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新しい魔法の作り方

「ねぇ、セレスト。あたしも新しい魔法を作ってみたい!」


 マールエルが考え出した魔法を目にした翌日、ヒューティリアは身を乗り出してセレストに訴えた。

 魔法紙作成も問題なくこなすヒューティリアに春までのあいだ何を教えようか考えていたセレストは、弟子の唐突な申し出に目を瞬かせる。


「駄目?」

「……いや。盲点だった。そうか、それも学びのひとつにできるのか」


 首を振りながらぶつぶつと呟き、セレストはソファーから立ち上がった。

 いつもなら書棚から対応する本を持ってくる場面だが、この時セレストが向かったのは書棚ではなく倉庫。


 ヒューティリアが不思議そうにその後ろ姿を見送ると、間もなくセレストが倉庫から戻ってきた。その手には、紙の束と筆記用具。

 益々不思議に思って首を傾ぐヒューティリアの目の前にそれらを置き、セレストは何も書かれていない紙を一枚、机の中央に置いた。


「新しい魔法を作るということは、まず始めに自分がどのような魔法を作りたいのかを考えなければいけない」

「そっか。そうだよね」


 セレストの説明に頷きながら、ヒューティリアも机の中央に置かれた白い紙を見下ろす。


「新しい魔法を作る手順を簡単に説明すると──」


 セレストが説明しつつ、紙に文字を書き始めた。


「さっきも言った通り、まず始めにどういった魔法を作りたいのかを考え、決める。その次に実現するために必要な要素を探し出し、使う属性を決定する。例えば」


 ここで一旦筆を上げ、文字を書き込んでいた場所から離れた空白に筆先を下ろした。


「師匠が考えた幻を見せる魔法に必要な要素は、幻として映し出す絵とそれを視認できるように再現する光の反射だ。使用する属性は水と火と風。空気中の水分と魔力の濃度で光の屈折と反射量を調整し、不足する光を火属性で補い、それらを安定させるために風を調整する。光に関しては自然光で事足りることもあるが、安定させるには火属性を併用した方が確実だ」


 さらさらと属性とその役割を書き込み、簡単な図を用いて魔法の仕組みを示す。

 しかしここでセレストの手が止まった。


「まぁ、最終的に細かな調整は精霊たちがしてくれる。魔法使い側はできるだけ明確に具現化したい現象を精霊に伝え、こちらが提示した属性を使って再現して貰うことになる」


 止まった手が図の下に「細かな調整は精霊に依存する」と注釈を書き加えた。

 その文字を目で追いながら、ヒューティリアはなるほど、と頷く。


「ここが重要なんだが、必要な要素もそこから導き出される属性も、的確なものを見つけ出さなければならない。適切でないと精霊たちも魔法として形作ることができないからな。要素と属性選びについては、特によく考えるように」

「うん」


 単純にひとつの要素と属性から発動出来る魔法であれば、これまで学んできたものがそれにあたるのだろう。

 つまり新しい魔法とはその上の段階、複数の要素と属性を組み合わせたものになる。

 しかしただ組み合わせればいいわけではなく、的確に要素を見つけ出し、適切に属性を組み合わせなければ魔法として成立しないのだと、ヒューティリアはセレストの話から理解した。

 理解した上で、魔法の実行は精霊が行うが、仕組みは全て魔法使いが考えるのだと改めて認識する。


「……そう考えると、時繰り魔法って本当に特殊と言うか、とんでもない魔法なんだね」

「そうだな。あれは異様ですらある。何せ普通の魔法使いなら属性の範囲内で思考するところを、属性という枠組みを飛び越えて、原初の精霊が持つ時間を操る能力に目を付けたものだからな。やはりソルシスの思考はこの国の魔法使いのものとはまるで違っていたんだろう」


 淡々と告げるセレストに、思わずヒューティリアは苦笑した。

 それをどう受け取ったのか、セレストは気に留めることなく話を続ける。


「話を戻そう。新しい魔法を考え始めたとき、この要素探しと属性選びで行き詰まることになるだろうが、それは誰もが通る道だ。気に病む必要はない」


 と、書き上げた文字をトントンと筆先で突くと、セレストは再び文字を書き足す。


「要素と属性が決まったら、次は実践だ。ただしこの時、必要となる魔力量に関しても多少考察しておく必要がある。あまりにも大規模だったり複雑な手順を要する魔法ならば、それなりの消耗を覚悟しなければならない」

「……代償とかは、必要にならない?」


 ふと気になって問いかければ、セレストはちらりと部屋の隅に視線を投げた。つられてヒューティリアもそちらを見遣れば、いつの間に現れたのか、そこにはクロベルの姿があった。

 まるで気配がなく、その存在に気付いていなかったヒューティリアは身を竦ませるほど驚いた。


『代償が必要になるのは、基本的に原初の精霊や精霊王でなければ手に負えないような魔法に限る。属性を持たぬ類の魔法や、膨大な魔力が必要とされ、人の身では魔力不足に陥るような魔法がそれにあたる。現存する魔法では、時繰り魔法くらいだな』


