ep34:君を探して
「────この村に“ダリル”という少年はいないか」
「こ、これはこれは“勇者様”。
だ、だりる?という少年はこちらにはいませんが……」
「……そうか。それじゃあ用はない」
「お、お待ちください!一晩でも泊って行かれませんか?」
手のひらを揉むようにこすり合わせる村長に、胃のあたりがむかついた。
ボクを名前ではなく“勇者”と呼ぶその姿も、ボクをここに留まらせたい意図も、分かったうえで村長を睨みつける。
「泊まらない。ボクはもう行く。
話しかけるな」
そうきっぱりと告げ、踵を返した。
後ろからは村長の「そんなぁ」と言う情けない言葉が飛んできたが、聞こえないフリをした。
村長は勇者の資質のあるボクが泊ったことのある村、その実績と肩書が欲しいだけだ。
ボク自身には興味もメリットも、何一つない。
そしてボクを“勇者”と呼んだこと……。
ボクの名前を知らないわけがないのだ。選定の儀であれほど騒ぎになったのだから。
それでも頑なに名前を呼ばない。
彼らに必要なのはボクではなく、あくまで勇者という肩書なのだ。
(────ああ、クソ。胃が気持ち悪ィ……)
鳩尾あたりに重く溜まる不快感を少しでも解消しようと、腹部をさすりながらボクは地図を開いて次の村までの道を確認した。
────時は少し遡って、一か月ほど前。
「ボクはここを出る」
シスターたちが炊事場に集まっている時間を見計らい、短く告げる。
まだ慣れないのか、ボクの姿に一瞬ぎょっとした表情を見せるも、すぐに取り繕うように笑った。
「ここを、ですか?
それは少々早計すぎませんか?」
「そうですよ。選定の儀を受けたとはいえ、貴方はまだ十三歳。
行く当てもないのならば、修道士見習いとしてここで生活し、必要な力をつけなくては」
引きつるような笑みに、苛立ちを覚える。
(選定の儀が終われば、ボクを追い出そうとしていたくせに)
そして必要な力、というのはいずれやってくるであろう勇者と共に旅に出るのに必要な知識のことだろう。
確かにボクは選定の儀を受けたが、まだ魔法は扱えない。
というよりも、前例が少なすぎるせいで《聖》属性についての書物が殆どないのだ。
当然だが、シスターや牧師たちも、その扱い方は知らない。
ボクがここに留まったとしても、欲しい力も知識も何も得られないのだ。
ならば、ボクがここで生活を送る必要はない。
「────誰か、ボクに《聖》属性の魔法を教えてくれるのか」
そう問いかければ、シスターたちは顔を見合わせながら「それは、ねぇ」「ええ」みたいな曖昧なやり取りを繰り返し、埒が明かない。
ここで衣食住を面倒みてもらったことで、今日まで生きてこられたのは事実だから。と少しでも誠実さを見せるために出ていく旨を伝えたのだが……。
この人たちに、誠実さなんて必要なかったのかもしれない。
こんなことならば、黙って出ていけばよかった、と小さな後悔が襟足を撫でた。
「……王都には、少なくともここよりかは《聖》属性の魔法についての情報がある筈。
だからボクは王都へ行く。そこでシスターたちの言う“必要な力”を得るので、ご心配なく」
そう吐き捨てるように言い、ボクは返事も待たずに炊事場から離れた。
その後も考え直すように何度も言われたが、最終的にボクがこの村のこの教会出身であることを公言する、と約束したら、あっさりと旅立ちの許可が下りた。
無論、許可などなくても旅立つつもりではいたが。
***
「……お忘れ物はございませんか?」
旅立ちの日、そう恭しく言うのはシスターの一人である。
ボクに直接的な攻撃はしてこなかったけれど、それでもボクの背中に傷が刻まれるとき、傍で傍観していた者の一人だ。
「ない」
ボクは一言だけそう言うと、ボクは「ありがとう」も「さようなら」も言わずに教会を出た。
リュックに携帯食料と周辺の地図、飲み水と薬草類を詰め込み、ボクは旅に出る。
村から出ようとしたとき、しゅるると足元を何かが撫でていった。
驚いて視線を落とすと、そこにはスノウがどこか心配そうに首をもたげていた。
「スノウ……!
