6.マナウス砦 1
「おおー、派手にやってきましたなあ」
「きらびやかですねぇ」
「密かに侵入したというのは、少々無理がありましょうなぁ」
「そうですねぇ、気が付かないふりをするのも、なかなか大変でしたものねえ」
ガリエル皇王にホーシュビーを攻めさせるのに16年かかった。老いた皇王が病みつき、戦の決断ができず、若い皇王が後を継ぐまでに後継者の選定に時間がかかった。六部族から妻が出ているから、部族間の力関係が決着するまで毎回抗争が起こる。
王国にとって準備時間は十分だった。
ガリエル側からホーシュビーを攻めるには、皇国領の南、双子の火山の間を通るのがいい。そこは多少なりと低くなっていて、歩ける程度の道もある。山を抜けたところは、フィエール侯爵家のサウスハイランド領、馬の産地だ。
少し高いところにマナウス砦があり、そこからはマナウス街道がホーシュビーまで通じている。
エイプリルとウイレムはマナウス砦にいて、侵攻してくるガリエル軍を遠くから観察していた。
エイプリルは35歳、コーエンとの間に16歳と14歳の息子がいる。ウイレムの年齢は相変わらず誰も知らない。
騎馬軍は、4騎1小隊で獣道と大して変わらない道を通って山を抜けてきた。
藪の間を抜け草地に入ると、艶消しをしていない金属製の防具が光を反射する。兜の頭頂からは赤い羽根が立ち上がり、乗馬の手綱にはそれぞれの出身部族を表す色の組み合わせが採用されている。
隊列全体の3分の1ほどの位置に指揮官がいて、隊旗を掲げた騎兵が従う。指揮官はさらに華々しく、金に輝く防具、青い飾り羽。乗馬には錦の鞍下が掛けられている。
急襲には向かない華やかさではあるが、偉容と言えばその通りで、自軍の高揚と敵軍への脅しとしては有効だ。狭い山道を整然と歩く馬の従順性といい、隊列を乱さず山を下らせる兵の技術といい、さすが騎馬民の血を引く軍だ。
「師匠、どうでしょう?」
「工兵隊の位置しだいですの。大体予定通りですな。
今日あたりは、騎兵を無事に通して、疲れて眠っておりましょう」
「ですね。わたくしも気合を入れなおします」
「そうしていただけますかの。
奴らは身を護るすべのない民を殺しに来た職業兵ですぞ、情けはしまっておかれませ。
徴募市民に影響が及ばないように、輜重隊はかなり離れて追従しているはずです。ご安心くだされ」
「はい、師匠」
騎馬3000、徒歩の従卒3000、替え馬や荷物運びのロバを引いた従卒見習い1000、合計7000が下りてくるのだから、ずいぶん時間がかかる。その間、見ているだけというのも怪しまれるから、せいぜいあわただしく狼煙をあげたり、砦の裏から連絡兵を出したり、塔の上の砦旗を戦旗に替えたりして見せた。下山を妨害する体で、弓兵を出して遠矢を射させたが、騎馬兵が応戦のために馬を向けると、後退しながらバラバラに逃げさせた。
必要な人員はとっくに伏せてある。全員が通過して陣立てするのを待っているだけでいい。
マナウス街道まで流れるように下った騎馬隊は、その場に後衛隊として3分の1を残し、ホーシュビーに続く街道を南西に辿り始めた。
後衛隊は、輜重隊を無事に通過させるまでマナウス砦を押さえ、そののちは後方を護りながらホーシュビーへ進む。隊は街道を挟んで後衛隊指揮官を中心とした騎馬兵が山側に、従卒見習いが替え馬や荷物とともに丘を背後にして東側にと別れ、陣を固めた。幕舎がいくつか立ち、騎兵の半数が馬を降りる。
輜重隊が通過するまでのわずか1日足らずのことだと思っており、休憩体制をとる。
「師匠、どこからいきます?」
「予定通りでよいじゃろう。夕暮れを待ちまする」
「わかりました。ジュニアは問題ないでしょう。
エル?」
「はい、手配は終えております」
エイプリルとウイレムがガリエル兵を見守っている部屋には、共に働いてきた者たちがいた。
アニーはガリエル軍が斜面を降りてくる場面のスケッチを続けている。
アニーは、準備期間に静かに活躍していた。
特殊な能力を十分に発揮して、ホーシュビーで移民の出入りに立ち会った。2度同じ顔を見たら、その者はガリエルからの間諜の可能性ありと報告をあげた。これでガリエルの得る情報をかなり制限できただろう。
エイプリルの侍女には変わらずエルが付いている。
エルの夫キャメロンが警備を統括している。
エイプリルの夫コーエンは、現在ラフィエール城にいる。
ウイレムは、跡継ぎを得ていた。
生活魔法・氷結、から発展した大規模魔法グレイシャは、失伝したと思われていた。移民の中から使い手の父子が見出されてラフィエールに引き取られ、塔のウイレムが保護した。父の方は長い辛苦で病を得ており、命を削るようにして伝授を終え、亡くなった。
ジュニアは親からもらった名を父の棺に納めて、ウイレムの子になった。
賢者とか魔導士とか呼ばれる者たちの継承はこのように行われるらしい。ウイレムも名を親に返し、師匠ウイレムが生きている間は、ウイレム・ジュニアあるいは単にジュニアと呼ばれたのだった。
「さて、日も落ちてまいりましたのぉ、いい頃合いですかな」
「そろそろでしょうか」
その瞬間、山の斜面にエクスプロージョンが撃ち込まれ、轟音とともに土石流が発生した。




