ep35:初めての手がかり
最後にノエルとダリル(幼少期)のイメージ画像が載っています。
「────今、なんて……?」
どこか慌てた様子で、レイヴンが影から出てきて衝撃発言を落とした。
「ノエル殿が……、村を出ました」
二回聞いても意味がわからん。なんでだ????
今のノエルは選定の儀を受け終わったばかりの十三歳。
勇者と旅に出るのは十六歳で、それまではあの村にいた筈。
独学で《聖》魔法を学び、レベル上げもしていたノエルが……、村を出た?
「そ、それでどこに向かっているの?」
「報告によりますと、ノエル殿は王都に行くと宣言されたようですが……。
その足取りは、王都へ向かってはおりません。
むしろ、辺境へ、辺境へと向かっているようです」
レイヴンの丁寧な説明も、鼓膜を滑っていくばかり。
とりあえず知っている情報を脳内で纏める。
まず、《聖》魔法の使い手は数百年に一度しか現れず、現存している使い手はいない。
そのため、ノエルの師となる人物がいないのだ。
(だから、ノエルは独学で魔法を扱えるようになった)
元怠惰の谷の近くに住んでいることもあり、弱小種族の魔物との戦闘機会は多く、練習相手には困らなかった。
ここまでは、公式の情報である。
この情報を元に考えれば、勇者が来るまでの三年間で魔法の習得やレベリングをしていた筈。しかし、《聖》属性については残された書物も少なく、特に辺境の村には殆ど情報はなかっただろう。
そう考えれば、ノエルが《聖》属性の情報を求めて村を出たのかもしれない、と一つの答えにたどり着くが、
(でも、それじゃあ、より辺境に行く理由にはならない)
となると、辺境の魔物相手にレベル上げを行うのだろうか。
いくら《聖》魔法の使い手とはいえ、魔法の知識がないまま魔物と戦うのはリスクが高い。ノエルの性格上、リスキーなことはしないはず。
思いつく理由のどれもがしっくり来なくて、私は背もたれに寄りかかり天井を見上げる。
「ん~~~~~~、わっかんないなぁ……。
とりあえず引き続きノエルを見守っていて。
それと、万が一ノエルに危険が迫った場合は助けてあげて」
「承知いたしました」
レイヴンがするんと影へと潜っていった。
ノエルの行動理由が分からない今、見守りに徹するしかない。
レイヴンが見ていてくれるなら、大きな危険もないだろう。
なんだか胸がざわざわするけれど、私は気のせいだと言い聞かせていつも通り書類と向き合った。
***
「この村に、ダリルという少年はいるか」
もう何度も投げてきた問いかけ。
しかし返ってくるのは「知らない」という言葉ばかり。
飽き飽きしてきたところで、村長の少し後ろに立っていた子どもが口を開く。
「そのヘビ、きれいだね」
子どもは五、六歳前後だろうか。ダリルと出会った頃の自分と重なる。
「────ああ、スノウって言うんだ。
ボクの友達だよ」
「そうなんだ! ヘビはよく見かけるけど、そんなにきれいなヘビは見たことないや」
そう言って屈託なく笑う子ども。
久々に邪気のない態度に少し戸惑いながらも、友達を褒められて嫌な気はしない。
「ああ。スノウは特別だから」
「そっか……。そのダリルって人も、お兄ちゃんのトクベツなの?
いったい、どんな人なの?」
そういえば今まで、ダリルの特徴を聞いてくる村はなかった。
「そうだね、特別だよ。
ダリルは────赤い、夕日みたいな色の髪をしているんだ」
赤髪は禁句だったかもしれない。けれど、ダリルを見つけるためには必要な情報だろうと一番最初に挙げた。
……本当はもっとたくさん特徴がある。
陽に当たっていないのか、ボクと同じ真っ白でどこか不健康ささえ感じる肌。
まん丸で大きな、琥珀色の瞳はボクの右目と同じ色だった。
いつだって穏やかに微笑んでいて、ボクのどんなにくだらない話でも、大切な話のように聞いてくれる。
身長は、今はどのくらいになっているか分からないけれど、ボクと変わらなかった。
瘦せていて、麻の服を着ていた。
ダリルの特徴すべて、覚えている。
思い出せば胸が温かくなるのと同時に、言い表しようのない寂しさを覚えた。
「────赤い髪……」
子どもと手を繋いでいた少年────と言っても、ボクと変わらないくらいの男の子が口を開く。その表情には恐怖に似た色を滲ませていることから、やはり禁句か、と半ばこの村での捜索を諦めようとしたときだった。
「森で……、狩りをしているときに見かけた」
「何……?」
少年は少し震えた声で話し始める。
「その日は、すごく狂暴な熊が森の奥で見つかったんだ。
最初は魔物かと思うくらい大きくて、攻撃的だった」
少年の話を聞いていただけの村長が、ハッとした表情を見せる。
「ああ、あの日か……!」
村長の中で、何かの点と点が繋がったらしい。
「村が危ないから、村の大人たちとボクも一緒に熊の退治にでかけたんだけど……」
ごくっ、と少年は生唾を飲み込む。
よほど恐ろしい経験をしたのか、見開いた目は地面を見つめたまま動かない。
「森の、奥で……熊の寝床に着いたときそこには……五メートルはあるんじゃないかってくらい大きな熊と……、赤い髪の男の人が立っていたんだ」
少年は震えながらも、話を続ける。
「その赤髪の男の人は、魔法であっという間に熊を倒したんだ。
大人たちは村の危険はなくなったって喜んでいたけど……僕はあの赤い髪の男の人の方がずっと怖かった」
少年は戸惑いに揺れる瞳で、ボクを見つめた。
「少年とか、小さな子じゃなかったから君の言っている子ではないと思う。
けど、その人の赤い髪はすごく────綺麗で、怖かったんだ」
少年の話からして、ダリルではないことは百も承知である。
けれど、最後の少年の感想にも似た言葉が、ボクの胸を貫いた。
ダリルはボクと同じくらいの背丈だったし、年齢だって近い。
五メートルの熊を倒せるような男ではない。
……それなのに。
『綺麗で、怖かったんだ』
少年のその言葉だけが、妙に胸に残った。
ダリルの赤髪も夕焼けを切り取ったように鮮やかで、けれど目を逸らせない強さを持った色だったから。
(……まさか、な)
形容し難いものではあるけれど、少年の言葉は何故かボクの思い描くダリルを連想させる。
「その森は、どこだ?」
地図を少年に見せると、少年の少し汚れた指先がすぐ近くの森を指さす。
「ここだよ。ここから森に入ってまっすぐ南に進んだところで見たんだ」
「わかった、ありがとう」
ボクはダリルを探し始めて、初めて「ありがとう」という言葉を口にしたな、と思いながら地図を仕舞う。
「も、森へ行かれるのですか?
もう陽も暮れますし、武器などお持ちでないと危険ですよ」
村長がそう言うけれど、ボクの胸の中でざわめきが収まらない。
夜の森が危険であることは重々承知しているのだが、この逸る気持ちを抑えることはできない。
「構わない。その時はその時だ」
そう言ってボクは村を後にした。
……もし違ったとしても構わない。
また空振りでも構わない。
けれど……、万が一、本当に万が一。
あの少年が言う赤髪が、ダリルに繋がるのなら。
立ち止まるという選択肢は、今のボクにはなかった。




