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ある冬の師弟の光景

「使う属性はマールエルさんの幻を見せる魔法と同じ、水、火、風でしょう?」


 翌日。

 さっそく属性を突き止めたヒューティリアは、リビングのソファーに座って読書をしていたセレストに答えを突きつけた。

 しかしセレストは静かに首を振って不正解であることを示す。


「確かにその属性だけでも同じような結果が得られる。だが、昨日俺が見せた魔法では音が濁っていただろう。その理由を考えてみろ」


 セレストの言葉を聞き、ヒューティリアは「音が濁っていた……」と口の中で繰り返した。そのままぶつぶつと何やら呟きながら、書棚へと歩き出す。

 その姿をしばし眺め、セレストは手元の本──ソルシスの手記『子供とのつきあい方』に視線を戻した。


(クロベルの話を聞いた後だと走り書き部分がかなり読みやすくなったな。確かに、ここに書かれているのはクロベルが語った内容とほぼ同じのようだ)


 秋の終わりにクロベルの話を聞いたあと改めて走り書き部分を解読し始めたセレストは、ようやく最後まで解読することに成功した。

 書かれている内容のあらましがわかっていれば、辛うじて読み取れる文字を基に文章を推測するのはそう難しくない。

 そうして解読しきった結果、走り書き部分に書かれていることはほぼ全てクロベルによって語られており、真新しい情報は記されていないようだった。


(ただひとつ、気になるのは──)


 それは、妖精のヒューティリアを蘇らせる手法として、なぜ時繰り魔法に辿り着いたのか。その経緯だった。

 手記を読んでもその点についてはどこにも言及されていないのだが、序文の「あの子の時間を取り戻す魔法」という言い回しがどうにも気にかかる。

 とは言え。


(考えたところで、答えを見つけ出せる気がしない)


 ふぅ、とため息を吐くと、とんとんと肩を叩かれた。振り返れば、ヒューティリアが難しい顔をして数冊の本を抱えて立っていた。


「ちょっといい?」


 問われて頷くと、ヒューティリアが隣に座る。セレストも手記を閉じてテーブルに置き、ヒューティリアが示す本に視線を移す。


「ヒントになりそうな本を探してみたけど、どの本を見ても音の伝達が行える魔法について記述があるのは風属性の魔法だけなの。ということは、セレストは本には書かれていない別の方法を使って音を再現していたってことだよね?」

「……近からず、遠からず、だ」


 ヒューティリアが示す頁には風属性の魔法による、遠方への音の伝達について記されている。ヒューティリアは本を閉じると、今度は土属性の魔法について記述されている本を開いた。

 思わずセレストは目を瞠る。

 まさかこの僅かな時間で答えに辿り着いたというのだろうか、と。


 そう。セレストの考え出した魔法に必要な属性。それは、水、火、風、そして土だ。

 四つの属性を用い、そこに更にもうひと工夫加えて、あの魔法は形作られている。


「あたし、何となくどんな属性が使われているかってところから考え始めてたんだけど……その考え方じゃ正解に辿り着けなくて当たり前だよね。最初に考えるべきは属性じゃなくて、どんな現象を重ねてあの魔法が出来上がるのかっていう要素の方。起こった現象を分解して要素を見つけたら、必然的に属性もわかってくる」


 その手順は正に、新しい魔法を作る上での手順と同じ。違うのはすでに完成された魔法が存在し、それを目の当たりにしているということだけだった。


 セレストは続くヒューティリアの言葉を待った。


「必要となる現象は、遠くの景色を映し出すこと。そしてその場の音を再現……もしくは伝達すること。遠くの景色を映し出すにはやっぱりマールエルさんの幻を見せる魔法と同じで水と火、風。同時に、遠方からその光景を送り込んでくれる精霊の存在が必要になるんじゃないかな。同じように、音も対象となる音を拾い上げて送り出してくれる精霊の存在が必要になるんだと思う。けど、その時に必要になる属性は風だけじゃない。そういうことだよね?」


 問いかけながらも、すでにヒューティリアの中では結論が出ているのだろう。目を輝かせながらセレストを見上げてきた。

 正面からヒューティリアの期待に満ちた瞳とぶつかり、ついセレストは苦笑を漏らす。


「結論を聞こうか」


 そう促すと、ヒューティリアの表情がより一層活き活きとしたものになる。


「あのね、音って振動でしょ? 振動を伝えられるものって空気だけじゃないなって思ったの。つまり、地面を介して音を伝達したんじゃないかなって。勿論単純な伝達ではなくて、さっきも言った通り属性魔法とは別に精霊の力を借りて。でも地面を通してしまうとどうしても遮る物が多いから、音が濁ってしまったんじゃないかなって思ったんだけど」

「……正解だ」


 セレストの言葉を聞いて、ヒューティリアは嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔につられて口許を緩めたセレストは、半ば無意識に手を伸ばし、ヒューティリアの頭を撫でる。

 途端に、ヒューティリアは驚いた様子で目を見開いた。その反応にセレストも目を瞬かせる。


「こうして撫でてもらうの、何だか久しぶり」


 ヒューティリアの言葉から自らの無意識の行動を自覚し、セレストは複雑な表情を浮かべた。何故そんな顔をするのかと問いたげに首を傾げる弟子から目を逸らし、眉間に皺を寄せる。

 そして。


「もうお前も年頃だからな」


 一言。それだけを告げて黙り込む。

 思わぬ反応と返答にヒューティリアは再度驚いた。けれどじわじわと湧き上がってくる嬉しさに頬が緩んでしまう。


 そうして沈黙が降りたのは一瞬のこと。

 きっとセレストは気まずかろうと察したヒューティリアが声を上げた。


「でも、どうして音が明瞭に伝達できる風属性じゃなくて、土属性を使おうと思ったの?」


 この問いにセレストは気付かれぬよう安堵の息を吐き出し、応じる。


「火、水、風、土という四属性を使った魔法が、他に存在しなかったからだ」

「……それだけ?」

「それだけだ」


 つまり、好奇心で作った魔法だと。

 そのことに気付き、ヒューティリアは「ふふっ」と声を漏らして笑った。


(セレストも、好奇心だけで動くようなことがあるんだ。なんか、ちょっと)


 可愛い。


 そう思った瞬間、心臓が跳ねた。

 じわじわと頬が熱くなり、セレストの隣に座っていられなくなる。


 ヒューティリアは慌てて立ち上がると、「要素の解釈に不安があるから、もっとじっくり考えてくる!」と言い残し、逃げるようにして自室に飛び込んだ。

 その後ろ姿を、セレストは怪訝な表情で見送った。

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