ep14:調査開始!
────……場所は怠惰の谷。
怠惰の魔王、“怠惰の王”が討たれた後、幾数年放置され、魔素溜まりを確認。
魔素濃度は高く、周辺の魔物は狂暴化し見境なく暴れる姿を視認。
狂暴化した魔物を沈静化する方法────未確認。
一斉殲滅のため、魔王覇気スキル《憤怒の覇王》を使用し、魔物の殲滅を図る。
現在も高濃度の魔素を確認。
魔界の平均値は《10.48%》、魔王城近辺が《27.24%》に対し、“怠惰の谷”は《67.25%》を観測。
植物を含む生命体はすべて消失。現在、上位種の魔物すら生息不可能。
天気は晴天。気温は摂氏24℃、湿度は65%。
本日もレベル上げ日和となって────……」
「ちょいちょいちょい。
途中までいい感じだったのに急な日記感。
どうした?」
ルシファーが報告書の作成のため、目の前の情報とこれまでに収集された情報を整理しているのを横目で見ていたのだが、途中まではぐう優秀な書き方だったのに途中から日記かな?と思う文面に思わず口を出してしまった。
百歩譲って天気や気温は良いとしても、その先はどう見ても日記だったよね?
「……ダリオン様へ提出する際は、きちんと清書しております」
ノートの端にある落書きを見られた思春期男子のように、ちょっぴり不満そうに言うルシファーに申し訳なさを感じる。
ごめんて。見えちゃったんだって。
「ン゛ンッ、気を取り直して……。
周辺に魔物の気配はある?」
影にそう問いかけると、影が揺らいで、ぬるりと中からレイヴンが顕現する。
「配下とともに周辺を探索しましたが、魔物の気配はありません。
やはりこの魔素濃度では魔物は生存できない様です」
「ふむ……。ロデルの居城跡に魔素の源池があるんだっけ……。
ということは、城から少し離れたところになら魔物がいるかな」
私は少し思案しそう言うと、ルシファーが隣で頷く。
「今回狂暴化したゴブリン村も、城からは少し離れた場所にありました。
まだ狂暴化していない魔物の集落もありますので、そちらを確認すると良いかと」
「じゃあ様子見に行こうか」
私はそう言って先陣を切って進む。
「王自ら先陣を切るなど、あり得ません!」
とルシファーに怒られたから、素直に後ろに下がったんだけどね。
別にいいじゃん、弱小種族しかいないなら危険もないしさぁ。
と不貞腐れてみるけど、まあ、「王」は後ろでどっしり構えてた方が様にはなるよね。
怠惰の谷の北にある、小鬼人の集落に移動する。
ここは居城から離れているとはいえ、狂暴化した小鬼人の村とそう離れてはいない。
次に狂暴化の被害が出るとすればここである、とルシファーに提案されて視察にきた。
「こ、これは……魔王様!?」
門番だろうか。
集落の出入口に立つ小鬼人が驚愕の表情を見せ、すぐに跪こうとする。
私は魔王らしく片手を挙げてその行動を制し、威厳ある声を作る。
「私……ン゛ンっ、……余は魔王ダリオンである。
周辺で魔物の狂暴化が見られたため、話が聞きたい」
そう言うと、小鬼人は
「すぐに長を呼びます!」
と言って慌てて集落の奥へと引っ込んだ。
そしてものの数秒で、年老いた小鬼人を連れて戻ってきた。
「私がこの集落の長です。
なんでも、狂暴化した魔物がいるとか……」
長は恭しく首を垂れると、ルシファーが私の前に出る。
「先日、この近くの小鬼人の集落から狂暴化について困っているとの知らせを受けた。
すぐに向かったが、小鬼人の集落はほぼ全滅……。助けることは叶わなかった。
ここで、そう言った現象は見ていないか」
高圧的な態度ではあるが、丁寧な口調に長は戸惑うように眉尻を下げる。
「いえ……、魔物の狂暴化については何も……」
そう言う長の隣に立っていた小鬼人が、おずおずと手を挙げた。
「あのぉ……」
