22.逃げる
「まさか、最初の分岐が当たるとは。驚いたわ」
「そうねぇ、タメがなさすぎるでしょ」
「あの殿下、指揮官の才能は皆無よね」
「マリー、指揮官は殿下ではないのではないかしらね」
「そう、そうね。エリーの言う通りなら」
「キャメロンが帰ってきてるってことは、今頃はもうわかっているのじゃないかしら」
「そうね、あとはあちらのお仕事ね」
「みんな、帰るわよ」
「はい」
コーエンがいつものように代表して答えた。
「マリー、後はお願い」
「ええ、任せて。かわいい妹のためですもの」
「ああ~、姉が増えるのね」
「何か不満でもある?」
「いえいえ、姉上、よろしくお願いします」
姫隊の逃げ足は、フィエール家の保証付きだ。
王都邸に入るだけは入ったものの、手早く着替え、お茶を飲む間も惜しんでハイランドリリーに乗った。エル、コーエン、キャメロン。ひとり足りないが、途中できっと会えるだろう。
ギリギリで王都の門を出ることができた。
夕闇の迫る街道を、4騎は軽やかに行く。とくにコーエンのご機嫌は最上だった。彼は妻になるべき人を、王家から取り戻したのだ。
どこででも夜を過ごせる4人は、その夜を楽しく街道沿いの野営所で明かした。誰も眠るつもりなどなかった。石の都から解放され、ふたたび世界は美しくなった。
その夜の空には、三つの月が揃っていた。白く大きな大姫、互いにじゃれ合うような姿を見せる赤味掛った紅姫と、海の色をした青姫。4人はそれが衛星であることは知らなかったが、そこに誰かが住んでいるかもしれない、それは神かもしれない、とは思っていた。
エイプリルはコーエンと肩を寄せ合って月を見上げた。
エルもまたキャメロンと肩を寄せ合っていた。ふたりはもう何年も夫婦だったが、この1年は少し辛かった。エイプリルとコーエンが婚姻を結ぶなら、自分たちも一緒に住む家を持とうと話し合いながら夜明けを迎えた。エイプリルとコーエンの子、エルとキャメロンの子は一緒に育つのだ。そんなことは4人にとって当然のことだった。いや、今日ようやく当然のことになったのだ。
夜明けより前に野営地を出て、4騎は街道を西へ西へと辿った。
昼過ぎに、西から騎馬隊が現れた。
「姫君!」
「ホーリー!」
一騎が駆け寄る。
「姫、お迎えに参りました」
「ジョットレイ・ホーリー、大儀でした」
「この日を待っておりましたぞ、老骨の最大のご奉公にございますれば」
「ええ、ありがとう。ありがとう、爺」
エイプリルの深い緑の目が潤んでいる。この老騎士に奉公などさせるつもりはなかった。ただ、もう一度会える、その希望で自分も爺をも慰め励ますつもりだったのだ。
「ささ、この先に幕屋を建てております。皆、姫を待ちかねておりますぞ」
「ええ、行きましょう」
街道から少し外れた林の中に幕屋があった。
そこから大きな犬が2匹走ってくる。その後ろからラドクリフが手を振っている。
「グリンデ、シューネ!」
エイプリルはハイランドリリーから飛び降りて犬たちを迎えた。すぐに舐め倒されそうになり、背後からコーエンが支えるが、体重を掛けられてふたりとも膝をついてしまった。一塊になって再会を喜ぶ2匹と2人を見守る騎士たちは、この1年、いや、無理やり婚約を結ばされて以来4年、どれほどふたりが耐えたかを思い遣っていた。




