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ふたつめの真実・1 〜魔法都市国家の滅亡〜

『ソルシスがこの国の人間ではないことは知っているな?』


 クロベルの確認に、セレストもヒューティリアも頷く。クロベルは小さく頷き返すと、話を続けた。


『ソルシスの故郷はここから更に北東、この大陸の端にある山の麓にあった。国の名を、ベルヴェル魔法都市国。その国は原初の精霊であるわたしと、原初の妖精であるマーヴェルが住まう国だった。国名はわたしとマーヴェルの名にちなんで付けられたのだそうだ』


 まぁそんなことはどうでもいいんだが、とクロベルはぼやく。しかしそのように名を使われたことがクロベルにとって不本意であったことは、その表情からありありと読み取れた。


『あの山は、わたしとマーヴェルの拠点だった。そこに人が住み着き、やがて都市となり、国となった。魔法が他のどの国よりも発展していたのは、わたしとマーヴェルがベルヴェル国の人々と共生していたからだ。わたしもマーヴェルも人が好きで、そう多くない人口のあの国を穏やかに見守っていた。そして極稀に、生まれながらに精霊や妖精を強く惹きつける魔力を持つ人間の赤子に、精霊の祝福と妖精の祝福を与えていた』


 ちらりとクロベルがヒューティリアに目配せをする。

 その目配せの意図を察して、ヒューティリアは息を呑んだ。


(セレストが物心つく前から精霊や妖精の姿を視ることができたのって、もしかして──)


『ソルシスも、そのひとりだった。生まれ落ちたその時に、わたしとマーヴェルが同族の同意を得て祝福を与えた』


「……つまり、ソルシスは祝福持ちだったということか」


『そうだ』


 クロベルとセレストのやり取りを聞きながら、ヒューティリアはやはりと頷いた。


(生まれてすぐにソルシスが得た祝福を、セレストも引き継いでいたってことなんだ)


 いまだ実感はわかないが、セレストとソルシスが同一人物である証しがまたひとつ明るみに出たように思える。

 ヒューティリアは先を促すセレストに同調するように、クロベルへと視線を向け直した。ふたりの視線を受けたクロベルも、その意図を察して話を進める。


『ベルヴェル国では祝福持ちは王族に次ぐ地位を得る。ソルシスも若くしてかなり高位の地位にいたが、職業自体は本人の希望が叶えられ、“水導師”をしていた』


 耳慣れない言葉に、ヒューティリアは首を傾げた。


「水導師?」


『簡単に言えば、都市全体で使用される水の管理をする仕事だな。ベルヴェルは生活の中に多くの魔法道具を取り入れていて、水に関しても大掛かりな魔法道具で管理されていた。水の供給も、浄化も、水に関することは全て魔法道具で行っていたんだ。その魔法道具の維持管理や点検修理をするのが水導師だ』


 説明を受けてもいまいち想像が追いつかず。

 ちらりとセレストの方を見遣るも、やはりセレストも理解が追いつかないのか眉間に皺を寄せていた。


『まぁ、これは理解する必要などない。あの国独自の職業だったからな。ただ、ソルシスはその職についていたこと。そして祝福持ちであったことで、ベルヴェルが滅びたあの日、生き延びることができた』


 その日を思い出しているのかクロベルは視線を落とし、机に置かれた『子供とのつきあい方』を見つめる。


『たまたまその日、ソルシスはひとりで国の外……水源を擁する山の調査に出ていた。水源からの水の供給が不安定になっていたから、原因の調査と確認のために山に入っていたんだが──』


 さっと、クロベルの瞳が陰る。


『ソルシスが水源を目前にした、その時だった。ベルヴェル国が、魔法道具の暴発で消滅した』


 クロベルが口を閉ざすと、耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。

 セレストはただ静かにクロベルを見ており、ヒューティリアはクロベルの暗い表情を心配した。以前マールエルの部屋で懺悔するように過去を語ったときの、小さくなってしまったクロベルを思い出したのだ。

 しかしクロベルは今度は落ち込む様子は見せず、再び横目でヒューティリアを見遣った。


『暴発の瞬間、ソルシスは咄嗟に身を守ろうとして防壁の魔法を使った。髪が白かったのは、通常の防壁の魔法では防ぎ切れない衝撃を強引に防いだ代償だ』


 後半の言葉の意味が分かったのはヒューティリアだけだろう。

 セレストはソルシスの髪色が真っ白だったなんて知る由もなく、実際、何の話だと言わんばかりに眉間の皺を深めていた。


 そんなセレストに構うことなく、クロベルは話を続ける。


『そうしてベルヴェル国唯一の生き残りとなったソルシスは絶望した。何せ家も家族も友人も、故郷さえも跡形もなく消えてしまったのだからな。その気持ちはわたしにもわかる。わたしも永いこと拠点としていた居場所を失って、呆然としたものだ』


「あ、あの……」


 ここで口を挟むべきか迷いながら、ヒューティリアが声を上げた。セレストとクロベルの視線がヒューティリアに向けられる。


「その、クロベルと一緒にその国に居たっていう原初の妖精さんはどうなったの?」


 ヒューティリアが問いかけた瞬間、クロベルの瞳に底の見えぬ悲しみが宿る。しかしすぐに力無い笑みを浮かべ、それを覆い隠してしまった。


『マーヴェルか……マーヴェルは、消えてしまったよ』


「消える……?」


 意味を掴みかねてセレストが呟く。クロベルはゆっくりと頷いた。


『所詮わたしも精霊のひとりであり、マーヴェルも妖精のひとりだからな。たまたま始まりの頃から生きているから“原初の”などと呼ばれているが、いずれ他の精霊や妖精と同じように終わりを迎える。まぁ、マーヴェルは天寿を全うしたわけではなかったが』


 何でもないことのように答え、クロベルは瞳を閉じる。


『マーヴェルはわたしと同じくあの地を好んでいた。だから何とか魔法道具の暴発を止めようとして、けれど結局止められないことがわかったのだろうな。被害を最小限に抑えるために、暴発しようとしている魔法道具の中心に飛び込んでいってしまった。その結果、被害は最小限──魔法都市国家が滅びるのみに留まり、マーヴェルは消滅した』


 静かに語り、閉じていた瞳を開けると、クロベルはセレストとヒューティリアを順に見遣った。


『知ってるか? マールエルの名は、ソルシスがマーヴェルの名を貰い受けて付けた名なんだ』


 今にも泣き出しそうな笑みを浮かべるクロベルに、かける言葉が見つからない。

 クロベルにとってマーヴェルはとても大切な存在だったのだ。それが痛いほど伝わってきて、ヒューティリアは胸が締め付けられた。


『……魔法都市国家が滅びた後。唯一生き延びたソルシスは絶望し、長いことその場から動かなかったと聞いている』


 ぽつりと。セレストやヒューティリアが口を挟む間もなく、クロベルは改めて語り始めた。


『何日もその場から動かなかったソルシスを心配して、周囲の精霊や妖精たちが人のいる場所に行った方がいいと、何度も説得したそうだ。そうして何とかソルシスを人里に向かわせたが、どこも彼の居場所にはなり得なかったのだろう。ソルシスはその後も彷徨い続け、やがてある場所に辿り着いた。それが──』


 辛そうに歪んでいたクロベルの瞳が和らぐ。

 懐かしむように細められたその瞳は、ただひたすら穏やかで──


『それが、この森。フォレノの森だった』


 クロベルは、窓外に広がる森を目で示した。

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