「良い、発言を許可する」
「は、はい。あの……魔物ではないのですが……。
最近狩りに出かけると、野兎や野鼠といった小動物が何かから逃げた跡がありました」
「逃げた跡?」
ルシファーが怪訝に眉根を寄せる。
「はい、大型の動物から逃げたと思われる跡です……。
俺たちは動物の足跡や森に残った痕跡から獲物を追うのですが……。
その痕跡に混じってこのあたりには棲息していない大型の動物の跡がありました」
餌が少なくなり、新たな餌場を求めて動物が移動することはよくある話だ。
その話だけでは根拠にはならないが、彼は確かに“違和感”を覚えたのだろう。
そうした現場から上がる声は、慎重に扱わなければならない。
根拠がないだの、低俗民の言葉に耳を貸さないなど、くだらないプライドを担いで死ぬ王族貴族の話なんて、もはや王道ストーリーである。
「……分かった。調べてみよう」
私が二つ返事でそう返すと、ルシファーが目をひん剥いた。
ねぇ、怖い。美形がすごむと恐怖しか感じんのよ。
「ダリオン様!このような根拠のない話を────」
予想通り……というか、もはや定型文を綴るルシファーを、私はきつく睨む。
わずかな覇気を感じ、ルシファーはすぐに青褪めた。
「余に反論するつもりか?」
意識して低い声を出すと、元々重低音ボイスだったものが腹の底に響くような声になる。
ルシファーは冷や汗をかきながらその場に崩れるように跪く。
「申し訳ございませんでした。
魔王様こそすべてでございます」
うむ、苦しゅうない。
別に恐怖政治したいわけじゃないけどさ。
下から舐められないためにも威厳と恐怖ってある程度は必要だよね。
「分かれば良い。
さて……さっそく調査したいと思うのだが、その痕跡のある森は?」
案内します、という小鬼人とともに森へと入る。
腰高にまで育った雑草は視界を悪くする。
しかも、私の推定身長は2メートル超え。その腰高だから小鬼人なんかがこの中を歩くのは至難の業だろう。
私は新たに習得した《魔力探知》を広範囲に展開し、視界の悪さをスキルで補いながら進む。
森の中央くらいまで進んだとき、小鬼人がその場にしゃがみこんだ。
「ありました。痕跡です」
小鬼人の言葉に、レイヴンがすぐに確認しに行く。
「これは……うさぎと、熊……?」
レイヴンの言葉に、小鬼人が驚きに震える。
「く、熊なんて……っ
このあたりに出るはずがない……!」
小鬼人の言葉に、私は考え込む。
まだ生まれて間もない私は、基本的に研究を口実に城に引きこもってばかりいた。
そのせいで、このあたりの地理に詳しくないのだ。
私は静かにレイヴンを呼び寄せ、周囲の地理について尋ねる。
「この辺りは魔王ロデルの領域ではありますが、その名の通りとても怠惰な王でしたので統治などはされておらず無法地帯でした。
しかし、大型の動物は魔力を持つものが多く、自然と小動物は森の浅い範囲に、大型の動物はより魔素の濃い魔王ロデルの居城の近くに棲息し、縄張りをわけていました」
レイヴンの説明を受け、小鬼人の驚いていた理由が分かり納得する。
確かに、レイヴンの言う通り、魔素の濃い地域に棲息しているのであれば、この辺りの魔素は薄く生存が難しいだろう。
「……餌を求めてこのあたりにまで縄張りを広げたとするならば、生体自体に変化があったはず」
そう漏らすと、ルシファーが静かに頷く。
「そう考えることが妥当かと。
魔力を持つ動物は、魔素を餌とすることもできますので、魔素が濃い地域で餌に困ることはあまりないはずです」
ルシファーからの追加の説明を聞き、余計に困惑する。
納得できる要因が何もないのだ。
ロデルの居城の魔素が薄くなり、魔素だけでは足りなくなってしまったという理由ならば分かるが……。
