最後の真実・1 〜恐れていたもの〜
寒さが日に日に増している。
気付いた時には吐く息が白くなり、外に出るには厚手の上着がないと過ごせないくらいになっていた。
そんな寒空の下。
ヒューティリアは泉の畔に佇んでいた。
ヒューティリアは持ち前の根気強さと思考力でもって、セレストの考え出した魔法を見事に再現した。
セレストが魔法を見せてから、ひと月も経っていない日のことだった。
セレストはそのことに驚きながらもヒューティリアに「今度は自分が作りたい魔法を考えてみろ」と告げ、現在、ヒューティリアはひとりで作りたい魔法を模索している。
自ら新しい魔法を作ってみたいと言い出したものの、どんな魔法がいいか決めていなかったヒューティリアは小さく唸った。
(マールエルさんは幻を見せる魔法。セレストは、遠くの景色と音を再現する魔法……)
セレストのように師の考えた魔法の発展系を模索してみるものの、思いつかず。かと言って、全くまっさらの所から考えようにも薄ぼんやりとしたイメージしか浮かんでこず。
(新しい魔法を作るのって面白そうだと思ったけど、そもそもどんな魔法がいいか考えるところからしてこんなに難しいなんて)
再び唸り声をあげていると、突如隣の空間に強烈な気配が生じた。
「……すっかり寒くなったね」
どれだけ探しても見当たらなかった存在が突如現れたことには驚いたものの、ヒューティリアは白い息を吐きながら落ち着いた声で話しかけた。
ヒューティリアの隣に現れたクロベルは、横目でヒューティリアの様子をうかがいながら頷く。
『そうだな』
短い返答。しばしの沈黙が降りる。
空気の冷たさも相俟って、静寂が身を刺すように感じられた。
その空気を破ったのは、ヒューティリアだった。
「……あのね。マールエルさんの手記、読み終わったよ」
ぽつりと零された言葉に目を瞠り、クロベルはヒューティリアに向き直った。
ヒューティリアも、クロベルと正面から向き合う。
手記を読み終えてから半月以上が経過し、ヒューティリアの気持ちもだいぶ落ち着いていた。
冷静になってみればおかしな話なのだ。
クロベルは如何にもマールエルの手記の内容を知っている様子だった。だからこそ、読み終えればわかると言ったのだろう。
なのに、ヒューティリアが目を通した手記には知りたいことが……記されているべきことが書かれていなかった。
そこから推測するに、クロベルがあると思っていた記述が、ヒューティリアが目にした時には消えていたのではないだろうか。
そう予測した。
けれどそれは口に出さず、クロベルにはただ事実だけを告げることにした。
「最後まで読んでみたけど、あたしにはやっぱり、どうしてあたしがセレストやマールエルさんの過去を知らなければいけなかったのかがわからなかった。だってね」
手記のほとんどはセレストの成長記録のようなもので、微笑ましい日常の出来事や魔法を教える上での悩みごとなどが書かれていた。
その合間を縫うように、突如現れる過去語り。
明かされる事実に、ヒューティリアは複雑な思いを募らせ気持ちが沈むばかりだった。
それでも読み進めたのは、その先に答えがあると思っていたからだ。知らなければならない何かがあるように思えたからだ。
しかし。最後まで読んでみたものの、求めていた答えには辿り着けなかった。
そう語ったヒューティリアの言葉に、クロベルは目を丸くした。
『……本当に最後まで読んだのか?』
「読んだよ。最後はセレストが独り立ちして家を出たって話だった。そこで終わり。後には何も書いてなかったよ」
ヒューティリアの返答を聞いたクロベルは急に姿を消した。
驚いている間に、再び姿を現す。その手には、臙脂色の手記が握られていた。
『勝手に部屋に入ってすまないが、至急確認しなければ』
クロベルの顔色は青ざめているように見えた。
裏表紙側から頁を開き、続く白紙の頁をどんどん捲っていく。そうして文字が書かれた頁に辿り着くと、目を動かして文字を追う。
やがてその表情が、くしゃりと歪んだ。
『……そうか。マールエルはわたしが何をしようとしていたのか、気付いていたのか』
だから破り捨てたのか。
小さな呟きを耳にして、思わずヒューティリアはクロベルの横から手記を覗き込んだ。
良く見なければわからないくらい綺麗に、一枚分の頁が切り取られている。
「ここに、答えが書いてあったの?」
『ああ……というか、わたしが答えになり得ると考えていたことが書かれていた。だが、マールエルはこの頁を誰にも見せたくなかったらしい』
クロベルはじっと手記を見つめたまま、何やら考え込んでしまった。
そのままどれくらい時間が過ぎただろうか。
ようやく、クロベルが顔を上げてヒューティリアを真っ直ぐ見据えた。
『──ここには、唯一時間を巻き戻す時繰り魔法を使ったマールエルの、時間を巻き戻す時繰り魔法に関する記述があった。並行して、病に冒され、余命幾ばくもないマールエルの遺書のようなものも書かれていたんだ』
「……え?」
思いがけない話に、ヒューティリアは目を見開いた。
(マールエルさんが、病に冒されていた……?)
しかも、余命幾ばくもなかったというのなら。
(マールエルさんがいなくなった本当の理由は、病によって命を落としたからなの……?)
その答えによっては、ヒューティリアが真実でなければいいと恐れている予測も覆せる。
「どういうこと?」
ヒューティリアは震える声で、辛うじて言葉を発する。
何が「どういうこと」なのか判然としない問いだったにも関わらず、クロベルはその意図を察し、俯いた。
『マールエルが誰にも知らせたくないと思っていたのだから、ここに書かれていた内容は誰にも言うべきではないのだろう……が、わたしがヒューティリアにこの手記を見せた意図は、ちゃんと話す』
そう告げながらゆっくりと手記を閉じ、臙脂色の表紙を指先で撫でる。
そんなクロベルの様子を眺めながら、ヒューティリアはただ静かに続く言葉を待った。しかしその胸中は複雑に混ざり合う感情のせいで落ち着かない。
ふと、クロベルが顔を上げる。
その視線が手記からヒューティリアへと移され、その瞳にヒューティリアの姿が映り込む。
どくりと、心臓が嫌な音を立てた。
『そうだな……とりあえず、ヒューティリアが今最も知りたいであろうことを先に伝えておこうか』
聞きたくない。
聞かなければ。
知りたくない。
知らなければ。
相反する気持ちが明滅して、今にも遠のいていまいそうな意識を必死に繋ぎ止める。
そんなヒューティリアの心情を知ってか知らずか。
クロベルは殊更ゆっくりと、続く言葉を口にした。
『ヒューティリア。きみは、マールエルと同一人物だ』
恐れていたことが、現実となった瞬間だった。




