ep25:領主として
────空には雷雲。稲光と轟く轟音。
それはそれは今日も、魔界日和です。
「────ダリオン様、こちらの書類にもサインを」
ドサッと、およそ紙が出す音とは思えない重量感ある音に、げんなりする。
「えぇええぇ~
ねえ、書類減ってる気がしないんだけどもぉ?」
会議が終わって三日経った。
決めることが多く、また種族によっては狂暴化の恐れがあることから、私たちの領地への移住を希望する種族もおり、移住関係の書類も増え続けていく。
「鼠魔族と小鬼人の集落の付近に狂暴化した獣を確認いたしました。しばらくは我が配下を配置し、獣の類は排除しておりますが、いつ狂暴化に至るか分からないのが現状です」
怠惰の谷の報告ついでに、珍しく影から出てきたレイヴンの言葉に、私は弱音を飲み込んだ。
「レイヴンの言う通り、今は迅速な対応が必要です」
そしてこれまた珍しく、きっぱり言って退けるルシファー。
いつもだったら甘やかしてくれるのになぁ、と思いながらも、それだけ真面目に……
ううん。私と同じ立場に立って、領地のこと、領民のことを考えてくれているのだ。
その姿勢に、私も応えなければならない。腐っても魔王なのだから。
「よし!」
バチン!と両頬を叩き、気合を入れる。
痛々しい音にルシファーとレイヴンが目を見開いていた。
古典的な方法ではあるが、こうして私は痛みと衝撃で目が覚めたようなすっきりさを覚える。
「やるか。彼らももう、私の民なのだから」
そう言って、再び姿勢を整えて書類と向き直る。
そんな私の後ろで、ルシファーとレイヴンが目を合わせ、薄く微笑んでいたことを私は知らない。
────魔界
とは言っても| SEVEN SINS ONLINE の設定としては、ファンタジー系でありがちな、地上には人間が、地下に魔界が、天上に天界が、みたいな区別はない。
「魔界」という名前はあるが、そこに明確な国境線が引かれているわけではない。
ただ、人間が多く住む土地と魔物が多く住む土地が存在し、その境界線は曖昧。
では、何を持って「魔界」としているのか。
その違いは「魔素」の濃度である。
魔素は、魔王を中心として自然発生する。
今回の獣の狂暴化が良い例だ。
魔素は濃すぎれば悪影響を及ぼす。
魔物ですら耐えられないほどの高濃度地帯で、人間が生活できるはずもない。
天候も魔素の影響を受けやすく、魔素濃度が濃い場所は常に曇り時々雷。
逆に薄いところは天気が変わりやすく、晴天から雨までその日によって天候が違う。
天候においても、魔界は人間がとにかく住みにくい環境なのだ。
だから自然と、魔素の濃い土地には魔物が住み、薄い土地には人間が住み着いた。
そうして生まれた区分だが、不思議なことに人間は自分たちの住む場所を「人間界」や「人間領」とは呼ばない。
魔界だけが特別な場所として切り離され、人間の住む土地はただ「世界」として扱われる。
まるで魔界までも自分たちの領土であるかのように、わざわざ自分たちが住む場所に明確な名前を付けないのである。
……とは言っても、さすがに国や街に名前はある。
| SEVEN SINS ONLINE の最初の街にも名前が付いていたし。
(……元人間の私が言うのもなんだけど、なかなか傲慢な考え方だと思う)
ふぅ、と一息つき天井を仰ぐ。
私の疲労感を感じ取ったサフォークがすぐにお茶を淹れてくれた。
そういえば、| SEVEN SINS ONLINE の一作目は「傲慢」を司る魔王だったな、と遠い記憶をなぞりながら書類にサインしていく。
人間から最初に生れ落ちる欲なのだろうか。
それとも、単純にわかりやすいところから始めたのか。
そうした魔王への解釈も、今作である「-the last chronicle-」で色々伏線回収したうえで明かされるはずだったことを思い出し、煮え切らない感情のやり場がなく、唇を突き出して見せる。
「ダリオン様、そのような可愛らしい顔をされますと、部下の一部に悪影響が出ます」
「悪影響って何────……」
悪影響って何よ、悪影響って。こんなにイケメンなのに!
と、ルシファーから指摘を受け、顔を上げると執務室入口付近でメリノとヴァレーが何やら興奮気味で喋っている。
ん-、これは気づかないフリが吉!
