9.伯爵閣下と公爵夫妻
格上といっても娘と娘婿というべきか、娘と娘婿であっても公爵夫人と公爵、というべきか。
来賓を交えた会食の後、居間に席を移してエイプリルについて聞きただそうとした伯爵は、立場の据えどころに少し迷わないわけではなかった。しかし、聞かなくてはこの先が危ない。エイプリルは間もなく王都に行き、この公爵夫妻の世話になるのだ。
公爵夫妻と伯爵の3人を残して人払いされ、場は家族のものとなった。
「ローズ、閣下には悪いが、ここは父としてどうしても聞いておきたい。
そなたも十分知っている通り、エイプリルは王家の婚約者だ。今はまだ俺の意志を通して自由を許しているが、本当は許されないことだ。わかるであろう」
ローズはもちろん十分以上、何なら父より良くわかっていた。王弟の婚約者として絶望的に窮屈な学園生活に耐え、もっと絶望的だった王太子の婚約者を親友として支えてきたのだ。今だって王孫の乳母として自由とは無縁の毎日を送っている。
「アンドリュー、話してもよくて?」
「もちろんだよ、君の妹のことだ」
「公爵家のことでもあるけど?」
「無縁ではないだろう?むしろ聞いてもらっておいた方がいい」
「わかりましてよ」
ローズは父に向き直った。
「父上、エイプリルは魔晶石の選別について知りたいと言ってきました」
「なんと」
「そうなのです。公爵家としては財産についての話です」
「そうよのぉ、何ということを、エイプリルは」
「わたくしは、叱ろうと思ったのですが、アンドリューが理由を聞きましたの」
「ご寛恕ありがたく」
「いいえ、舅殿、ローズの妹は王家の婚約者、無下にはできません」
この公爵閣下は、別に妻に気を使っていたわけではない。王家の婚約者がなにか軽率な行いをするのなら、王家に対しても伯爵家に対しても弱みをひとつ握れると、単にそういうことだ。何しろ生まれた時から王族で、今は上位貴族をやっている。むしろ、こういう考量しか出てこない。
エイプリルは塔の錬金術師ウイレムより、魔晶石の性質と扱いについての中級を得、魔法陣を使って魔晶石に魔術を込めることを許されたという。
「ディフェンド(防御陣を張る)」のように大きな魔法陣を描くものは、こぶし大の魔晶石でもせいぜい2回だが、生活魔法「ウォーター(空気中の水分を集めて水にする)」ならば、1カラットくらいの石でも100回は込められる。そのことから、魔晶石の生産地では、どのような基準で大きさを選別して出荷しているのか気になった、ということだった。
これを聞いた公爵は、これは役に立つと思った。
鉱山で生産された魔晶石は、ざっと選別して特別船で王都近くの公爵領まで運び、ロズウェル川に面した研磨所で加工して出荷する。魔晶石の大きさによって魔力を込める効率があるのならば、研磨にも工夫の余地がある。競合する生産・加工者に差をつけるチャンスだ。
公爵夫妻は、ふたりで立ち会ってエイプリルに選別過程を見せた。
エイプリルは選別所から公爵家別邸に帰ってきて、しばらく考え込んでいたが、このように述べたという。
「義兄上、姉上、大切な場所に立ち入らせていただいたこと感謝いたします」
「いや、ローズの愛しい妹で甥の婚約者のきみだよ、問題ないよ」
「お耳に入れたきことがございます」
「うん?なにかな」
「選別では、コインほどの大きさ以下のものは、安価な宝飾品に使うようまとめて袋に入れて積み上げていたようでしたが」
「よく見ているね、そのとおりだよ」
「わたくしの師の教えによりますと、小さな魔晶石も継ぐと大きな力を出すのでございます」
「継ぐ?というと?」
