24.謀略
絵の掛る廊下に残されたフィリップスは、激しく落ち込んだまましばらく歩くこともできなかった。しかし、この後にまだ、もっと厳しい現実が待っていた。
次の日、フィリップスは父王に呼び出された。執務室かと思ったが、何と、元老院議会室だった。そこは、王城の中でも特に警備が厳しく、防諜のための魔晶具が何種類か使われている。
入室したフィリップスの後ろで、扉が重い音を立てて閉じられた。
部屋にいたのは、王、王妃、カンデラ公夫妻、元老院議長サマビル前侯爵、現サマビル侯爵及び夫人、ひとり娘のエステル、侍女ロシュフェール男爵令嬢、マール公爵とフレデリック、ライフェルド侯爵とオーギュスト。
立ち合いとして元老院から数名の議員、壁際には王宮の高級官吏と竜騎士が立っていた。
「さて、わかりやすくやろう」
王が口を開いた。
「マクニール子爵、準備はよいな」
「はい、陛下」
ジャルダンが脇扉を開け、初老の貴族と、10歳くらいの少女を部屋に入れた。
「陛下、ロシュフォール男爵と令嬢でございます」
エステルの後ろに立っていた侍女が、じりっと身動きした。しかし、いつの間にか左右の後ろに竜騎士が立っており、動く場所がなかった。
「陛下、ナサニエル・ロシュフォールでございます」
「うむ、よく来てくれた。遠い道のりであっただろう」
「陛下のお役に立ちますなら」
「いつ以来であるか」
「はい、結婚のご報告のために妻とともにまいりましてお言葉を賜りました。はやもう20年にもなりますでしょうか」
「領地をよく治めておるようだの。娘子の学園入学を待っておるぞ」
「はい、ありがたいことにございます」
「娘子の名は何という」
「は、アリエスにございます」
マール公父子とライフェルド候父子が青ざめる。
「そうか、子はひとりか」
「いえ、息子がふたりおりまして、領地のことはもう任せております」
「良い宝を持っておるの。どちらかの息子を王宮に仕えさせる気はないか」
「ありがたきお言葉、是非に」
「よかろう、そのことはマクニール子爵に任せておるゆえ、話し合うがよい。
子爵がすべて手配している、10日ほど王都の見物でもして、体を休めてから帰れよ。
ご苦労であった」
「は、まことにありがたく存じます。陛下に平安がありますように」
ロシュフォール男爵は騎士の礼をとり、娘アリエスはこの日のために練習した礼をして、マクニール子爵に導かれて退出していった。
「その者を捕えよ」
アリエスの後ろに詰めていた竜騎士のひとりが右肩を固め、もうひとりが口に布を噛ませて後ろできつく縛った。
「そこで最後まで立たせておけ」
「さて、エステル、何か言うことは」
「え、まさか、信じられません」
「そうか、おまえは俺よりも母を信じるのだな」
「いえ、陛下、そういう意味では」
「おまえは王家の家訓より母の言葉を優先するのであろう、第三王子の乳母娘よ。
フィリップスの乳母を務めたな、サマビル侯爵夫人。名はカレンであったな」
「は、はい、陛下」
「この者を知っておるな」
「はい、ロシュフォール男爵令嬢、名はアリエスと聞いておりました」
「見たであろう。ロシュフォール男爵の令嬢は確かにアリエスだ。だがまだ11歳だ」
「はい、いえ、まだ自分の見たものが信じられません」
「そうか。ではこれを聞くがよい」
王は、魔晶具に魔力を流した。
「フィリップスさま、あのエイプリルとかいう辺境の猿姫を本当に妻になさるの?」
「ああ、猿でも恩人だからな」
「ええー、恩人なんて、そんな古いわ」
「古いさ、わかっているさ」
「古いわよねー、なんだか家訓とかもすごく古くない?