君も、ついてきてくれる?」
問いかけると、まるで言葉を理解しているように尻尾を振り、するするとボクの体を上って襟元に巻き付いた。
「良かった。一人だと不安だったんだ」
昔から、スノウには弱音も本音もすべて吐き出せる。
言葉が返ってくるわけではないけれど、表情豊かなスノウはボクの話をよく聞いてくれているみたいだった。
それに、ダリルも一緒に聞いてくれているような気がして、ボクの中の不安や寂しい気持ちは影をひそめる。
ボクはスノウとリュック一つの荷物と共に、村を出た。
理由はただ一つ。
勇者になるためでも、英雄になるためでもない。
ボクが旅に出た理由は────ダリルを探すためである。
教会の裏手に遊びにきていたダリル。その装いから農民の子であろうということと赤い特徴的な髪であること。その情報だけを持ち、ボクは近隣の村を訪れてはダリルの存在を探し、今に至る。
(赤い髪は悪魔の子……。もしかしたらダリルは、ボクより酷い扱いを受けていたんじゃないだろうか)
ボクの髪と瞳は、気味悪がられてはいたものの悪魔や魔物と結び付けられることは少なかった。しかし、ダリルの赤髪はボクの好きだった絵本にはもちろん、他の書物にも“魔王”や“魔物”を表現する際に使われる色である。
きっとボクよりも、直接的に嫌悪されてきただろう。
(ダリル……、今どこにいるんだろう……)
あの夜、ダリルの姿を見た気がした。
朦朧とした意識の中で見た夢や幻影だったかもしれない。
けれど、あの鮮やかな赤は、夢幻だったとは到底思えなかったのである。
そして、その夜を境にダリルは現れなくなった。
それでも、何の根拠もないけれど、いつでも近くにいてくれるような気もしていた。
勿論、寂しさはあった。
しかし、会えなくなったことでダリルを恨むようなことは一度もなかった。
ダリルにはダリルの事情があったのだろう。
────……それに、ボクのいた村は殆ど廃村のようなものになっていた。
後から聞いた話によると、ボクがいた村の人たちはみんな、精神を破壊されていたらしい。
生きる屍のようになっていたそうで、みんな口々に「悪魔」の名を狂ったように叫んでいたと言う。
死者はいないが、突然村人たちが発狂しボクだけが何事もなかったかのように扱われたことで、よりボクの“呪い”は色濃くなった。
────そう、何事もなかったかのように、なのだ。
ボクはあれだけの暴行を受けたのに、その傷跡はどこにもなかった。
瀕死の状態であったことは、他でもなく自分がよく知っている。
どうやら魔法を使った痕跡があったらしく、治癒魔法で回復していたのでは、と言われたがあの村にボクを助けてくれる人間などいなかった。
(……謎、だな……)
何度この話を聞いても、納得もできなければ理解もできない。
ただボクが無事で、隣村に保護されているということだけが事実なのだ。
……今更そんなことを考えていても答えは誰も知らない。
考えても仕方がないことは一度放棄し、ボクは改めてダリルの行方について思案する。
あんな村の状態では、ダリルもボクの居場所まで突き止められなかっただろう。
尤もらしい理由を当てはめると、存外しっくりときたのだ。
だから、今度はボクがダリルを探そうと村を出て、その存在を追いかけているのだが……。
これが、なかなかどうして、苦戦している。
(どの村にもいない……。
もしかして、存在を秘匿されてるとか……)
ボク自身忌み子として、実質捨てられたようなものである。
ダリルももしかしたら、と考えるとただの仮説は真実のようにも見えてくる。
次の村が、めぼしい村の中で最後の村。
元怠惰の谷に最も近い、人の住む世界の端っこに位置する村。
魔物に襲われた経験を持つ村である。ダリルの存在はより禁忌的なものになるだろう。
(……次の村で、少しでも手がかりが見つかれば良いんだけどな……)
目を閉じれば、思い出す。
雲一つない青空を切り裂くような、鮮やかな赤。
夕日を切り取ったような。
激しく、鋭く、けれどどこか温かい。そんな赤い色を────