 セレストの視線の意図を察して答えると、クロベルも空いているソファーに腰掛けた。

 そして、ぽつりと呟く。


『新しい魔法か……』


 クロベルの呟きには迷いがあった。

 その迷いの正体に心当たりがあり、ヒューティリアは思わず口を開く。


「時繰り魔法みたいな魔法は、あたしには思い付かないよ?」


 その言葉に、クロベルは目を瞬かせた。そして次の瞬間には吹き出して笑い始める。


『そうか。それなら安心だな』


 ヒューティリアの気遣いに柔らかな微笑みを浮かべたクロベルは、ヒューティリアの傍に来ると優しい手つきで頭を撫でてきた。

 ヒューティリアはくすぐったく思いながら頭を撫でられていたが、不意にあることに気付く。


(あれ? そう言えば、一時期はセレストもよく頭を撫でてくれてたけど、最近撫でられてないような)


 そう思ってちらりとセレストの方を見るが、セレストは目を閉じ、顎に手を当て何やら考え込んでいた。

 気付いてしまうと何となく寂しい気がしたものの、自分から頭を撫でて欲しいなどと言えるはずもなく。

 ヒューティリアはされるがまま、クロベルに頭を撫でられていた。


 しばらくするとヒューティリアを撫でるのに満足したらしいクロベルが離れていき、改めてソファーに腰掛けた。

 そのタイミングで、セレストも目を開く。


「どう教えるのがいいか考えてみたんだが……こういうのはどうだ? これから俺が考えた魔法を披露する。この魔法は師匠の幻を見せる魔法と同系統の魔法だが、要素と属性が少し異なる。ヒューティリアはその魔法を実現するために必要な要素と属性を探り当て、自力で再現する」

「えっ!?」


『ほう。いいんじゃないか?』


 単純にゼロから新しい魔法を考えさせるのではなく、手順を踏みながら教えるという師としての姿勢を崩さないセレストにヒューティリアは驚いた。

 驚くのと同時に、ヒューティリアのために色々と考えてくれたことが嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。

 一方、クロベルもそれはいい考えだと賛同した。


 さっそく外に出る。

 向かった先は泉の畔。


 どんな魔法なのかと目を輝かせているヒューティリアに、昨日同様「よく見ていろ」と声をかけてからセレストは魔法を行使した。

 呼びかけられた精霊たちが集まり、セレストの意を汲んで魔法として組み上げていく。

 そして。


 水面に、見たことのある景色が映り込んだ。


「王都……?」


 ヒューティリアが呟くと、その景色の中に見覚えのある人物が現れる。


《よっ、ムルク。そっちはどうだった?》

《問題なしだ》

《うっし、なら今日の巡回は終わりだな! どうだ、これから一杯》

《いやぁ、今日は早く帰るって言って出てきたから》

《こんの、万年新婚夫婦め!》

《羨ましかろう!》

《羨ましくねーよ!》


 見知った人物・ムルクと、その同僚だろうか。細身の男性が気安く会話している様子が映し出されている。

 やや濁ってはいるが、聞き間違いようの無いムルクの声。見間違いようのない王都の風景。

 がやがやと賑わう声までもが聞こえてきて、ヒューティリアは自分が王都にいるような錯覚を覚えた。


「これって……」

「遠くの地の様子を映し出す魔法だ。あまり誉められた物ではないから人に教えたことは無いが、幻を見せられるなら現実に起こっているものも見ることができるんじゃないかと思って考え出した。一時期はこれで師匠を探そうかとも思っていたんだが──」


 使う機会はなかったな、と小さな呟きが落とされる。

 反射的にヒューティリアはセレストを見上げたが、特に気落ちした様子はなく。セレストは魔法を解くと、ヒューティリアに向き直った。


「この魔法を実現するために必要な要素と属性を考えてみろ。どうしても行き詰まるようなら質問も受け付ける」


 そう言ってさっさと家に戻っていくセレストの後を追いかけ、ヒューティリアもリビングに入る。すると机の上に置かれていた紙束が差し出された。


「考えをまとめるには、思い付いたことを書き出すのも有効だろう。この紙は好きに使っていい」

「うん、わかった。さっそく考えてみる!」


 渡された紙束を胸に抱き、ヒューティリアは力強く頷いた。

 やる気に満ちた弟子の様子にセレストの表情が緩む。そして半ば無意識に手を持ち上げ──しかしその手は空中で止まり、そのまま下ろされた。

 以前のように頭を撫でてもらえると期待してしまったヒューティリアは残念に思い、その手をじっと見つめてしまう。


「……俺は調合部屋でやることがある。何かあったら声をかけてくれ」


 ヒューティリアの視線に気付いているのかいないのか。

 セレストはそう告げると、さっと踵を返して調合部屋へと向かっていった。

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