操るものだから、驚いて言葉を失う。口の中の水分が全て蒸発してしまい、言葉が喉の奥に張り付いて出てこない。
「……っ、そうです。ボクがノエルです。何故、ボクの名前を……?」
咳払いをするように声を絞り出す。
小鬼人の中にも人語を操る者がいる、そう記憶していた内容をなぞり、老齢な小鬼人が喋る姿は無理矢理納得する。
けれど、ボクの名が知られていることに関しては疑問が残る。それをそのまま素直にぶつけてみると、小鬼人はちらり、スノウを一瞥した。
「そちら────、スノウ殿が教えてくださいました」
「スノウが……?」
スノウの名も口にしていない。しかし、スノウに視線を送るとどこか得意げに首を持ち上げて尻尾を振る。スノウが自分自身の名前を認識していた上に、ボクの名前も……?
とてもではないが信じられない。けれど、目の前で起こっている現実を否定することもできない。
「……それで、赤髪の男を探しているそうですな」
「は、え……、はい」
スノウは一体どこまで理解して、魔物に伝えているのだろう。色々と理解が追い付かなくなってきて混乱する。
「その赤髪の男ですが、我々に心当たりがございます」
「────……え」
視界が、白く弾けた。
……もちろん、まだダリルと決まったわけではない。それに、魔物の言葉にどれほどの信用が────
(……いや、違うな……)
人の言葉というのは汚い。裏も表も建前も本音も入り混じってぐちゃぐちゃに混ぜて濁り、澱んでいる。けれど、今目の前の小鬼人は誰よりも丁寧に、ボクを“ボク”として扱ってくれている。そこに誠意があるかどうかは分からないけれど、それでも、ボクを“ノエル”と呼んでくれた。それが事実である。
「それは……その人は一体どんな人ですか」
「……我々の思い描くその御方は……、透き通る琥珀の如し双眸に、炎のような赤髪を持っております」
────ああ、ボクも知っている。太陽を直視したように鮮烈に瞼の裏に残る赤。そして宝石をそのままはめ込んだような琥珀色の瞳。その容姿はボクの記憶の中のダリルを彷彿とさせる。
「ボクの、思い描く人と同じです。その人も……、赤髪に琥珀色の瞳をしていました」
「ならばおそらく、我々と同一人物でしょう。この辺りで赤き髪に黄金の瞳は、彼の御方だけですから」
そう言われ、心臓が跳ねる。
最初は、細い蜘蛛の糸のように頼りない情報だった。それが織り連なって太くなっていき、ダリルへと繋がる道になる。
しかし、ここで疑問なのが、ダリルのことを何故魔物である小鬼人が知っているのか、ということ。それと、小鬼人はダリルと思われる人物を「彼の御方」と、どこか敬っているような呼び方をしていること。
そして一つの仮説に辿り着く。
ダリルはもしかして────魔物なのではないか、と。
(でも、教会には“聖なる結界”が張られていた。魔物どころか獣もあまり寄り付かない筈……)
それに何より、魔物であると仮定して考えると、ダリルがボクと接触するメリットがないのだ。
「……その人に会うには、どうすれば良い?」
ダリルが何を考えていたのか、そもそもダリルは魔物なのか人間なのか。今の段階では何も……、何もわからないのだ。会えるのならば、会って確認しなければならない。
ボクが隣村に移ってからも、君は会いに来てくれていたの?
会えない間、君は何をしていた?
ボクに会えないことを、寂しいと思った事ある?
なんでボクに近づいたの?
なんで友達になってくれたの?
────あの夜、会いに来てくれたのは、君?
聞きたいことは山ほどあるんだ。会いたい。会いたい。君に会って、話がしたい。また前見たいに────……、君と友達になりたいんだ。魔物でもいいからさ。君が大切なことに変わりはないんだ。
「彼の御方は……易々とお会いできる人ではありません」
「っ、……」
それもそうか。ここはもう魔界。小鬼人は一般的に弱小種族と呼ばれているが、それでも小鬼人が敬うほどには高い地位に居るのだろう。人間界だって村長レベルにはすぐ会うことができても、その上の貴族と呼ばれる人に会うことは簡単ではない。
魔界にも人間みたいなルールがあるもんだな、と類似点を見つけてどこか安心した。
「……それでも、会いたいんだ。どこに行けば良い?門前払いでも良い。ボクは行きたいんだ」
強く、強く。願うように言うと、小鬼人はううん、と唸りながら立派な顎髭を撫でる。
「おそらく、会うだけならば簡単でしょう。何より、貴方が本当に“ノエル”殿であるのならば」
「……?」
意味深ではあるけれど、いまいちその言葉の本心が見えない言葉に困惑する。
そんなボクを他所に、小鬼人は話を続けた。
「問題は、魔素濃度なのです。ここは魔界と言えど端に位置しており魔素の影響はそこまで強くはありません。しかし、ここより更に森の奥へと進んでいくと、魔素濃度はより高濃度となり、人間には毒となり得ます」
────毒。
その言葉に恐怖を抱かないか、と言われれば正直怖いというのが本心である。けれど、ここまできてダリルへと続く道を諦められる筈もない。
「……死ぬなら、その時はその時……。会える可能性があるなら、ボクは行く」
「……そこまで仰るのならば……、お伝えいたしましょう」
そういうと、小鬼人は古びた地図を取り出した。
「ここより南西に進み────」
小鬼人はひび割れた長い爪で地図の上をなぞる。すると不思議な事に地図に線が浮かび上がった。ペンなどは用いていない筈なのに、と驚いていると小鬼人はどこか得意げに笑う。
「これは魔道具です。こうして魔力を込めてなぞれば線が浮かび上がるようになっているのです」
そう教えてくれた。魔道具の便利さと目の前で起こる魔法のような事象に少年心が擽られる。
地図に描かれる線を夢中で追いかけ、ダリルと思われる人物のいる場所に小鬼人が印をつけた。
「……ここに、彼の御方はおります。獣や魔物もそれなりに棲息していますが、この道で行けばどの種族の縄張りも通らないので大きなトラブルはないでしょう。まあ、スノウ殿がいれば大抵の魔物も獣も避けていくでしょうが」
────え、スノウって……一体何なんだ……?
眉根を寄せてスノウを見遣るが、当の本人は得意げに首を持ち上げている。スノウのことも、ダリルに聞けば何かわかるのか?疑問が疑問を呼び、ボクの脳内では情報処理がいつまで経っても終わらない。
「途中、鼠魔族や兎魔族などの種族であれば、ノエル殿を快く迎え入れてくれるでしょう。夜はそれらの種族に助けを求めてください」
「……え、ボクなんかを受け入れてくれるのですか?」
「ええ。貴方であれば、大丈夫ですよ。不安でしたらスノウ殿を介せば問題ないでしょう」
人間の世界でも、こんなにボクを受け入れてくれたところなんてない。どこまで信じて、何に驚けば良いか分からないけれど、それでもボクに手を差し伸べてくれていることは事実だ。今はとりあえず、差し出してくれている手をつかまないと、ダリルへはたどりつけない。
「わかりました。さっそく出発します」
「ええ、お気をつけて。もうじき陽も傾きますからね」
こんな風に気持ちよく送り出してくれた村はあっただろうか。
────否、ない。
純粋に、“ボク”の心配をしてくれていることが分かる。どうしてだろう、ただそれだけなのに……、涙が出そうなくらい、嬉しくて。
「……はい、ありがとうございます」
どこか震えた声で、そう告げる。
なんで、どうして。人間よりもずっと、暖かい。
この温度差が、ボクは心地良かった。




