最後の真実・2 〜ソルシスとマールエル〜
ふらりと体を揺らしたヒューティリアをクロベルが慌てて支える。そのまま、普段セレストが椅子代わりにしている石にヒューティリアを座らせた。
「……どうして」
茫然自失といった様子のヒューティリアが、先ほどと同じ言葉で問いを零す。
クロベルは一瞬痛みを堪えるような表情を浮かべたが、すぐに首を振って瞳を閉じた。
『どこから話そうか……』
そう切り出したものの、言葉が続かない。
長い沈黙が降りたが、しばらくすると刺すような冷たい風が吹きぬけた。それをきっかけにしたのか、ようやくクロベルが口を開く。
『……ソルシスの不幸は、魔法都市国家の滅亡から始まった。その後、妖精のヒューティリアと出会い、失い、時繰り魔法を編み出したことで、抜け出せない深みにはまってしまったように思う』
ヒューティリアは顔を上げ、クロベルを見上げた。
そして続けられた言葉に、小さな衝撃を受ける。
『わたしは……マールエルは運悪く、ソルシスが背負った救いのない運命に巻き込まれてしまったのだと考えている』
咄嗟に、なにを言われたのか理解できなかった。
ヒューティリアは目を瞬かせ、クロベルを凝視する。
するとクロベルは言い回しを変え、改めて同様の言葉を繰り返した。
『ソルシスに拾い育てられたマールエルは、ソルシスが身を置く不幸の連鎖に巻き込まれてしまった。わたしも、そのつもりなく巻き込んでしまっていた……』
その口振りではまるで、ソルシスに関わったことでマールエルが不幸になったと言っているように聞こえる。
しかしマールエルの手記を一通り読んだヒューティリアには、そうは思えなかった。
確かにマールエルは、自らの魔法の失敗でソルシスが犠牲になったことに苦しんでいた。それは不幸なことだったと言える。
でも、だからと言って、ソルシスと過ごした日々の記憶が不幸なものばかりだったはずがないのだ。
自分がマールエルと同一人物で、マールエルも自分と同じように拾い育ててもらったのだとしたら、どんな運命に巻き込まれようとも親に捨てられたまま死んでしまうよりずっと幸せだったはずだ。
だからそんな風に、ソルシスに拾われたことが不幸なことだったような言い方はして欲しくない。
ヒューティリアはクロベルに、マールエルは不幸なんかじゃなかったと伝えようと身を乗り出した。
しかし、それよりも早く。
『──そもそも、わたしが時繰り魔法になど手を貸さなければよかったんだ』
ぼそりと、クロベルが零す。
低く唸るようなその声に、ヒューティリアは身を竦ませた。
『そうすれば不幸の連鎖は妖精のヒューティリアの死で終わっていた。なのにわたしは、魔法道具が暴発した時マーヴェルだけに行かせてしまった罪悪感と、ひとり生き残ったソルシスに何もしてやれなかった後ろめたさで、どうしてもソルシスの望みを──妖精のヒューティリアを蘇らせたいという望みを、叶えてやりたいと思ってしまった。けれど、それがいけなかった。……そう、全ての元凶は、わたしなんだ』
一気に捲し立て、クロベルは耳を塞ぐように頭を抱えた。
今思い付いた考えではないのだろう。これまでも何度も何度も後悔し、その度に自分を責め、取り返しのつかない現実に打ちのめされてきた。
そう思わされるほどに、クロベルの口からは淀みなく言葉が紡がれていく。
『わたしが手を貸さなければ、原初の精霊の力を必要とする時繰り魔法が作られることはなかった。ソルシスの苦しみは続いたかも知れないが、マールエルにまで苦しみを与えることはなかったはずだ。だが……それでも』
顔を上げたクロベルは、真っ直ぐヒューティリアを見据えた。
『もし、わたしが過ちを犯したこの流れがあったからこそ、マールエルがソルシスの許に現れたのだと言うのなら……身勝手な話だが、わたしはこの運命に感謝したいと思っている』
その瞳に宿っていた暗い澱が薄れ、苦しげな表情が和らぐ。
『マールエルを拾ったことで、ソルシスは救われた。ソルシスに、時繰り魔法を完成させること以上の生きる目的が……希望ができたんだ。そのことが本当に嬉しかった。そのきっかけとなったマールエルに、わたしは心の底から感謝している』
マールエルへの感謝の気持ちが紛れもない本心であると、言葉以上に雄弁にその表情が物語る。
あれほど苦悩に染まっていたクロベルの表情は今や、慈しみに満ちた穏やかなものに変化していた。
