8.ネストル橋開通式
開通式が近づき、屋台も増えて賑わっている。橋の入り口の検問所に花が飾られ、手前に幕屋が建った。フィエール伯爵、リバーアン夫人、砦指揮官、来賓の席が設えられる。
前日に伯爵が砦に入り、侍従に次姫を呼びに行かせたが、滞在しているはずの館にはリバーアン夫人が用意した使用人が手持無沙汰に掃除をしており、馬小屋では5頭の馬が飼葉を食べながら運動不足を囲い、馬房の前でシューネとグリンデが寝そべっていた。
侍従はアニーを探して、ようやくエイプリルの滞在先を突き止めた。
伯爵のため息はいつもより重かった。
橋の開通式などそう何度もあるものではないので、式次第が厳格に決まっているわけでもない。だから、公爵家と伯爵家の式部が打ち合わせて、威厳を失わない程度ににぎやかに行うことになっていた。
渡し船を使っていたのに、橋を歩いて渡れるようになるのだ。旅人にとって、とくに国境や領境を越えて商売をする商人にとって朗報だ。今まで船を仕立てて直接王都に向かっていた商人や、川の手前で折り返していた旅商人の中から、辺境伯領を回り途中の街や村を通りながら王都へ向かう者も出てくるだろう。
そうなれば、砦町とジガ城下を結ぶ街道沿いの町々にも商品が行きわたり、宿屋や酒場に金も落ちるようになる。
公爵領やキューガン伯爵領にとってもそれは同じことだった。宿屋や店にとって稼ぎが増えるだけでない。鉱夫の家族にも、王都と鉱山町を結ぶ道沿いの町や村で行商人が仕入れてきた、手ごろな値段の布や日用品が手に入るようになるだろう。
ラッパ手の華やかなファンファーレとともに、式服を着た儀典官が両側から橋を渡り始める。書類を捧げ持った従者が従い、その後ろから公爵家と伯爵家の旗を掲げた騎士が10名ずつ進む。ちょうど真ん中でふたりの儀典官が向かい合い書類を交換すると、2列に並んでいた騎士たちが左右に分かれ、橋のたもとで待つ公爵と伯爵に書類が示された。
ラッパ手がひときわ高らかにファンファーキャメロン吹き鳴らすと、公爵家の儀典官が橋の名前を呼ばわった。
「ネストル橋。ネストル橋。この橋の名は、賢者の橋、すなわちネストル橋である。
魔導士ウイレムがこの橋の設計を行い、かくも珍しい形の橋を作り上げた。
これを賞し、またその功績を長く後世に残すため、王よりウイレムに大賢者の称号が贈られた。これを記念してこの橋の名とする」
両岸で見物していた人々から盛大な拍手が送られた。
伯爵家の方が格下なので、フィエール伯爵が橋を渡って公爵夫妻に挨拶に行き、会食が行われることになっている。伯爵旗が先導して、伯爵、来賓、砦の指揮官である騎士ストラッサーと続く。敬意を表して傾けられた旗列の真ん中をゆっくりと歩き、中央で書類を捧げる男たちを従え、伯爵は最初に橋を渡り切った人となった。
全員が公爵領側へと渡り終わると、一般の人たちが自由に行き来する時間となる。この日ばかりは徒歩で渡る人に限って無料で何度でも往復できる。馬車や荷運びのロバを使う者は翌日から所定の利用税を払って渡ることになる。
川のどちら側にも屋台が出て、にぎやかに呼び込みの声がする。呼び寄せられた芸人たちも、ジャグリング、火吹き、玉乗り、馬の曲乗りなどでおひねりを稼ぐ。この日は夜になっても営業が許されている。
公爵家と伯爵家が橋の監視所屋上に用意された席に落ち着くと、橋のたもとで兵士がクロスさせていた槍が上がり、両側から人が渡り始めた。こどもに手を引っ張られるようにして渡る母親、橋の手すり部分を歩こうとして小突かれる若者、手を握り合って渡るカップル。
公爵家も伯爵家も、5年の月日と結構な出費が少し報われた気がしていた。
人波を見渡していた伯爵の顎がぐっと引かれた。上を見上げた緑の瞳に見覚えがあったのだ。
「姫、何ということを」
つぶやきを噛み殺せなかった。隣に座っていた大姫ローズは、扇を口元に当てて笑いをこらえたところを父に見られてしまった。
「父上、どうかなさいましたか?」
「ダッチェス・カンデラ、のちほど少々お時間を頂けますかな」
「まあ、ロード・フィエール、もちろんですわ。ねえ、マイ・グレース」
「そなたのよいように」
というわけで、エイプリルがなぜ公爵領側からロズウェル橋を渡ることになったのかについて、尋ねる相手がふたりになったのだった。




