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『子供とのつきあい方 〜終わりの走り書き〜』

 時繰り魔法について、言葉で教えられることは全て教えた。

 セレストはそう考えていたのだが、ヒューティリアからは次々と質問が飛んでくる。その都度セレストは頭を悩ませ、記憶を手繰って出来るだけわかりやすい言葉を選んで答える、といったやり取りが続いていた。


 魔法薬の勉強に関しては、こちらこそ本当に終わりが近い。

 ヒューティリアの飲み込みの早さと確実にものにしていく才能には、セレストも舌を巻いていた。


(師匠がことさらゆっくり教えていたこともあって、俺が免許皆伝に至るまで長い時間を要したのはわかっている。それにしても──)


 この早さは想定外だった。

 比べるべくもなく、ヒューティリアの才能はセレストのそれを上回っている。


(ヒューティリアは今、十五だったか)


 あと一年もすれば、この国の法で定められた成人年齢に達する。その時に正式に独り立ちを勧めるべきかと考え……僅かな躊躇いが生まれた。

 何を躊躇うことがあるのか自分でもよくわからず、セレストは首を捻る。


(……まぁ、同年代に比べたら大人びてはいるが、まだ子供だからな)


 そう自分を納得させて、魔法植物の復習をしているヒューティリアを横目に、ソルシスの手記『子供とのつきあい方』を開く。

 長い時間をかけてようやく手記の解読も終盤に差し掛かっていたのだが、最後の最後、本当に最後の記録が記された箇所が途中から走り書きのようになっており、ソルシスの悪筆に粗雑さが加わって解読に手間取っていた。


 セレストはすでに何度も繰り返している動作──眉間に寄った皺を揉み解す動作を、今一度繰り返す。

 そして改めて解読に挑み始めた。




──────────


◇8年と3日目 秋の月、上旬


 わたしはマールエルに、もう教えることはないと、お前は立派な魔法使いになったと伝えた。

マールエルは喜び半分、戸惑い半分といった様子でわたしの言葉の続きを待っていた。このままここを立ち去るように言われるのか不安に思っているのが、何となくわかった。


 わたしとしても、マールエルが残ってくれるなら有り難い。何せ八年もの間、共に過ごしてきたのだ。マールエルはわたしにとって弟子でもあるが、自分の娘のようにも感じている。そんな娘を手放すことに、寂しさを覚えてもいた。

 これが親心というものだろうか。


 ふと思い立って、わたしはマールエルにわたしの研究を手伝ってくれないかと問いかけた。

 どんな返事がきてもいいと思っての問いだった。嫌ならこのまま旅立てばいいし、ここに残りたいと思ってくれるのであれば、もうしばらくの間、傍にいてくれたら……という気持ちもあった。


 マールエルは、この家に残ることを選んでくれた。

 ならばと、わたしが長年研究していた魔法を完成させるために、力を貸して欲しいと願い出た。マールエルは快く請け負ってくれた。


 わたしの研究している魔法。

 それは、『時繰り魔法』と名付けた魔法だ。その名の通り、時間を繰る魔法。

 主に時を逆巻く方向に希望を見出して考えだした魔法だが、ひとりで考えるのにも限界がきていた。師である自分がいうのもなんだが、マールエルのような優秀な魔法使いが手伝ってくれるのであれば心強い。


──────────




 まともに読めるのはここまでだった。

 この先がどうにも難解で、何度も目が同じ場所をうろついてしまう。




──────────


 時※り※法は、わたしの※人であ※※の※の妖※ヒ※※※※リ※を取り※すため※※え出した※法だ。


──────────




(時繰り魔法は、わたしの恩人であるこの森の妖精……この次のは名前だろうな。その妖精を取り戻すために考え出した魔法だ、と)


 ここ数日の成果として、最初の一文は判読出来ている。

 しかし、続く箇所は想像力を働かせて辛うじてこうではないか、と予測することしか出来なかった。




──────────


 ヒ※※テ※リ※※、森を※った厄※からわた※※庇い、命※※し※。

 わたし※※女を※※せるべく、悩み、※え、そしてようやくこの方※に※※至ったのだ。


──────────




(この妖精の名前は“ヒ”から始まる名前なんだろう。その妖精が、森に何らかの厄をもたらしたものからソルシスを庇い、命を……恐らく、落とした。ソルシスはその妖精を取り戻すために時繰り魔法に至る発想を得た)