その目がゆっくりと、遠くに向けられる。
『……あの日。森に子供が置いて行かれたと、あの子は捨てられたのだと森の精霊や妖精たちが騒いでいた日のことは、今でもよく覚えている。大騒ぎする精霊や妖精たちの言葉に、ソルシスは戸惑っていた』
遠い記憶が蘇ったのだろう。唐突にクロベルが語り出す。
ヒューティリアは引き続き、静かにその声に耳を傾けた。
『このままだと死んでしまうという精霊の言葉でようやく動いたソルシスが、全てを諦めたような目をして横たわっていた少女に何を思ったのかはわからない。ただ、ソルシスは慣れない手つきで彼女を労わり、気を失ってしまったその子を家に連れ帰った』
ヒューティリアの脳裏にその光景が浮かび上がり、既視感を覚える。
不思議に思って首を傾げている間にも、クロベルの話は進んでいく。
『家に連れ帰り、明かりのもとで少女の髪色を見たソルシスは、心底驚いていた。その髪色が、妖精のヒューティリアと全く同じだったから。これには森の精霊や妖精たちも驚いていた。ここまで鮮やかな赤髪はそうそう見ないからな』
そして目を覚ました少女の瞳の色を目にして、ソルシスは泣きそうな微笑みを浮かべたのだと言う。
『わたしは直接会ったことがないから知らないのだが、妖精のヒューティリアの瞳の色は深い青だったと聞いている。きっとソルシスは、良く似た色であったことと同時に、異なる色であったことに安堵したのだろう』
ヒューティリアの……マールエルの瞳の色は水色だ。深い青色だった妖精のヒューティリアの瞳とは同系色だが、濃さが異なる。
そのことにソルシスが安堵した理由。それに思い至り、ヒューティリアもほっと息を吐いた。
ソルシスにとってマールエルは、妖精のヒューティリアの代わりなんかじゃない。そう思えたことが嬉しかった。
『ソルシスはマールエルを魔法使いとして育てることに決めた』
と、再び語り始めたところでふっとクロベルが笑いを漏らす。
どうしたのだろうと見つめていると、クロベルの目が懐かしそうに細められた。
『マールエルも、最初はもの凄く警戒心が強くてな。意地でも名を名乗ろうとはしなかったし、ソルシスに近寄ろうともしなかった。だが、ソルシスが目の前で魔法を使った途端、目を輝かせながら自ら近寄って行ったんだ』
マールエルが取った行動から、ヒューティリアはクロベルが笑った理由を察した。
ヒューティリアも出会った当初はセレストに対して強い警戒心を持っており、名も名乗らなかったし、自分から近寄ろうともしなかった。
そのことを思い出して、何とも複雑な気持ちになる。
同時に、魔法を目にして警戒心よりも好奇心が勝ったマールエルの気持ちが手に取るようにわかった。
ヒューティリアもきっと、目の前で魔法を使われたら警戒心どころではなくなっていただろう。
(ほとんど一緒の行動を取っていたと思うと、やっぱり、何と言うか──)
自分とマールエルは同一の存在なのだと自覚せざるを得ない。
一方で、酷い態度だったにも関わらず見捨てずに対応してくれたセレストに感謝の気持ちが芽生える。
(あんな態度だったのに、本当に、セレストって)
寛大……とは少し違う気もするが、怒ることもなく、放り出すこともしなかった。
もしあのとき、放り出されていたら。見捨てられていたら。
ヒューティリアは今、ここにはいない。どうなっていたかもわからない。
そう思うだけで胸がぎゅうっと締め付けられる。
同時に、過去の自分の言動を思い出して激しい自己嫌悪に陥った。
『ソルシスはマールエルを拾ってから時繰り魔法に没頭することが減り、どうやってマールエルに魔法を教えるか頭を悩ませることに時間を費やすようになった。妖精のヒューティリアのことを忘れたわけじゃない。けれど、それまで異常なほど執着していた気持ちが和らいでいたのは確かだ』
クロベルの話は続く。
日々が穏やかに過ぎて行くうちに、ソルシスの生活の中心にマールエルが存在するようになり、マールエルも過去のつらい記憶から解放されていったことを。
まるで親子のように過ごすふたりはとても幸せそうだったと語るクロベルこそが、幸せそうな表情を浮かべていた。
しかし。
『そんな日々が終わりを告げた。その日こそが──マールエルが時間を止める魔法を使った日。ソルシスの時が巻き戻り、赤子となった日だ』
まるで幸せな日々が永遠に続くことなどないと思い知らせるように、不幸な事故は起きたのだ。




