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23.カンディステラ

「フィリップス、来たまえ」

 カンデラ公の冷たい声がフィリップスを襲った。


 卒業記念ダンスパーティーは、解散してしまった。これ以上ここにいるとロクでもない話を耳にしてしまいそうだと、下位貴族は目立たないように抜け出した。

 小広間はすぐに閑散として、残っているのは上位貴族の内でも王家に近い何人かの者だけだった。王家の姉弟喧嘩を聞いていられる度胸がある者など限られている。最終的にはケリー公が中に入って、メリー王女の手を引くようにして帰っていった。


 結局フィリップスは執務室しか行き場所がなく、ひとりでポツンと座っていた。

 フレデリックはカッサンドラ家に謝りに行ったまま帰ってこない。今日はもう帰らないだろう。

 オーギュストは、ジョージ殿下の執務室から駆けつけてきた兄に拘束され、ライフェルド邸に軟禁されている。もう第三王子の側近になる未来はないだろう。

 フィリップスはおとなしく叔父の後について行った。


 カンデラ公は城の廊下を黙って歩き、人がめったに訪れない長い廊下まで来た。

 そこには、王家の先祖の肖像画が古い順に並んでいる。一番新しいのはカンデラ公夫妻と王太子夫妻だ。

 カンデラ公は、廊下の端まで来て、そこに掛る古い絵の前に立ち止まった。

「フィリップス、この絵を見なさい」

「はい」

「カンディステラ姫だ」

「カンディステラ姫?」

「ああ、よく見てみなさい」

「え?」

「古い絵だから、わかりにくいかね。でもこれはわざと洗わないでこうしているんだよ。見た人がすぐにはわからないようにね」

「叔父上?」

「わからないかな、わたしはこの絵が好きでね、小さい頃よくここでこの絵を見ていた。だから気が付いたのかもしれないね。

 よく見てごらん、この髪の色、深い緑の瞳。

 胴着に見えるけれど、ミスリルで編んだ防具なんだよ。背景には城が見えるだろう。帝国の主城だ。

 最後の帝姫だよ、この女性は」

「最後の帝姫?その方は皇国の皇妃になったのでは」

「聞かされたことしか知らないのだね、愚かだよ、きみは」


「教えてあげよう、本当は自分で気が付くべきなのだ、少なくともきみの方からわたしに聞くべきなのだよ。きみは東の護りを任される者なのだからね。

 皇妃になったのは、姫の身代わりの乳姉妹さ。

 きみ、気が付かないかい、わたしたちの息子は、王太子の王子と同じ場所で育てられているだろう?わたしの子は、王太子の子の乳母子めのとごで、王子が幼い間はいざというときの身代わりを務めるのだ。ローズも王太子妃もどれほどつらい思いをしているか、きみにはわかるまい。

 エイプリルとエルが似ていることに気づいたことがあるかい?エイプリルは身代わりが必要なほど大切な身の上だということだよ、きみにさえいないのにね。

 臣下に庇ってもらいながら、恩を返すのを嫌がるきみは、変だと思うことさえなかったようだね」


「我が国の開祖は、皇帝の弟君だった。それなのにガリエルなどという蛮族に攻められて一戦もしないで自領から逃げたと聞かされて変だと思わなくちゃいけない。

 帝姫を託されていたのだよ。

 皇帝は、ガリエルの侵攻を予期しておられた。ただ、負けるとはお思いになっておられなかった。それでも為政者だから、万一を考え、弟君に妻を連れて東の領地を訪れるように勧め、末の姫、カンディステラ姫をお預けになった。お忍びで、皇都の外も見せてやりたいから、とね。

 留守の間の身代わりに、乳母子が残った。幼いころから入れ替わって遊んでおられたので、周りにも自然に受け入れられた。ごく身近な数名以外は気付きすらしなかった。

 姫は元気で活発なお子で、姫騎士に交じって剣を振るうのがお好きで、乗馬も得意だった。愛馬に乗って、姫騎士をお供に連れ、旅をたいそう楽しまれたそうだ。


 東の領に滞在しているとき、侵攻の報があった。王弟閣下は大変悩まれたが、兄陛下から預かった姫の保護を最優先となされた。

 そして、領ごと逃げて姫を隠されたのだよ。

 もう一度見てごらん、この絵を、エイプリルにそっくりだろう」


 そう言われて、その気で見れば、たしかにエイプリルによく似ているようにも見える。


「エイプリルのミドルネームはカンディステラだ。去年、ジガ城で老騎士ホーリーの忠誠と引き換えに名を告げた時、多くの者が聞いていた。珍しいことだ。

 わたしはローズのミドルネームこそカンディステラであろうと思っていた。違っていたがね」

「なぜ、帝国の最後の姫が辺境伯家などに?」

「何を言うの、きみ。帝姫の気持ちがわからないの。

 姫は、帝国と民に命の恩を返したかったのだよ。とくに身代わりに皇妃になった乳母子と、姫を隠すために敗走させられた領民たちにね。

 姫は身分を明らかにすることが難しかったけれど、東の国境を護る辺境伯に願って、守護の姫騎士たちとともにジガ城に移った。剣技を習い、体技を磨き、戦姫となられた。

 ちょうどきみが嫌った剣ダコのある手をしておられたことだろうよ、ね、フィリップス」


「姫は姫騎士たちを従え、辺境伯とともに先頭に立ち、フィエール平原を斬り取った。

 平原に取り残されていた帝国の民を自分の庇護下に取り戻したのだよ。

 そして、帝国の血を辺境伯家に残して逝かれた。

 辺境伯家は、姫の志を胸に、100年かけて平原すべてを取り戻した」


「きみ、わたしがローズと結婚したのは不満だったろう?なぜ王都貴族から妻を迎えないのかと思っていただろう。

 これを聞いたらわかるだろう、王都貴族などよりはるかに濃く帝国の血が流れているのだよ、フィエール家には。

 カンディステラ姫には帝国の高位貴族の姫君たちが守護騎士としてついていたのだからね、彼女たちの戦姫の血もフィエールの家臣の家に残っていることだろう。

 きみは、開祖の姪、帝国の最後の姫の血筋、中でも戦姫の血を特に濃く引き、その名を受け継ぐ姫君との婚約を破棄したのだよ」


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