ep33:壊れる音
「せ……、《聖》属性、だと……!?」
司祭の驚きの声は、凪いだ水面に石を放ったように波紋を広げる。
「せ、《聖》?!」
「そんな、伝説……いや、それこそ絵本の中でしか聞かないぞ」
「本当にあるんだ、そんな属性が……っ」
ざわめきは広がり、やがて全体を包み込む。
────それからは、正直地獄だった。
「ノエルさん、いや、ノエル様!」
「村一番の出世株!」
「いよっ、未来の勇者パーティ!」
ヨイショヨイショと担ぎ上げられ、この十三年間をなかったことにするかの様に持て囃された。
(……吐きそうだ)
一度だって、触れてくれなかったくせに。
挨拶も返ってきたことはないし、石を投げられ、暴言を吐かれ、死の間際まで追い詰めたくせに。
ボクが《聖》属性だからって、こんな手のひら返し────……
いや、違う。
こいつらは変わっていないだけだ。
ボクの髪色も瞳の色が左右で違うのも、全部“未知”だから恐れた。
伝説によれば、赤髪は魔王だから、とダリルを悪魔呼ばわりして遠ざけた。
今度はボクが伝説の《聖》属性だからと持て囃す。
こいつらは……、最初からボクのことなんて見ていないのだ。
歴史や伝説に踊らされ、絵本や歴史書に綴られた文字越しに、目の前で生きているボクやダリルという存在を見ていた。
「はは……っ」
渇いた笑いが込み上げてくる。
手のひらを返されたんじゃない。
こいつらは今も昔も、ボクを見ていないだけじゃないか。
「は、ははっ……はははっ
あーっはっはっは……っ」
真理にも近い現実に気が付き、ボクの中で何かが擦り切れた。
それと同時に、ボクはおかしくて笑った。
こんなに声を出して笑ったのは、初めてかもしれない。
村人たちも笑った。「英雄が笑っているぞ」と。
まだ何も、何一つ成し遂げていないただの十三歳の少年を。
英雄と唄い持ち上げる。
気色悪い、気色悪い。
────ああ、吐きそうだ────
***
「────ノエルの選定の儀、終わった!?」
私が話しかけるのは、影の中にいるであろうレイヴン。
レイヴンも忙しい身で影の中にいない日の方が多いのだけれど、今日はノエルのいる村近隣で選定の儀を行う日である。
私にとって最重要事項と言っても良いノエル見守り隊の報告の中でも、更に重要な日の報告になるのだ。
きっと、レイヴンは影にいる。
そう確信したうえで影に話しかけた。
「……は、先ほど無事終えられました……」
予想通り影の中にいたレイヴン。
しかし、その表情は暗い。
「何か、問題でもあったの?」
「いえ、その……。
ノエル殿の属性なのですが……、その……」
属性?
え、《聖》じゃないの?
……もしかして、ゲームのストーリーから外れたことをした所為で、ノエルにも影響が?
嫌な予感が脳の表面を覆い、色々な情報が滑っていく。
「属性が、何なの……?」
驚くほど掠れた声に、レイヴンはもごもごと言葉を口の中で転がしながら吐き出した。
「その……。
ノエル殿の属性は、《聖》でした……」
「……せい……?」
「は……。我々の宿敵となりうる勇者の資質を持つ者の属性でございます……」
────え、知ってるけど……?
むしろ《聖》属性で安心しきっているのだけれど?
……ああ、なるほど。
レイヴンは私が大切にしているノエルが、敵に回ることを憂いているのだ。
ノエルがいつか、勇者と共に私たちを討ちに来る。
そんな少し先の未来を見て、レイヴンの表情は暗いのだ。
「……聖、か……」
私は肩の力を抜き、椅子の上で脱力した。
良かった、ストーリーはまだ壊れていない。
「……まあ、その時はその時よ。
ちゃんと魔王としての務めは果たすから、大丈夫」
「しかし、それではダリオン様が……」
「えぇ?私の心配してくれているの?
……私なら、大丈夫。大丈夫よ」
そう言って微笑む。
実際、ノエルと剣を交えるなんて想像もできない。
「あの……もう一つご報告が」
「え、まだ何かあるの?」
「は、ノエル殿の魔力最大値なのですが……
200を超えているとの情報が入ってきております」
にひゃく……?
一瞬、何が問題なのか分からずにフリーズする。
しかし、プレイヤーとしての記憶を呼び起こしたところで、思考が止まる。
(勇者と出会うのが十六歳だったはず。
ノエルが仲間になるのは旅の中盤。ノエルのレベルもそれなりに高くなっていたし、僧侶の役職上MPの最大値が高いのに違和感はなかったけれど……)
今は自分が破格級生物の魔王であり、周囲にも高位体の魔物が多いことから感覚バグるけれど、初期設定MPが200超えはチートである。
ノエルが最初からぶっ壊れキャラであったことを改めて痛感した。
「はぁ~~~~~……」
溜息をついた。しかしこれはどちらかというと、風船のように尊い気持ちが膨らみすぎて、空気が抜けた音に近い。
しかし、それをどう受け取ったのか、レイヴンの表情は暗くなっていく。
「ダリオン様、我々はいついかなる時も、ダリオン様の味方です」
心からの言葉であることに変わりはないが、こっちからしたら「なんのこっちゃ」である。
「ノエル殿と相見えるとしても、我々はダリオン様と共に」
心臓を捧げよ!みたいなポーズするレイヴンに、ようやくレイヴンが何か勘違いしていることに気が付いた。
しかし、なんか感動的な場面になっちゃったし、ここは黙っておくのが吉だろう。
「……うむ、……その時は頼んだよ」
「はっ」
……これで、良かった……のか?
わからんが、レイヴンは満足して影へと戻っていった。
レイヴンが影に潜ったことで、執務室には静寂が訪れる。
私が椅子の背もたれに体重をかけると、少しだけ椅子が軋む音がした。
(ノエル、無事《聖》属性だったんだ……。
MPの最大値も高いし、顔も良いとか何事……?
何かしらの事件に発展しそうなくらいの出来事だわ……)
しかし、本当に問題なのは────
というより、前代未聞の出来事がこれから起こることを、この時の私は知る由もなかった。




