7.マナウス砦 2
大音響がとどろき、マナウス砦も騒ぎになった。
砦から物見の兵が出るが、途中で騎兵に回り込まれて砦に逃げ帰った。そこは作戦通りだ。砦は突然現れた騎兵団の偉容に竦んでしまい、兵は外に出ることもままならないことになっている。
続いて500騎ほどが整然と弓の射程距離まで進み、矢を射かけた。
砦も迎撃して、矢をお見舞いしたが、壁の上から浴びせ掛ける悪口の方がひどかった。
「腰抜け、おまえの嫁さんは今頃ヒヒ爺とよろしくやってるぞ」に始まり、「おい、そこの兄ちゃん、おまえの女は皇都に残った優男の子を孕んでる頃だぞ」、「そうだそうだ、帰ってみろ、その子はおまえの子といって渡されるぞー、髪の色を確認するんだな!」などなど。
ガリエル支配下の城塞都市からの移民の独壇場だ。妻を奪われ、息子を兵に取られた日々の恨みが詰まっている。スラング満載の超絶下品な罵りが続く。
籠城戦で、攻撃側の戦意喪失と防衛側のストレス解消を狙って掛ける声としては定番のようなものだが、若い兵には結構効いた。
ガリエル側は、音に敏感な馬に乗っているから反撃の大声もたかが知れている。耐えてひたすら弓を引く。
砦の泥仕合をあきれて見ながらも、これは放置しておいて、指揮官が工兵と輜重隊の様子を見に行くかそれとも途中に残してきた見張りの従卒の連絡を待つかと、空模様と時間を見ながら考えていたところに、エルの配下が罠を仕掛けた。
暮れはじめた風景の中から、工兵がひとり現れた。顔の左半分を工兵が首に巻く赤いスカーフで覆い、右手に持ったスコップに体重を掛けながら坂を下ってくる。スカーフの下から血が滲みだしている。
「きゅ、救助を、救助をお願いします」
駆け寄った副官に、そう告げると気を失った。
作戦のここの部分には非常に手が掛かっている。ガリエル工兵と従卒の制服を手に入れるために、王都に配置されていた間諜は大汗をかいた。どこの軍でも、制服の管理は厳しい。数を揃えることはできず、辛うじて入手できた古い制服をもとにレプリカと徽章を作りなんとか形にした。
スコップの木製部分に押す工兵隊の焼き印にも手間が掛かっている。実物は入手不可能で、焼き印の型をなぞって、そこから起こして印を作った。
先行している本隊に連絡の騎兵が出た。
この兵が騎兵の最初の戦死者となった。街道が丘を曲がりこんで隊から見えなくなったところで、大量の矢を射込まれ、ハリネズミのようになって馬から落ちた。
ガリエル軍の慣例として出る、予備の連絡騎兵が次の死者に、そして、補助のために徒歩で従ったふたりの従卒が、従卒隊の最初の戦死者となった。
工兵の制服を着たエルの配下は、幕屋に担ぎ込まれたが翌朝まで目を覚まさなかった。疑われたら殺されることも覚悟して、睡眠魔法を自分に掛けて幕屋の中で眠り続けた。
状況がはっきりわからないので、指揮官は1小隊4騎に、従卒、衛生兵をつけて、夕闇が迫る中を情報収集にだした。
エルの罠は丁寧だ。
山道の途中、道に従卒の制服を着た泥だらけの男が横たわっていた。思わず衛生兵が駆け寄ったが、これも気を失っている。
「ひとりか、他の兵はどうした」
と、気がせいて、4騎が急いだ。
命に別状がないことを確認して楽な格好に横たわらせると、従卒と衛生兵もすぐに後を追った。
けが人を気にして引き返してくるガリエル兵がいれば、気を失っていたはずの従卒がくるりと起き上がって、藪の中から手招きするマナウス兵の方に小走りで駆け寄っていくのを見たことだろう。
エクスプロージョンで爆砕されたのは工兵の宿営地の上で、土石流が宿営地を襲い、崖の下へ流れていた。
宿営地は流れ落ちてきた樹木、土、岩に覆われて、跡形もない。
ここで生存者がいるのを変だと思わなくてはならないのだが、非常事態に冷静さを欠いていた。3名の従卒が、傷ついて唸っている10名ほどの工兵を看護しているのを見て騎兵小隊は全員馬を降りて駆け寄った。
「何があった」
何があったと言われても、見る通りだ。土石流が宿営地を流し去って、生存者は実はひとりもいない。この13名はウイレム・ジュニアとエルの配下で、魔晶石に込められたエクスプロージョンを起動して土石流を発生させた張本人なのだが。
3名は、両膝をついて、拳で涙を拭うふりをしながら、土で汚し血を擦り付けた顔をあげた。
「突然山が流れてきました。何があったかわかりません」
「生存者はこれだけか」
「はい、音を聞いてすぐに駆け付けましたが、工兵隊は幕舎で横になっておりました。
この10名を引き出すことができましたが、重傷でございます」
小隊長は、1騎を連れて報告に帰ることにした。
副長に後を託し、2騎が走り去る。その瞬間、まだ副長の視線が隊長の去った道の先を追っているとき、従卒の制服を着たエルの配下が静かに近付き、2騎を睡眠魔法で昏倒させた。
え、と思う間もなく、残りの6名を12名で抑え込んだ。ジュニアが睡眠魔法をかけて回る。




