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4.旅程2 ジガ城から駐在地まで

 ジガ城を取り仕切っているのは、伯爵家後嗣の代官を務める老騎士ホーリーだ。その下には、マクニール子爵の未来の副官として選ばれたふたりの青年が仕えている。


 その日の晩餐は、ホーリーがまだラフィエールで騎士団を率いていたころの姫と騎士の追いかけっこの思い出話で気持ちよく盛り上がった。大根の葉っぱを握りしめたまま大きな犬にじゃれ掛られて尻もちをついた話は、コーエンから苦笑を、陪食していた者たちから笑い声を引き出していた。


 翌朝、隊が城を離れるとき、騎士ホーリーは姫の前に片膝をつき別れの言葉を述べた。

「次姫さま、これにてお別れとなりましょう。王都でもお健やかに」

 エイプリルは少し考えていたようだったが、右手を伸べて言った。

「騎士ジョットレイ・ホーリー。わが名はエイプリル・カンディステラ・ラ・フィエール」

 ホーリーは一瞬固まっているように見えたが、やがて顔をあげてエイプリルの差し伸べられた手に、剣を持ったまま軽く乗せた。

「マイ・レイディ。わが愛は姫とともに」

「受けましょう」

 エイプリルは首のまわりに巻いていたバンダナくらいの大きさの布をとり、鞘元に結んだ。

「じい、ありがとう」

「は。忠誠は閣下に捧げておりますが、わが愛は姫のものにございます」

「呼んだら迎えに来るのですよ」

「は、仰せのままに」


 それは、奇妙な誓いだった。騎士の誓いはただひとりに捧げられるもので、忠誠と分けて愛を捧げるなど誰も見たことも聞いたこともない。まして妻でも恋人でもない、孫のような姫君に愛を捧げるとは何だろう?

 そこにいる者は誰も分らなかった。

 ホーリーはエイプリルの武技の師のひとりであり、幼い日々の戦姫教育を担当している。その頃語り聞かせた古い伝説のひとつにこのシーンがあるのだった。

 ホーリーはこれが別れになることはないと姫が約束したことを知った。


 気の毒だったのはジガ城で補佐教育を受けているふたりだっただろう。気分が高揚したホーリーから、

「俺はいつ姫君のもとに駆け付けることになるやもしれぬ。1日も早く俺なしで城を守れるようになるのだ」

 と、叱咤激励を受けて、猛烈なスケジュールで城の管理と戦闘指揮を叩き込まれることになった。



 上道は、ジガ城をおよそ中間地点として、丘陵地帯を縫いながらフィエール辺境伯領の領境を南北に伸びる。南は伯爵の弟が治めるホーシュビー領内のケッパー砦に、北はロズウェル河畔に建つリバーアン砦に達している。


 リバーアン砦と砦町は直轄地だ。

 ここから船を仕立ててロズウェル河を下れば王都のすぐそばまで行ける。

 この河は、キューガン伯爵領との境界になっている。

 ただ、伯爵領のちょうどリバーアン砦の向かいは王弟カンデラ公爵の飛び地だ。ここに魔晶石の鉱山があり、王家が直接兵を入れることができるようにするため、伯爵家から一時預かりの形になっている。


 魔晶石は白く濁りが入る透明に近い鉱物で、楕円状の球体で掘り出される。大きさは豆粒ほどから、大人の拳ほど。これを適切な形に磨くことで魔法を内部に保存することができるとわかったのは30年ほど前のことだ。それまでは安価な宝飾品として扱われていた。

 雫石と呼ばれていた石が魔晶石と呼ばれるようになり、価値が跳ね上がった。


 辺境伯家の大姫、エイプリルの姉ローズがカンデラ公爵家に嫁したのも、魔晶石鉱山の守りを厚くするためであっただろう。婚儀の後リバーアン砦と公爵領を結ぶ橋を架ける案が出て、辺境伯家と公爵家が費用を折半して橋を新築することになった。

 この橋の完成を祝って、まもなく式典と渡り初めのお祭りが行われる。

 エイプリルが向かっているのはこの渡り初めりだ。



 姫隊はのんびりと上道を進む。昼前には休憩して軽食をとり、また道を辿った。上道は丘陵地帯を縫って続いている。ある時はカリス侯爵領の遠く湖水地帯まで見渡すことができ、丘を西に巡れば目の下にフィエール平原が広がる。


 隊は何事もなくその日の宿営地にたどり着いた。

 宿営地は上道を巡視するジガ城の巡回隊が使う場所で、管理人は置いていないが度々使われているからきれいなものだ。丸太小屋があり、お茶が湧かせる程度の炉もあった。

 夜明け前にはジガ城を出ていたロイが先着していて、用意を始めているところだった。


 次の日も隊は単調に馬を進めていた。景色は美しく、初夏の風はさわやか、馬も犬も機嫌がよかった。

 昼過ぎ、ラドクリフの馬の調子が悪くなり、調べると蹄鉄の釘が緩んでいた。蹄鉄を調べて打ち直す間、隊は休憩をとった。


 エイプリルの気配が変わったので、コーエンが話しかけた。

「マイ・レイディ、どうなさいました」

「気が付いたか」

「いえ、何のことでしょう」

「エルはどう」

「あの右手の岩のことでしょうか」

「そう。どう思う、目印にちょうどいい」

「行かせてみますか?」

「目立たぬように。あと、平原側に注意して進もう。左にもあれば決まりね」


 エルは隊を先に行かせて指笛を吹いた。

 後方から猟師姿の男が現れた。背中に矢筒、腰に山刀。手には弓を持っている。

「前方のあの大きな岩、姫君が気になるとの仰せです」

「は」

「人が使っている跡がないか、下へ続く道か道しるべがないかを特に注意なさい」

「は」


 エルが追いつくと隊は何事もなかったような普通の歩調で進んだが、今度は全員が気を配っている。

 先ほどの岩が隣の領に降りる道を示しているならば、どこかに自領からこの領境に上がってくる道があるはずだ。

「あの大木はいかがでしょう」

「そうね、どうかしら。もしかしたら、もう通り過ぎてしまったのかもしれないわ」


 更に進むと、白っぽい岩が左下に見えた。急坂の半ばにあり、周囲は軽い地滑りがあったようで周りに木がない。下からも目標になるだろう。

「エル、どう思う?」

「調べさせましょう」

 エルは馬を降りて、隊の最後尾に回った。護衛についてくるグリンデの背を軽く撫で、左手の低木に2色の布を結んだ。

「指示を残しました。進みましょう」

 そのあとは何事もなく、姫隊はジガ城の巡回兵のための駐在地にたどり着いた。


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