ep30:ゆびきりげんまん
それから数か月が経った。
「あ、ダリル!」
「やっほ、ノエル」
一週間に一度は教会に行くようにしており、こうして会うのはもう七回目くらいになっていた。
この数か月の内に、怠惰の谷の弱小種族たちの移住は終え、残る大鬼族や豚人族たちには魔素溜まりから少し離れたところへ生活区域を動かすことで、高濃度魔素による狂暴化に関する対応はようやく終わりを見せた。
「今日はボクの友達を紹介するね」
屈託のない笑顔を向けられ、衝撃を受ける。
(わ、私以外に友達がいた、だと……!?)
ショックにも似た事実にがっくりと肩を落としていると、ノエルは草むらに向かって「おいで」と声をかけていた。
そしてその声に応えるように姿を見せたのは、
「ボクの友達、白蛇くんだよ」
真っ白で神聖さすら感じさせる白い蛇だった。
(って、おいおい……、そいつぁ……)
────レイヴンの配下やないか────いっ!!
蛇も私の存在に気づいたのか、どう見ても委縮している。
なんなら額に汗まで見える。
「……もしかして、ダリルも苦手だった?」
「え、……あ、ううん。真っ白で綺麗だからびっくりしただけ」
も、ということはこの蛇に対しても、何らかの嫌な思い出があるのだろう。
私は爬虫類系ウェルカムだけど、全体的に見たら苦手だという人の方が多いのが正直なところ。むしろノエルは大丈夫だったことに改めて安堵する。
「そうなんだ、綺麗だよね。
この子、いつの間にかここに棲みついててさ。
ボクのこと、見守ってくれてるのかな、なんて……」
無邪気にそんなこと言うノエルに
はい、そーです!!
ずっと影から見守ってました!!
なんて言えるはずもなく。
「そうだね、きっとノエルのこと好きだと思う」
白々しくそう答えたら、ノエルは嬉しそうにはにかんだ。
あ────、その笑顔で浄化されるぅ……。
それから、他愛もない話をした。
最近は絵本ではなく小説のように文字ばかりの本も読めるようになってきた、とか。
お勧めの本があるんだ、とか。教会内の話はあまりしなかった。
きっとノエルにとっても楽しくない話だろうし、ノエルが楽しくない話を聞いても、私もつまらない。
ノエルが楽しんでくれている。私との時間を楽しんでくれている。
それだけで────いや、むしろ贅沢すぎるほどの時間が、私は好きなのだ。
「……なんか、いつもボクばっかり話しちゃってごめんね。
ダリルが聞いてくれるから、つい……」
「ううん、ノエルの話聞くのが好きだから」
と、言うよりも?
私が話せることなんてないんですよ。
え、最近の話?
小鬼人の全集落が移住完了したこと?
大鬼族がバアルの配下になりたがっていること?
女中に兎魔族が増えていて、私の配下になったことで兎人魔族に進化したこと?
(……どれも言えるわけないじゃん……あ、)
進化、という言葉で視線を蛇へと向ける。
「ねぇ、せっかくならその白い蛇にも名前つけてあげれば?」
私が名付けると、蛇みたいな獣でさえうっかり進化しかねない。
というのも、最近ルシファーに教えてもらったのだけれど、名付けることで魂や核に私の魔力が直接刻まれることで、進化へと至るらしい。
いや蛇の進化ってなんだよ、って思うかもしれないけれど、うっかり魔物化したりとか全然あると思うの。だってここファンタジーの世界だし。
ということで、ノエルに名前をつけさせることにしてみた。
誘導はどうやらうまくいったようで、ノエルは表情を明るくする。
「あ、そうだね……!
何が良いかなぁ……!」
目をキラキラさせながら、ノエルの腕に巻き付く白い蛇をじっと見つめる。
「綺麗な白色だから、それっぽい名前にしてたら?」
と、助言は出すものの確定的な名前は付けない。
ノエルも、私のアドバイスに頷き、うーんと口をとがらせる。
なんっっだ、この可愛い生き物は……!!
世界に向けてそう叫びたい。
「白、白……あ、雪!
