ep27:ようやく君に会える。
────ズン、
と地に沈む音を立て、私は小鬼人の集落の近くに着地する。
「遅かったですね、魔王様」
汗一つかかず、涼し気な顔で私を迎え入れたのはルシファーである。
「ルシファーが速すぎるんだよ」
途中までは私が圧勝していた。
けれど、何分魔王に生まれて初めて空を飛んだのだ。
競争を持ち掛けておいてなんだが、空中散歩も楽しみたい。
と、気を逸らした内にベリアル、アスタロトに追い抜かれた。
こなくそ、とスピードを上げたが今度は《浮遊》や《重力操作》のスキル使用が疎かになり、体幹がブレてしまい思うほどスピードが出ない。
スキルの構築やら翼の動かし方で手間取っている間に、ベリアル、アスタロトは目的地へ。
私の完敗だったのだが────……
(正直、ルシファーにいつ追い抜かれたのか分からないんだけど……)
じ、とルシファーを見つめるけれどその真意は美しすぎる笑みの奥に隠されてしまった。
「……とりあえず、私は負けたけども。
一位はルシファーということで、秘書権利はルシファーのものだね」
「残念です」
ふふ、と小さく笑うアスタロト。
全然残念そうじゃないのですが?
「オレたちはダリオン様の護衛ッスから。
距離を空けるわけにもいかないッスからね」
へら、と笑うベリアル。
それもそうだ。容赦なく一位を獲得するルシファーがやっぱ異常なんだ。
そう思いはしたものの口にはしなかった。
いちいち気にして言葉にしていたら、その内言葉の方が足りなくなってしまう。
ルシファーは今日もルシファーだったのだ。
これに尽きる。
「さて、と。小鬼人の集落はこの辺だったはず」
きょろきょろと見渡すと、森の中に開けた場所がありそこから煙が上がっているのが見えた。
「あそこか」
森を進み、開けた場所に辿り着く。
門番らしき小鬼人が、私たち一行を見て目を見開いていた。
そりゃそうだよね。こんな辺境の弱小種族のために、領のトップが出てくるとは思わなかっただろう。
「い、今すぐ長に取り次ぎます!!」
門番は私たちが何か言う前に跪いて挨拶をすると、逃げるように中へと入っていった。
ほんの数秒で、長と思わしき小鬼人と数名の若い個体がやってきた。
「こ、こんなところまでご足労いただき────」
「ああ、良い良い。そんな前置きは。
堅苦しいのも長話も苦手なんだ」
挨拶の口上を述べようとする長を制し、私は集落へと踏み入る。
「で、狂暴化の兆しがあるって言ったけど、具体的にどのあたり?」
そう聞くと、長の後ろに控えていた小鬼人たちが険しい顔をして頷き合う。
「ご案内いたします」
そういうと、私たちを先導するように歩き始め、集落の奥へと向かう。
そこには小さな小屋があり、中からわずかに魔素が漏れ出ている形跡が見えた。
「……ベリアル」
「はいッス」
私の一言にベリアルはすぐに動き、小屋の入り口を隠すように垂れ下げられた暖簾のような布をめくる。
「ゥ、ヴゥウウ……ッ」
中には麻縄で手足を縛られた状態の小鬼人が二体いた。
理性はなく、苦しそうに唸るだけの二体は、やはり体表に可視化できるほど濃い魔素が覆っていた。
「……狂暴化、ですね」
ルシファーが眉根を寄せる。
その言葉に、静かに頷いた。
────モルガントの報告では、熊は体表を覆う魔素を吸収することで魔物化を阻止できたらしい。また狂暴性も薄れ、そのまま山に返したという。
しかし、高濃度の魔素を直接吸収することはできず、吸収には魔石という魔力を帯びることのできる石が必要だということも報告書に記載があった。
今、手元に魔石はない。
────……が。
私は小鬼人に手のひらを翳す。そしてそのまま体表を覆う魔素を吸収した。
「ま、魔王様!
