3.旅程1 ジガ城まで
昼を過ぎた頃、エイプリルはハイランドリリーに乗って正門の脇門から城下に出た。従うエル、コーエン、キャメロン、ラドクリフは騎乗、シューネとグリンデの2頭の戦闘犬を従えている。正門から一度右手に迂回して、城を囲む外壁を出る。城下町は、城から東へ拡がっているから、ジガ砦に向かうには街を抜けることになる。
エイプリルは騎馬のままだが、護衛騎士4人は市民の安全のために馬を降りて歩く。
騎乗した人が来るのを見た市民がエイプリルに気付く。
「姫君だよ」
「姫君がおでかけだ」
「姫君」
「お早いお帰りを」
エイプリルは、市民に非常に人気がある。
大姫ローズについては、王都貴族に嫁ぐことは生まれた時から決まっていた。長男マクニール子爵は辺境伯の跡継ぎだ。
次姫エイプリルは、武闘派辺境伯爵家の戦姫として育てられた。隣国ガリエル皇国と戦端が開かれれば、城塞戦はゴッチ夫人の置かれているゴッチ砦が展開、前線での野戦は伯爵自身が指揮、ラフィエール城はマクニール子爵、奇襲はエイプリルとコーエンが率いる計画だった。そのために護衛騎士とエルの諜報担当配下が手厚く付けられている。
野外でのサバイバル、軽装での局地戦、静かな行動など、身に着けるべきことは多かった。そのほとんどすべてを、遊びで身に着けた。
エイプリルとコーエンはエルとその配下に助けられて、幾度も城を抜け出して城下でかくれんぼを展開した。探すのは若い騎士たちと、身の軽いペイジ達。最初は難なく見つけ出されて、騎士の肩車で城に帰る姿を市民は笑顔で見守った。ふたりともまだ幼く、かわいらしいコンビだった。
ある日いつものように隠れ場所を探していると、同じ年ごろの少女に「おひめさま」と話しかけられた。それでエイプリルは自分が町娘に見えないためにすぐに見つかることに気付いた。
エルに習いながらひとりで着替えられるよう練習し、こどもたちに混ざろうとした。そこでほとんどのこどもが親の手伝いをして働いていることに気付き、深く考え込んだ。
ふたりは成長し、話し合って準備し、ある時はペイジの服装で、またある時は身代わりを立てて、まだ城内にいると誤認させるように細工をした。その過程で音声記録・再生の魔晶具ができあがった。
伯爵と奥方は陰から見守る者たちのレポートを読みながら、時として声をあげて笑って成長を見守った。城下の人々は、逃げる姫と従者、追いかける若い騎士とペイジ達を見て、次第に楽しむようになり、時として姫をかくまうようにすらなった。
訓練は何年も繰り返され、ついに成功する日が来た。
ふたりはエルとキャメロンを身代わりに立てて城下町を逃げ回らせ、夕方にようやく捕まえた護衛たちを唖然とさせた。
翌朝、犬たちが放たれた。ふたりは城の裏の畑で、庭師と一緒に大根を抜いていた。犬を追いかけてきた護衛とペイジは、汚れた作業服で大根を抜くふたりの「使用人」に飛びついて喜ぶ犬たちを呆然と見守った。
レポートによれば、ふたりは夕方まで城の裏庭の大木に登って隠れ、ペイジの制服に着替えて厨房を手伝った。隙を見てパンとハムをくすねて逃げ、夜は犬舎で犬たちにかくまってもらった。夜明け前に犬舎から抜け出し、庭師の畑仕事を手伝っていたのだという。
豪快に笑い続ける伯爵の前で、追跡代表はうなだれるばかりだった。だが、伯爵は軽い調子で、
「この先は、匂いをごまかす手法を身につけるであろうな。ご苦労であった、これでこの訓練は終了である」
と、慰めたのだった。
目の前で成長する姫君とサポートする姫隊を見守ってきた市民は、姫に親愛の情を持っている。
また、この姫は変装しては城下町に忍び出ることを「訓練」と称していて、思いがけないところに出没する。
荷車を引いているときにフイと軽くなって、「お、ありがとうよ」と振り返ると姫と騎士だったり。
ケンカしていると、「そこだ、右下から顎!」と声を掛けられ、「おい、姫君だ」と、慌てたケンカ相手に止められたりする。
姫隊はいまでも物見と越境してくるガリエル間諜の捕縛に大きな成果を上げているが、戦になって戦地に出る日が来れば、城下町と市民兵の圧倒的な支持を得ることは疑いがなかった。伯爵家は王家にエイプリルを差し出すことを今も非常に苦々しく思っている。
市街地を抜けて、ジガ城への道を辿る。麦畑と果樹園を抜け、村を過ぎると、点々と散る作業小屋を見かけるようになり、小川に架かる橋を渡り、林を抜け、草原を進む。
夕方には城から出た騎士と従卒が準備してくれていた幕屋に着き、その夜の警備は騎士たちに任せてのんびりと眠った。
朝になって5人が出発すると、幕屋の警備を担当した者たちが見送り、大きく手を振って「お早いお帰りを」と声をかけた。
先頭をコーエンが取り、エイプリルとシューネ、エル、ラドクリフ、キャメロン、グリンデと一列で旅は進んだ。これといって何事もなく、途中で待ち受けていたロイから休憩時の軽食を受け取り、ジガ城にたどり着いたのは午後半ばのことだった。
ジガ城は、丘陵の稜線を背負ってそびえている。フィエール平原を斬り取る間の基地となった城塞で、地味で武骨な印象がある。姫隊はジガに登るつづら折の道をゆっくりと上っていく。
城門でマクニール子爵の代官が隊を迎えた。
「次姫さま、ようおいでになりました」
「じい、3月ぶりか。変わりないか」
「ありがたく存じます」