スノウってどうかな?」
なるほど、確かにシミ一つなく綺麗な白い体は、まさに白雪。
いい名前なんじゃないか、と私も頷いて見せた。
「良いと思う。素敵だね」
「ふふっ、ダリルのお墨付きなら安心だね。
今日から君は、スノウだよ」
ノエルがそう言うと、蛇────スノウはどこか嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
すると、まるで見計らったように教会の鐘が鳴り響く。
この音は、ノエルとの時間が終わる合図。
何度聞いても、この鐘の音が好きになれないのはノエルとの別れの音だからか。
それとも────
(……“聖なる結界”の影響、か……?)
聖なる鐘の音は、聖なる音となり、響き渡る。
今は人間であるとはいえ、根本が魔物である私がこの音を好きになれないのは、そういう理由もあるのかもしれない。
「……あ、じゃあ……ボク行くね」
「うん、またね……あ。
僕、少し忙しくなるから、しばらく会いにこれないかもしれないんだ」
「えっ」
悲しいお知らせを告げるときは、こっちも辛いもの。
だがしかし、事実として告げなければならない。
執務室には溜まり続ける書類たち。
移住も完了した今、今度は領地運営の方へ手をかける必要がある。
怠惰の谷の魔素溜まりに関しても、根本的な解決はしていない。
やることは盛りだくさんなのだ。
どれも優先順位は高いものばかりだし、《不眠》のスキルで寝ずに仕事をすることが可能とはいえ、配下たちもみな《不眠》持ちかというとそういうわけではない。
ホワイト企業を目指しているのに、まだ環境はブラックというか漆黒企業なのだ。
ルシファーからも、そろそろ本気でノエルとの接触禁止令を出されそうな勢いで忙しい今、しばらくは仕事に専念することが吉と考え、私は苦渋の決断を下したのだ。
誰が好き好んで推しとの触れ合いイベントを拒むものか。
こちとら断腸の思いで血涙するほどの決断なのだ。
「あ、でもそうか……農業の方、そろそろハンボウ期?だもんね」
「そ、そうそう!僕も手伝うように言われてるからさぁ」
そうか、今の季節だと農業の方は繁忙期なのか。
ノエルからの助け船にしめしめと乗り込み、大きく頷いて見せた。
「そっか……。寂しいけど、仕方ないね」
眉尻を下げ、儚げな笑顔に百点~!!
誰か、誰か……っ、何かしらのトロフィをノエルにあげてぇ!!
「……ねえ、どうしようもなく寂しかったり。
自分じゃどうしようもないことが起こったらさ。
……僕の名前を呼んでよ。必ず助けに行くからさ」
子どもの口先だけの約束。そう思うかもしれない。
けれど、幼少期のこうした根拠のない“約束”は、心を支える“希望”にもなる。
(まぁ、本当に呼ばれたならスノウ通して聞こえるし、本気で駆けつけるけれどね)
しかし、それをノエルは知らない。
だからこそ、この口約束がノエルにとって“お守り”になれば良いと。
そう思って提案した。
「本当に?」
「うん、どこにだって駆けつけるよ」
「そっか、じゃあ────寂しくないね」
ふふ、と小さく笑うノエルに、私も笑い返す。
「ねえ、指切りって知ってる?」
「ユビキリ?」
私はどこにでもある、あり触れた“儀式”を持ち出した。
しかし、やはりこの世界にはないのかノエルはきょとんとして見せる。
「小指出して」
「?……こう?」
ノエルの小さく、白い小指に私の小指を絡ませる。
「僕の故郷では、こうやって約束するんだよ」
「へぇ!」
「僕に続いて、約束の唄を歌って」
「うん」
────指切り拳万
嘘吐いたら針千本飲ます。
指切った────
「すごい、なんだか“大丈夫”って感じがするよ」
「じゃあ、絶対“大丈夫”だね」
そう言って、私たちは別れた。
森の奥深くに入ると、待ち構えていたようにベリアルとアスタロトが二人、跪く。
「帰ろうか」
『はっ』
寂しさに後ろ髪を引かれながら、私たちは飛翔し、森を後にする。
ノエルと別れて数か月が経った頃。
ふらり、教会の裏手に人影が揺れる。
その影はゆっくりとその場に崩れ落ちるように倒れこむ。
「────……ダリル……」
その名を呼んだのは────




