ep26:いざ、出発~!
「モルガント、例の宣言文よろしくね」
「は、承知いたしました」
領地が統合されたことを、改めて全域────人間たちが住まう場所含め宣言するため、宣言文の作成をモルガントに依頼した。
まあ別にこちらから人間たちに危害を加えるつもりはないけれど、魔王領が広がったというのは既に人間からしたら脅威だろうからね。
そしてバアルのときみたいに同じ轍は踏まない。
元人間でありその辺の常識に精通しているモルガントに、今回の宣言文の作成をお願いした。
下書きの時点で見せてもらったけれど、特に大きな問題もなさそうだったから、今回は安心して任せられる。
ちなみに、新たな領地の名前として、怠惰の谷を含めた私の領地は「憤怒の領地」という名前にした。
そのことも併せて伝えるよう、モルガントには伝達済みである。
……ルシファーだけが「ダリオン領」とかいう、考えることを放棄したのでは?と思う名前を提案してきたから、これも余裕でスルーしてやった。
────と、いうことで。
やることをやった私は早速《擬態》のスキルを解放する。
自分の体が魔素で出来た光に包まれ、やがて自分の体の構築が変わっていく。
ニチアサヒロインになりきったつもりで光の中でポーズなんかキメちゃったりして。
シュウウ、と空気が抜けるような音と共に光が消えていく。
自分を包む光がなくなったところで、鏡の前に立ってみた。
「おおっ」
鏡には好青年が映し出されていた。
綺麗な赤髪は残ったままだが、肌は灰色ではなく肌色だし、黄金をそのまま埋め込んだような瞳ではなく、琥珀色というか、随分落ち着いた茶色目になっていた。
「牙もなし、爪もOK、角もなーし!」
だがしかし、一つ難点が……。
「結構魔力消費するなあ……」
まだ魔力に余力はあるとはいえ、魔力消費量が高い。
《擬態》のスキルを使用している間もゆっくりとMPが減っていく。
そういうデバフにかかっているようで何とも言えない気持ちになる。
「これじゃあノエルに会っても、すぐ撤退!
なんてことになり得ない……」
折角この目に焼き付けるのだから、時間は少しでも長い方が良いに決まってる。
「……ハッ……」
その時、天啓が私の思考回路を貫いた。
「子どもの姿になれば良いんじゃない……?」
大きな体を作るのに魔素を消費するなら小さな体にすれば良いじゃない!
大は小を兼ねるっていうけどさ、逆もまた然りな時ってあるよね?
調味料だって多めに入れるより少量から足して言ったほうが失敗少ないもん。
何が言いたいかわかんなくなってきたけど、とりあえず小さな姿になってみよう。
(今のノエルは多分五歳くらい。
小学生より少し小柄をイメージして……)
魔法はイメージが大事、と言う。
誰が言ったかは知らんけど。
とにかく好青年バージョンの自分の姿は覚えたから、今度はその姿を小さく小さくするイメージを膨らませる。
再び光に包まれる感覚に満ちたあと、自分の体が新たに構築されていき────……
「……お、おおっ」
鏡に映るのは、なんとも言えぬ美少年だった。
赤い髪はまだ短く、目はまん丸で大きい。
ダリオンの幼少期として捉えるならば、完璧なのではないだろうか。
自分で言うのも何だけど、カワイイ。可愛いは作れる!
そして肝心のMPを確認する。
「……お!これも課題クリアだな!」
消費したMPは好青年バージョンの半分にも満たない。
更に《擬態》中に消費していくMPも少なくなり、これならばある程度の時間ノエルと過ごすことが……ゴホン。ノエルを見守ることができる。
しかし、このスキルで変えられるのはあくまで体だけであり、衣服までは自動で伸び縮みしてくれない。そこのところはなんとも不便というか現実的というか。
ファンタジーなら衣服も一緒に小さくなる、という設定で良いじゃないか。
と考えていると執務室にノックの音が転がる。
「────失礼いたします、ダリオン様。
紅茶のご用意が────……」
そう言って入ってきたのはメリノだったが、小さくなった私を見た瞬間ワゴンから両手を離し、口元を覆ってその場に崩れ落ちた。
え、ちょ、大丈夫?