 命を落とした妖精を、取り戻す。

 その思想から時繰り魔法が考えだされたというのであれば、ソルシスが時繰り魔法を編み出した真の目的は──


(……思考が飛んでるな。いくらなんでも時間の巻き戻しで命を取り戻すなんてことは──)


 できるわけがない。

 普段のセレストであればそう断言するところだ。しかし、何故か「できない」と断定しようとする思考を何かが邪魔している。

 晴れない思考の中、頭の片隅に針で刺されたような痛みが走り、セレストは顔をしかめた。痛みと共に、記憶に強い引っかかりを覚える。


(またこの感覚か……)


 過去に二度ほど経験したことのある、頭の痛みと記憶の引っかかり。

 そのどちらもが、精霊狩りや妖精狩りの際に発生したものだった。

 しかし、今回は今までとは状況が違う。


(特定の状況で起こる症状ではないということか。一体何なんだ)


 原因を探ろうにも、その頻度の低さときっかけとなりそうな状況が特定できない現状では放置するしかない。

 嘆息して不可解な不快感にきつく目を閉じると、「セレスト?」と声をかけられた。目を開けてみれば、ヒューティリアが心配そうにセレストを見つめている。


「どこか調子が悪いの?」


 心の底から心配している声。

 その声が不安に揺れていることに気付き、セレストは首を横に振った。


「いや……少し目が疲れただけだ」


 状況に合わせたもっともらしい理由を口にして、ソルシスの手記を閉じる。

 すると、強烈な気配がセレストとヒューティリアの間に生まれ出た。


『読むのを諦めるのか?』


 目の前に現れたクロベルの問いに、セレストは『子供とのつきあい方』を軽く持ち上げてみせる。


「もう少し丁寧に書いてくれていたら読む気にもなるんだが。この調子だと、根気よく向き合ったとしても解読にはあと数年かかるだろう」


 走り書き箇所は実に数頁にも渡る。いまだ一頁の半分も判読出来ていない現状を鑑みるに、完全に解読しきるのに相当な時間を要することは想像に難くない。


『そんなに酷いか』


「見るか?」


 セレストが差し出せば、クロベルは『子供とのつきあい方』を受け取ってぱらぱらと目を通し始めた。

 しばらくすると最後の方、セレストが解読に苦戦している辺りでぴたりと手が止まる。


『……これは酷い』


「酷いだろう」


 同意して頷くセレストに、クロベルは『子供とのつきあい方』を返した。それから考え込む。


『折角直筆で書いてあるのに……読ませる気なんてなかったんだろうな。半分母国語に戻っている』


 どうやらソルシスの走り書きは、その半分ほどがこの国の文字ではないらしい。それではどんなに時間をかけたとしても解読しきることなど不可能だろう。

 何せソルシスの母国語と言えば、滅びた都市国家の言葉──今となってはもう、失われた言語だからだ。


 その状況を加味して、クロベルは「仕方がない」と呟く。そしてセレストを、次いでヒューティリアを、順に見据えた。


『ソルシスやマールエルの関係者で、時繰り魔法を知る者にはいつか教えた方がいいだろうと思っていたことがある。どのタイミングがいいか迷っていたが、今がいいだろう』


 内容はソルシスの手記の走り書き箇所とほとんど一緒だ、と前置きして、クロベルは空いているソファーに座った。精霊は実体を持たないので実際に座っているわけではないだろうが、話をする姿勢に入ったことを示すための動作だ。


 セレストとヒューティリアは目配せし合って互いに話を聞く意志があることを確認すると、クロベルに視線を戻す。

 ふたりの視線を受け、クロベルは満足そうに頷いた。


『聞く気になって貰えて良かった。ではさっそく話そう。ソルシスがこの国に来るに至った経緯と、時繰り魔法を考え出すきっかけとなった、小さな妖精の話を』

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