7.リバーアン砦にて
エイプリルはかなり盛り上がっていた。
橋の完成式と渡り初めまでは10日ほどもある。父伯爵はまだまだ現れないだろう。とりあえず砦町を探検して回るのだ。
エイプリルとエルは橋完成のお祭りの準備をする人や、近在から手伝いや見物に来た人々に紛れて、砦町を歩いた。
熟した麦穂色の髪を三つ編みにしてぐるりと頭に巻き付け、砦町特有の糊の効いた白い被り物をつけた。グレイのワンピースの上に刺繍入りのベストをはおり、丈夫な編み上げ靴を履いた。エイプリルとエルがよく似た服装をすると、ふたりはそっくりに見える。エイプリルの瞳の色が深い緑で、エルの瞳は明るい緑だが、見た目で区別するのは難しいだろう。
砦町は特別な興奮に包まれ始めていた。
お祭りのように屋台が出て、お使いの子どもたちが走り回る。近郊の村から荷車に野菜や果物を積んで来る農夫たちは、いつもの店に荷を下ろした後、多めに積んできた品物を露店で売りさばいている。
伯爵家に呼び寄せられてやってきた芝居小屋が広場に舞台を建て、昼過ぎから歌が始まる。舞台前に並べられたベンチに座るには前払いでお金がいるが、遠巻きに立ち見するのは無料だ。舞台用の衣装を着た愛らしい少年や少女が籠を持って、笑顔を作りながら立ち見の観衆の間を巡り「ご祝儀!ご祝儀!」と声を掛けながら小銭を集めて回る。
5日ほど砦町を楽しみ、その日は橋を見に来ていた。
ロズウェル河にかかる新しい橋は面白い形になっていた。
中央部が跳ね上げ式なのだ。両岸から途中までは普通の橋で、川が深くなる場所で橋梁が左右に分かれて巻き上げることができるようになっている。
ロズウェル河では、上流の深い森から切り出された材木が、王都近辺に輸送される。上流からは、切り出される材木を2,3本ごとにまとめて急流を流して来る。リバーアン砦付近で流れは緩やかになるから、両岸の貯木場で大きめの筏に組みなおして何列も繋ぎ、水主が操って運んでいく。
現在、貯木場は両岸にあり、筏に組むときの木のやりとりが面倒だ。橋ができたら、貯木場を公爵領側の1か所にまとめ、伯爵領側を船着き場専用にする計画がある。
跳ね上げ橋になっているのは船のマストを通すためだ。
船着き場を橋の下流に作れば、跳ね上げ橋にする必要はなかった。わざわざこういう位置取りにしたのは、船が許可なく川を下ることができないようにするためだ。
エイプリルとエルは堤防の石積みにもたれかかって橋と対岸を眺めて楽し気に何か話していた。
エイプリルの左側ではアニーが跳ね上げられている橋を描いている。跳ね上げの機構は、伯爵家のウイレムの作品なので、レポートに橋の絵は必須だ。
コーエンとキャメロンが傍についてなにやらチャチャをいれ、ラドクリフがアニーの描く絵を感心しながら覗き込んでいる。見た目は開通式への招待客の子弟が式を待つ間観光しているようだった。
やがて、対岸に兵が集まるのが見え、公爵紋の付いた馬車が来て、桟橋から馬車まで巻いたカーペットが広げられた。公爵家の専用桟橋は、橋よりも川下に設置してある。
待つうちに、川下から帆に風をはらんだ船が現れた。帆を絞って船の速度を落とす、桟橋より少し上流で船を横に向け、船体がうける風と川の流れが相殺されるように操船して桟橋で静かに止める。実に優秀なクルーだ。
「姉上、乗っていらっしゃるかしら」
「乗っておいでだといいですね」
「そうねぇ、どうかしら」
「船には公爵旗しか上がっておりませんしね」
「公爵が乗っておいでの時は、公爵妃旗は上がらないものねぇ」
「そうですねぇ」
辛抱強く見ていると、公爵の馬車に乗り込む婦人の服の明るい色が、警備の兵の頭の上にわずかに見えた。
「姉上でしょうね」
「そうですね、最初に乗られましたもの。公爵より先に乗り込むことができるのは公爵夫人以外にありません」
6人はそこで堤防を離れ、坂の途中の店で評判の菓子を買い込んで館に戻った。
その夜、エル配下の者たちが集められ、いくつかの指示が出た。