慌てて近寄ると、メリノは近づいた私の体をひょい、と軽々抱き上げた。
「なんっ────って可愛らしいのでしょうっ
ダリオン様ですよね。こんな愛らしい姿になっているなんて……っ」
メリノのふくよかな胸部に頬を押し付けられ、これは中身がJKじゃなければ一発KOだっただろう、と恐ろしい未来を思い描く。
「えーっと、《擬態》のスキルの練習中なんだ。
丁度良いから、この体のサイズにあった服を見繕ってほしい。
……あ、できれば魔物らしい感じじゃなくて、人間が使っているものに近いものが良いな」
顔を押し付けられていることもあり、もごもごと言葉を口の中で転がしながらそうお願いしていると、
「失礼いたします。
魔王様、小鬼人の集落について────……」
ルシファーが現れた。
あーあ、これは面倒なことになるぞ。
そう予感したけれど、ルシファーはメリノに抱かれたままの私を見て制止している。
「……?」
メリノのように……むしろメリノ以上に興奮するルシファーを想像していたのだけれど、想像上のルシファーは現れなかった。
メリノの腕から逃れ、ルシファーに近寄ってその顔の前で手を振ってみる。
「し、死んでる……っ」
瞬きすらせず、その動きを完全に停止したルシファーに現世ジョークのあるあるをぶつけてみるけれど、やはり反応はない。
動かないなら、どうしようもない。
ということで放置し、メリノに改めて洋服の件をお願いする。
「承知いたしました。
このメリノ、全身全霊でダリオン様にぴったりの洋服を見繕ってまいります!」
と息巻いて出ていった。
そしてメリノを待つ間は《擬態》を解き、バアルが手配してくれた配下を呼び寄せる。
バアルが送ってくれたのは中級悪魔の二名。
二人とも《擬態》と《憑依》どちらのスキルも持っているらしい。
しかし魔力量がそこまで多いわけではない。特に《擬態》のMP消費量がえぐいことは身をもって知っている。
二人には護衛を頼んでいるが、基本は動物の類に憑依して私を見守り、臨機応変に動くように。と曖昧な指示を出している。
二人とも二対翼レベルの魔物のため、よほど腕の立つ者でない限り討たれることはないだろう。
「……となると、二人にも名前がないと不便だなぁ……」
ボソッと零しただけの言葉に、二人は目を輝かせる。
そんな顔されちゃあ、つけないわけにはいかないね。
悪魔であと有名どころといえば……、と記憶を探る。
悪魔、と聞いて出てくるのはどれも七つの大罪を司る悪魔たち。
例えばベルゼブブやアスモデウスなど。
でもその名は| SEVEN SINS ONLINE の魔王たちの名前と被ってきてしまう。
(うーん、私の浅い知識でひねり出せる名前は……)
と、記憶の深く、深くへと探りを入れていく。
「よし、決めた!」
ぽん、と手のひらを拳で叩き私は目の前の悪魔族に名前を付けた。
***
「────それでは、よろしく頼みましたよ。
ベリアル、アスタロト」
「は、この命に変えましても」
翌日、私はいよいよ小鬼人の集落へと調査へ向かう。
私を挟むように立つのは、新たに護衛に起用した中級悪魔の二人。
やや幼く見える顔立ちではあるが、身の丈ほどの大剣を背負う“ベリアル”。
濃紺の長髪を後ろに一つで束ねている、“アスタロト”。
名前を付ける前は二対翼だった二人も、名付けた頃で三対翼へと進化していた。これで相手がとんでもない猛者でない限り私の命は保証されたも同然。
「……ダリオン様、本当にその衣服を着るおつもりなのですか……」
「え、当たり前でしょう」
今はMP温存のため魔王の姿を取っている私。
小鬼人の集落の調査を終えたところで、《擬態》を発動し、衣服を着替える予定なのだが、持っていこうとしている服を見てルシファーが泣き出しそうな顔をする。
荷物としてインベントリに入れた衣服は、いわゆる農村の子が着そうな服である。
麻でできた生成り色の上着に、同じく麻でできた濃い茶色のズボン。
メリノがあの後持ってきてくれた服は、どこの貴族?と疑ってしまいそうなほど仕立ての良いものばかりで、こんな服を着た子が魔界との領域付近にいるはずがない。
逆に目立ってしまうからと却下したのだ。
そこでいい仕事をしたのがバアルである。
「魔界付近なら農村が多いだろう。
こういう服で良いんじゃねェか」
そう言って出してきたのが、麻の服なのだ。
「これこれ!
こういうのを求めてた!」
着心地は最悪だけれど、違和感なく世界観に溶け込める服である。
それに異議申し立てる正気を取り戻したルシファーと、完全に着せ替え人形で遊びたいだけのメリノの二人をフルシカトして、私はバアルから服を受け取りインベントリにしまった。
「必要なものはインベントリに収納したし、小鬼人の集落まで出発~」
「お待ちください、ダリオン様。
やはり私が衣服をお持ちすることは────……」
「いい加減にしないと置いていくよ、まじで」
しつこいルシファーに《魔王覇気》を滲ませ睨みつける。
もちろん、ここまでされてまで食い下がるルシファーではない。
少なくとも、今この場では。
元々、ルシファーは城で留守番の予定だったのだ。
それを小鬼人の集落まではどうしてもついていきたいと泣きついて……
ええ、本当に滂沱の勢いで涙を流しながら訴えてきたので、城の防衛をバアルとジークに任せ、小鬼人の集落までは同行を許可したのだ。
事実、秘書という立場ではかなり有能なのだ。
調査に連れていく分には、大きな問題もない。
「じゃあ、改めて出発しますか」
そう言って私はスキル《浮遊》と《重力操作》を起動し翼を羽ばたかせる。
するといとも簡単に体が宙へと舞い上がった。
(っわぁ~……!)
ふわり、重力から解放される。
人間であれば誰しもが一度は、自由に空を飛んでみたいと思うものだ。
私自身例にもれず、空を気持ち良さそうに飛ぶ鳥を羨ましいと思ったことがあった。
一度死んでからその夢が叶うというのは何とも皮肉だが、こうして自分の力で空を飛べた今、そんなことはどうでも良い。
なんだか泣いてしまいそうなくらい感動してしまったが、目標は魔王城から南東にある、小鬼人の集落。
「ベリアル、アスタロト、スピード勝負といきますか」
「勝負、ですか。面白そうですね」
私の提案に、アスタロトが微笑する。
「勝ったら何か褒美でもあるんッスか?」
ベリアルも愉しそうに口角を持ち上げる。
「そうだなぁ、一日私の秘書を務める権利をあげよう」
「それはそれは」
「勝つしかないッスね」
後方でルシファーが「聞いていませんよ!?」と困惑していたが、最近ちょっと私への終着がひどいので良い刺激になるだろう。
「じゃあ行くよ、よーい…────ドン!」
ヒュオ、と風を切る音が鼓膜の真横を通る。
ベリアル、アスタロトも余裕でついてこれるスピードのようだ。
魔王の本気がこんなもんだと思われるわけにはいかない、と、私は更にスピードを上げた。