「はい、石と石をミスリルで繋いで、そうですね、ちょうど腕輪くらいの大きさの輪を作ります。それをたとえば机の上のような水平に保てる場所に丸く置き、全部の石に手のひらを当てて魔力を通すのです。小さな石全部に同じ強さ、同じ回数の魔法を込めるという手間はかかりますが、ウォーターならストリーム、ファィアならファィア・ランスの効果が得られます」
「え?」
「エイプリル、それは伯爵家の秘密ではないの?」
「姉上、ウイレムは秘密とは言っておりませんでした。これを知ってもできる魔術師や錬金術師は少ないだろう、とのことでした」
「なるほど。わが家にこれができる者がいるなら、その知識使っても構わないってことなんだね」
「義兄上さま、そのつもりでお話いたしました」
うーむ、と伯爵はうなり声をあげた。
伯爵はこの話に故意に落とされた部分があることを知っている。この連結した魔晶石は作るのも難しいが、使うのはもっと難しい。すべての石に同じだけの魔力を同時に流さないと発動しないのだ。伯爵が知る限り、発動できるのはウイレムと直弟子のエイプリル、エル、妻メリーアンの姪マリエ、他にエル配下の数人の者しかいない。魔力量が十分ある者、ローズやコーエンなどは繊細な扱いが困難で発動できない。
エイプリルが本当の理由を隠して魔晶石の選別過程を見せてもらったことに伯爵は気付いたのだったが、この場ではせいぜいうなるくらいしかできなかった。
「アンドリュー、父はなにか言えないことがあるみたいでしたね」
その夜の寝室では公爵夫妻が小さな声で話していた。
「そうだね」
「よろしいのですか?」
「ヒントをくれたのだね。姫も嘘を言ってはいないよね」
「もちろんですわ。妹は遊撃隊の指揮官です。気ままにふるまっているように見せておりましても、多数の可能性を同時に処理する訓練を積んでおります」
「そうだね、頼もしいよ。フィリップスと結婚したら、ふたりにはこの鉱山を任せるつもりだよ」
「あら、アンドリュー、そのことは?」
「もちろんだ、フェリ。陛下にはすでに話を通しているよ。
姫は賢い方だね、舅殿の苦い顔も、それを見るわたしとフェリのことも計算していたのだろうよ」
「まさか」
「いやいや、それでこそ王家の婚約者」
ローズの正式名
フィエール家正妻に最初に生まれた姫なので、ローズは家中では大姫と呼ばれる。それは単純に最初の姫、という意味で、どこの貴族家でも一の姫は大姫だ。
ちなみに、二の姫は中姫、三の姫は広姫、末の姫は末姫となる。
4人以上生まれたらどうなるだろう。後妻をとったらあり得る。おそらくその娘の特徴をとって、雫姫とか夕姫とか、美しい名で呼ばれることになるだろう。
貴族家の姫が、身分が下の者から名を呼ばれることはないため、家中ではこのように代替の名が必要になる。フィエール家の姫は全員、「レイディ・フィエール」だからだ。
フィエール家では二の姫を次姫と呼んでいるが、それは伯爵夫人にまだ娘ができるかもしれなかった時、仮に次姫と読んでいたものがそのまま定着したためだ。
周囲に知られている名前は、ローズ。
自分に仕える騎士から誓約を受け取るときと、夫と新床を交わすときに告げる「真名」に相当するミドルネームは、フェリステラ。初代伯爵に降嫁した方の名の一部を引き継いでいる。
カンデラ公爵が公爵夫人ローズを寝室でフェリと呼ぶのは、彼だけの権利だ。
ローズの生家、伯爵家の姓が、フィエール。ローズが女性なので、ラ・フィエール。
ローズが婚姻誓約書にサインした名は、ローズ・F・ラ・フィエール。
結婚後の正式な名は、ローズ・フェリステラ・フィエール・ド・カンデラ。
フィエールの部分は生家がフィエール家であることを示し、カンデラ、はカンデラ家に嫁いだことを示している。
ド・カンデラの、ドの部分は公爵が王弟であることからの尊称だ。
説明が長い。名前も長いけど。
最後に付け加えたウザい設定解説。読んでくださった方、ありがとうございます。