婚約したのに何年も会えないとか、なんかそういうのあるでしょ?」
「ああ、それはね、俺も母から聞いたよ」
「そうそう、わたくしの母も言っていたわ。
王家は帝国を取り戻すと言っているけど、できるわけないって。このまま新しい国を東に広げれば済むでしょ、って
ね、アリエス、アリエスもそう思うでしょ?」
「姫さま、畏れ多いことにございます」
「アリエスは王都の人じゃないもの、東から来たでしょ?」
「はい、東は広うございます。魔晶石鉱脈も新しく見つかるかもしれません。
船を作るための大きな木もたくさんありますし、木を切り倒した後は広い農地になりますでしょう」
「なるほどね、そうかもしれないね」
「東はまだ人も少ないし土地も広い、海だってあるのでしょ?
古い場所にこだわらなくたって、新しい土地を新しい考えで切り開いていけばいいのじゃなくて?
古い土地は、古い考えの者たちに残してね」
「エステル、おまえとフィリップス、アリエスの声だな」
エステルとカレンの顔は血の気が引いて血管が青く浮いて見えるほどになっていた。
「何か言うことは?
おまえたち母娘は身元を親元に問い合わせることもしないで侍女を雇い、それに入れ知恵されて、王家の慣習を知っていながら王子妃の地位を狙ったのであろう。邪魔になる西の姫を、王子を使って追い払った。そういうことだな」
サマビル元老院議長が、苦々しいような弱々しいような、複雑な感情を乗せた声を出した。
「陛下、この場で娘と孫を斬って捨てる許可をいただきたく」
王の返事はそっけなく、同時に冷酷だった。
「やめておけ、汚れる。
この者たちの血では、掃除させる手間すら惜しいわ」
「この、アリエスと名乗る女は、ガリエル皇国から送り込まれた。
第三王子の婿入りを断られ、フィエール家の姫をふたりまでも王家に入れると聞いて、皇国は考えたのだな。
我が国の目を、西でなく東に向けさせよう、そのために西の守りたるフィエールを王家から離そうとしたのだ。姫を侮辱されて、フィエールは王家から距離を置くだろう、そうすれば皇国に寝返らせることもできるかもしれないとな。
よいか、皇国は成功したのだぞ、おまえら親子と愚かな第三王子の手柄だ。
皇国に逃げて、褒美をもらうか。のう、それがよかろう、カレンよ」
アリエスはそのまま刑場に引かれていき斬首。
カレンとエステルは身分を剥奪されて東の未開地へ追放、道中密かに殺害された。
サマビル元老院議長は娘と孫を恥じて隠棲、娘婿サマビル侯は王家に進退伺を出し、自ら謹慎して沙汰を待つ身となった。
特大のざまぁを張ってみました。もう、気の毒で。(という割には情け容赦ないデス)
王国を東に拡げるというプラン自体は悪くなかったのです。問題は、そこにたどり着いた過程だったのですね。
現代風に言うなら、統治を統括する王家のメンバーは「公職についている」のだから、自分の利益は置いておいて、役目上の決定については国家の損得が最優先です。
結婚さえままならないのは気の毒ではありますが、イヤだったらきちんと反論し、自分の意見を通した時国家が不利になるところについては補填する行動計画を提出して説得するのがいいでしょう。やっているうちに次第に婚約が結ばれた本当の理由がわかってくるのが普通でしょう。ちょうどカンデラ公のように。
王制における王家の家族というのは、代替がないので大変ですね。民主主義なら、そもそも一定以上の能力をもち、かつ十分な教育を受けていなければ統治に関わることすらできませんが、生まれながらに統治の責任を負わされているわけで気の毒っちゃ気の毒ですかね。
この後は、ガリエルによって東西に分けられた二つの国、皇弟ドナティエールの開いた王国と、皇太子ベニステラが護った旧皇太子領、ベニステラ公国が、悲願の帝国領奪回を開始して一部成功させるまでのお話です。
さすがにこのままフィリップスを放置するのはかわいそうすぎるので、名誉挽回のストーリーを「結」として付け加えました。がんばれフィリップス、とフレデリック。




