2.旅の準備
エイプリルはウイレムの研究室で魔晶石の扱いを習い、レッスンを終えてお茶をいただいている。
「師匠、ジガから回って、リバーアンに行くのよ」
「さようですか」
「荷物が多いの」
「さようでしょうな」
「王家の婚約者は地面に寝てはいけないとか」
「それは道理ですな」
「で、ロイがロバ3頭にテントと組み立てベッドを背負わせて来るの」
「はぁ、さようですか」
「なんか、大変じゃない?毎日広げて朝しまって、移動して、また夕方には組み立てるとか、ね?」
「それが姫隊の従卒の仕事にござりますよ」
「でね、この石を使ってね、じゃじゃじゃーん、と、そのまましまってそのまま出して使える、大容量の魔法の袋とか、できない?運ぶときは小さな袋で、出し入れするとき大きくなるような。そして軽い」
「そうですなぁ」
「作ってみない?」
「そうですなぁ。姫、それができたら、どうなります?」
「え?旅人が楽になる?」
「他に?」
「あ、え、え~っと」
「旅商人に馬車がいらなくなりますかのぅ」
「うん、うん、いいわよねぇ」
「戦時に使ったらどうなりまする?」
「あ、食料がたくさん運べる」
「武器や防具、薬も今の数倍運べますな」
「そうよね、便利になるわ」
「姫」
「え?」
「そうなると、戦が長うなりまする。酒保商人がいらなくなって、戦費が安うなりまする。
馬一頭に、騎手ひとりが腰に袋を縛り付けて大量の食糧や武器を運べるとなれば?」
「あ」
「おわかりいただけますかの。攻め戦は、糧食が尽きるまでしかできませぬ。糧食が尽きるまでに守備を抜いて、村や町から食料を強奪することができなければ、戦はそれで終わりにござりますな。
守るほうも敵の糧食が尽きる日数を数えて守りまする。持ちこたえられないとなれば、危険を冒しても敵方の糧食の焼き払いや補給線の分断を狙うのでござります。
そこへ大量の糧食を自前で持ち込めば」
「戦が長くなるのね」
「砦がないところでも、持久戦となりまするの。
それに、大切なことがござります。慎重に計画しなくては勝ち戦というものはできませぬから、王が開戦したくともなかなか現場の指揮官はうんと言いませぬ。
そこに、少なくとも輜重隊がいらないとなると、戦が増えるのではありませぬかの」
エイプリルは頭の中で様々な状況を組み立てはじめ、思考に入ったために表情が虚ろになった。
しばらく分析に浸らせておいて、ウイレムが声を掛けた。
「旅に役立つものはいかがですかな」
エイプリルは頭を切り替えて、宿題とすることにした。
「この魔晶具はいかがですかな」
ウイレムは、袋状の布を床に広げ、魔晶石を操作して空気を送り込み、30㎝ほども厚みのある、ふかふかのマットレスに膨らませた。
「いかがですかの」
「うわ~、これいいわ~」
エイプリルは寝心地を試している。エルもそっと試させてもらった。
「朝しまうときにはこちらを操作して、ほれ、このように」
マットレスは待つほどもなく元に戻った。これをくるくると棒状にまるめれば輸送も楽だ。
「師匠、これ、ブローですか?すごい。
ありがとうございます。これで簡易ベッドと厚い敷布の分が減ります」
「ほうほう、そうですのぉ」
「ご不浄は不自由ないのでしたな」
「はい、大丈夫です」
女性は少なくとも生活魔法「ピュリファイ(清浄)」を使えなくては戦場に出ることはできない。トイレに行けるほど安全な場所ではないからだ。
男性も使えるように訓練する。駐屯場所ならともかく、短期的待機地点なら、待機所周辺のある程度の範囲がトイレということになる。仮にその場で戦闘が始まれば、不衛生のど真ん中でケガをすることになり、死亡率が跳ね上がるからだ。
「それではこれはどうですかの」
ウイレムは直径5cmほどの魔晶石をペンダントに加工したものを差し出した。
「これは?」
「視線遮断の魔法が50回込めてありましての。着替えの時いかがですかの」
「師匠、ありがたいです」
「エルの分もあるでの。これに触れて魔力を流せば、1回10分ほど使えるようにしてありますぞ」
「師匠、ほんとうにありがたいです。これで姫君の着替えがとても楽になります」
視線遮断の魔法は、術者を中心として半径50㎝の光を曲げ、背後の風景を見せる。それほど難しくなく、斥候や密偵の任務に就くものには必須だ。だが、それを破る「看破」もまた習得必須のカウンター術だから、たいして有効というわけでもない。
ただ、視線遮断のような生活魔法を超える魔法を、着替えに使えるように細工するのは、姫を孫のように思う老錬金術師の優しい心遣いなのだった。