ということで私はあえて視線を反らした。
確かにこの顔面はなかなか破壊力が高い。
今後は自分の顔面偏差値を正しく理解したうえで色々と自重しようと思う。
***
「────よし、と。これで急を要する移住関係の書類は終わりだね」
書類山脈ではエベレストくらいの標高を誇っていた書類の山も順調に崩していき、最後の一枚にサインする。
とは言っても本当にサインし続けただけ。
内容はルシファーや白花の侍女衆たちによって精査されているし、訳の分からない内容や理不尽な条件のあるものなどは、ジークやさらにその下の配下に回し、再度持ち帰らせているため、最終決定が必要なものだけが私の元に届くのである。
まあ、中にはちょいちょいこちらからの横暴な条件が組み込まれている場合もあるので、見逃せないのだけれど。
何度だって言う。私は恐怖政治で統治したいわけじゃないのだから。
あくまで平等。お互いにウィンウィンな関係を築いていきたい。
「……と、これは小鬼人村の調査か」
「は。基本的に調査の類はレイヴンが行っているのですが、怠惰の谷全域となるとさすがに手が回らないらしく、こっちで部隊編成をするよう申請がきたのです」
なるほど、レイヴンはおそらく幹部内で一番配下が多い。
というのも、蝙蝠といった低級魔族がその大部分を占めるからである。
しかし蝙蝠などが集めてくる情報はその正確さや精密さが個々の能力によって違ったり、どうしても下級吸血族などある程度知能のある魔物に対して劣る。
必要であれば今度は下級吸血族以上の魔物を再度派遣したりしているのだ。
とんでもない二度手間である。
調査依頼のあった小鬼人の集落は狂暴化の兆しがあるらしく、急を要することと、調査にある程度の正確性が必要であることから、こちらに依頼が回ってきたのだろう。
「……うーん、手が空いてる部隊はあったかな……」
先日、レイヴンとバアルが配下の管理をほとんどジークへ丸投げしていたことが発覚したため、各部隊の所属と役割を改めて洗い出し、指揮系統を整理したばかりだった。
まずジークには自分の配下である下級吸血族と中級吸血族合計七百人をメインに警備巡回部隊を編成した。
やはり自分の配下だと統制がとれやすいようで、仕事効率が良くなり仕事量自体は増えたが、効率よく回せる分ジークは前ほど無茶な働き方はしなくなった。
次にレイヴン。諜報活動に加え、ノエル見守り隊を任せている。
加えて今回の怠惰の谷の統合により、各種族の現状調査も行っているレイヴンの仕事量はかなり多い。
夜誓部隊のメンバーである、ゼノ、アシュ、セレナ、ルミナなんて名前を付けたにも関わらずあまりにも私自身に関わってこないから、すっかり存在を忘れていた……。
素直にそのことを謝ったら「影であることが誇りですので、誉め言葉です」とか訳分からない反応されて、最高に戸惑ったよね。
いや、忘れられてるんだよ……?
あまりにも戸惑いすぎて「それは良かったです」と返してしまった。
人はパニックになると正しい反応ができなくなるんだね。勉強になったよ……。
ということで、レイヴンには改めて下級吸血族以上の配下五百名を夜誓部隊へ編成し、蝙蝠などの低級魔物およそ千体を諜報活動のメインとして編成しなおした。
最後にバアル。
バアルも下級悪魔や二対翼以上の中級悪魔など、かなり強力な配下を従えているにも関わらず、ほぼ野放しにしていた。
暇そうな下級悪魔に仕事を与えようとしたところまでは良いが、バアル自身事務作業が苦手ということで、レイヴンがこき使っていたジークに目を付け、押し付けたらしい。
「俺より細かい作業、得意だからな」
と悪びれもせず笑うバアルに、私は頭を抱えた。
この脳筋野郎め……!
その話を聞いた私は、かなり強めの《魔王覇気》でバアルを叱っておいた。
ということで、バアルの配下およそ六百名を護衛部隊として編成し、きちんと面倒を見るよう釘を刺しておいた。
ちなみに余談ではあるが、バアルに「護衛」という名前をつけたことに対してルシファーからクレームが入ったけれど、これについても無視を決めこんだ。
「そうですね、現在ですと大きな会議を終えたので暫く城周辺の警備はジークの警備巡回部隊だけで十分かと思います」
「となると、護衛部隊を動かそうか」
護衛という名ではあるが、私は基本的に城内に引き籠りだし四六時中ルシファーがいるし……。
そこまで考えてピンときた。
いや、きてしまった。
そう、私は先日、とても欲しかったモノを手に入れたのだ。
それは────《擬態》である。
怠惰の谷を統合し、領民たちを配下として迎え入れることで私に大量の経験値が急速に入り、レベルアップを果たした後、とうとう喉から手が出るほどに欲したスキルを手に入れたのである。
更に今回必要な小鬼人の集落は魔界の端っこにあり、比較的人間の住む領地に近い。
……というころで、悪い考えが思いついてしまったのである。
「────私が行こうかな」
にやけてしまい、勝手に持ち上がる口角から漏れ出た言葉に、ルシファーが目を見開く。
「な、何を────……まさか、例の人間のことでは……っ」
クックック、勘の良いガキは嫌いだよ。
っつってね!!
思いついてしまったのだから仕方ない。
私のわくわくは止められない!
「ダイジョウーブ、ダイジョーブ。
遠クカラ チョット 見ルダケダカラ」
「片言になりすぎですよ、魔王様。
それでは目の前まで行ってじっくり観察しますと言っているようなものです」
ルシファーはその切れ長の美しい目尻を釣り上げて眉根を寄せる。
美人が怒った顔は怖えな……。
いやだがしかし!私は行く!
行くったら行くんだい!
「バアル、バアルの配下に《擬態》や《憑依》のスキル持ちは?」
「バアル、そんなスキル持ちはいないと言いなさいっ」
会議以降も何かと便利のため、随伴させたままの蝙蝠に向かって声をかけると、私の言葉にかぶせるようにルシファーが叫ぶ。
『あァ? 何だ何だ……。
スキル持ちはいるにはいますよ。
そちらに向かわせますか?』
少しの雑音のあとにバアルから応答があった。
その答えにルシファーは頭を抱え、私は目を輝かせる。
「うん、いますぐに!」
《擬態》や《憑依》のスキル持ちを私の護衛として連れて行こう。
という算段である。もちろん、それを即座に見抜いたからルシファーはあんな妨害行為に出たんだろうけどね。
ちなみにルシファーも《憑依》のスキルは持っている。
けれど憑依の対象が“蜘蛛”なのだ。
以前私が蜘蛛が苦手だという話をしてから、一度も《憑依》をしていない。
故に、ルシファーを連れていくことはできない。
ルシファーもそれをよくわかっているのだろう。
今回は私の作戦勝ちでは?
と、作戦も何もただの子供の好き嫌いのような我儘で押し通す。
やがて、執務室をバアルが送ってくれた配下がノックする。
それに応え、私が人間の住む街へ行く日が確定した。