「むしろ、魔素が濃すぎて棲息できなくなった、とか……」
「……それはかなり可能性が高そうですね」
「そうなると生態系にも変化があるだろうし、小鬼人たちも安心して狩りができないよね。本格的に調べてみようか」
そう言い、私はレイヴンに先行して森の奥の様子を見てくるよう伝える。
私のレベルアップが要因なのか、レイヴンに《使役》というスキルが増えていた。
眷属である蝙蝠や烏などの小動物を《使役》することで、《憑依》せずとも意図するままに操れるスキルである。
そんな偵察に便利すぎるスキルを持つレイヴンは、さっそくスキルを使用して小動物たちを動かし、自身も影へと潜っていった。
「レイヴンが森の奥を調査しているうちに、私たちは周辺を探索して熊を見つけよう」
案内役の小鬼人は危険になるかもしれないため、集落に帰るよう伝え、私とルシファーは周辺を探索し始める。
「これ、熊の爪の跡かな」
「……そうですね、背丈的にもかなり大型と思われます」
木の幹についた引っかき傷に目を留め、指先で触れてみる。
十分な太さのある幹はかなりの強度であることは分かるが、その幹を抉っていた。
(ひぇ~、こっわ……!)
力の強さと爪の強靭さに、私の女子高生部分が恐怖する。
もちろん、口にすると威厳を損ねるため、ぐっと堪えて言葉は呑み込んだ。
「抉れた部分がまだ乾燥していません……。
この傷跡から、おそらく、まだ近くにいるかと」
「えっ」
うそ、やだ、怖い!
思わず身を守るように、両手のひらを握って胸の前に持ってくる乙女ポーズをしてしまうが、ルシファーはこっちを向いていなかったのでセーフってことで。
(やられる前にやらねば……)
先手必勝!ということで、《魔力探知》と同時に《熱感知》を広範囲に展開し、それらしい影を探しながら歩く。
「────……ルシファー、止まって」
しばらく歩いたところで、スキルに生命体の反応があり、私とルシファーは一度その場で止まった。
「この先に大きな生命体の反応がある」
「……確かに、私も今感知いたしました」
ルシファーは集中するように目を閉じると、すぐにその存在に気が付き表情を引き締める。
「この大きさは熊かな」
「私の感知はそこまで詳細な様子は感知できず……。
お役に立てず申し訳ないです」
悔しそうに言うルシファー。
正直気にしないでほしい。というか、部下の上位互換のスキルを持っていた方が上司っぽいし。
「気にしないでよ、ルシファー。
私はルシファーの能力がほしいわけじゃないし。
ルシファーの存在があるだけで、助かってるよ」
うまくスキルには触れずにルシファーをヨイショする。
事実、執務関係なんかはルシファーがいないと何一つできないし。
執務室が書類で埋まってドアがあかない!なんて様子が容易に想像できる。
「勿体ないお言葉……
恐悦至極にございます」
気のせいかな?ルシファーの目が潤んでいたような気がするけど……。
……うん、私は何も見なかった。
「とりあえず、生命体反応はここから2キロくらい先にあるから、慎重に進んでいこう」
「はい」
まあ腐っても魔王。熊なんぞに遅れをとるとは思っていないけれど、油断は禁物。
慎重にいって悪いことはないだろう。
ルシファーと二人、周囲を警戒しながら歩いていると影が揺らめいた。
「魔王様」
「レイヴン、どうだった?」
「は、やはり魔王様の仰っていた通り、森の奥には魔素が溜まっており、生命体の生存は難しい環境になっていました」
「やっぱりか……。こっちも、大型の動物の気配を捉えたの。
魔素溜まりが広がるかもしれないし、レイヴンの眷属を複数待機させて、観測を続けて」
「承知いたしました」
レイヴンはすぐにまた影へと潜み、消える。
私とルシファーは、レイヴンの報告を受け、再び森の奥へと進んでいった。