そんな高濃度の魔素を一気に吸収したら……っ」
ルシファーが慌てる様子を見せるが、私は口角を持ち上げ余裕で微笑む。
私自身高濃度の魔素を自然発生できる、所謂“発生源”なのだ。
仮にも魔王という破格の生物である。魔石などがなくても、小鬼人を狂暴化させている魔素を吸収するくらい、訳ないのだ。
「────私を誰だとお思いで?」
ふ、と決め台詞のように言って見せると、ルシファーもベリアル、アスタロトまでも感動したように目尻に涙を溜める。
ふむ、くるしゅうない。くるしゅうない。
小鬼人の体表にはもう魔素は見られず、理性を失った獣のようだった二人は今は静かに寝息を立てていた。
「こ、これは────」
「き、奇跡だ……っ」
仲間と思われる小鬼人たちは涙を流しながら抱き合い、喜ぶ。
今は眠るこの二人にも、家族や仲間がいるのだろう。
打つ手はないと諦めていたところに、私がやってきて狂暴化を食い止めたのだ。
(私が直々に来なかったら、助からなかった命だったかもしれない)
そう思うと、やりがいにも似た達成感のような、多幸感に包まれる。
「さすがは、魔王様です」
ルシファーもそう言って微笑む。
────ノエルに会いに行くついでに来た、なんて。
絶対に、口が裂けても言えないな。
と、ちょっぴり罪悪感を覚えたことはここだけの話である。
「────狂暴化した二人は、もう心配ないと思うけど、やはりこの辺りも魔素濃度が濃くなっているね。
この集落も早めに移住できるよう、手配して」
「承知いたしました」
ルシファーにそう指示を出すと、長と何やら早速話し込んでいた。
うむ。これにて一件落着なのである。
祭りというか宴のようなものに参加しないかと誘われたが、丁重に断った。
狂暴化していた二人はまだ目を覚ましていないのだ。
それに、先ほど言ったように私自身が“高濃度魔素の発生源”なのである。
私が少し滞在するくらいでは魔素溜まりはできないだろうが、弱小種族にとって私が帯びる魔素は毒にも近い。狂暴化を促してしまう可能性はあるのだ。
ということで、私たちは小鬼人の集落を後にした。
「じゃあルシファーとはここでお別れだね」
「なっ、本気で仰っているのですか!?」
「本気で仰ってます。貴方は本来城でお留守番だったはずよね?」
キッ、と駄々をこねるルシファーを睨む。
ルシファーはしゅん、と俯いて肩を落とす。
「確か、ノエルのいる教会はここから北東よね?」
「は。北東の人間領の端に位置しております」
私の問いかけにアスタロトが答える。
うむ、行きと同じく飛べば一瞬で着く距離だな、と計算する。
「じゃあ、ベリアル、アスタロト、行こうか」
ルシファーは万が一にでも自分も呼ばれないかと待ち構えていたが、スルースキルに磨きがかかっている私、華麗にスルーして見せる。
「ルシファー、小鬼人の集落の移住は重要事項よ。
分かっているわよね?」
つまり、お前にはお前の仕事があるんだぞ?
と暗に言い聞かせると、ルシファーもさすがにこれ以上は食い下がらなかった。
「ぐっ……、お前たち、しっかりダリオン様を守りなさい」
「承知いたしております」
「当たり前じゃないッスか。
仮にもオレたちは護衛ッスよ」
キリッとして見せるアスタロトとは裏腹にへらへらと笑うベリアル。
こんな感じでも戦闘力はかなり高いから凄いよねぇ。
「それじゃあ、改めて。
行こうか、二人とも」
『はっ』
私の合図に合わせ、地を蹴る。
うんうん、一度飛行した経験もちゃんと活かせている。
安定したスピードを出しながらも《浮遊》も《重力操作》もうまく機能していた。
僅か数分で、目的の教会を視界に捉える。
私とベリアル、アスタロトは降下し森の中に身を潜めた。
「それじゃあ、私は《擬態》するから、二人は基本見守るように。
何かしてほしい時ははっきりと二人の名前を呼ぶから、それまでは絶対待機。
わかった?」
「承知いたしました」
「了解ッス」
私は《擬態》を使用し、十歳前後の子どもへと体を構築する。
「……どう、魔力とか魔素は見える?」
そう問いかけるも、二人は首を横に振った。
「いいえ。完全に魔素も魔力も見えなくなっております」
「どこからどう見ても、人間の子どもッスよ」
二人の意見を聞き、安心して私は麻の服に腕を通す。
やはり着心地は最悪だけれど、見た目は完全に農村の子だった。
「じゃあこのまま森の浅いところまで行くよ。
森の中からこっそり、ノエルの姿を見てくる!」
「絶対ッスよ、森から出ないでくださいよ」
「わかってる、絶対出ない!」
ベリアルに釘を刺され、どんだけ信用がないんだ、と頬を膨らませて見せるが、ベリアルにもアスタロトにも効果はないらしい。
おかしいな、メリノあたりならこの顔でイチコロなのに。
「と、とにかく行ってくる。
ノエル見守り隊の報告によると、この時間は教会の裏手で読書しているらしいから」
そう言って私は自分の背丈ほどもある草木をかき分けながら森を進み、教会の裏手へと移動した。
そしてそこには、
「────ノエル……」
空の色をそのまま映しているような鮮やかな水色の髪を揺らす、その姿がいた。




