知の賢者が望んだもの
フォレノの森は秋の深まりと共に鮮やかに色付いた葉に覆われ、一年で最も色彩豊かな時期を迎えていた。
はらりはらりと舞い落ちていく赤や黄、茶色の葉が地面を埋め尽くし、絶えず新しい模様の絨毯を作り上げていく。
時刻は昼過ぎ。
魔法の勉強が休みのこの日、ヒューティリアは薄いカーテン越しにその様子を眺めていた。そうして疲れた目を休めると、視線を手元に戻す。
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◆15年と97日目 春の月、初旬
セレストは成長するにつれ、どんどん師匠にそっくりになってきた。
当たり前か。同じ人なんだから。
そう思う反面、容姿がよく似ていようとも全くの別人。そう感じてもいる。
それでも似ているということは、どうしても師匠を思い出すきっかけになってしまう。最近は、夢に師匠が出てくる頻度が上がってきた。
見る夢はいつも大体同じ。私が独り立ちを認められた日の記憶か、私が大きな失敗を犯したあの日の記憶か。
私が独り立ちを認められた日のことは、夢に見ずともちゃんと覚えている。
師匠から、自分が研究している魔法を完成させるために力を貸してくれないかと、初めて頼み事をされたから。それがとても嬉しかったのだ。
詳しく話を聞いてみれば、師匠は私を引き取る以前に恩人を亡くしたのだという。その恩人を、師匠は蘇らせたいのだと。
そのために編み出されたのが時繰り魔法。
今はまだ劣化防止魔法しか完成していないけれど、どうやら師匠は原初の精霊クロベルと旧知の仲らしい。クロベルの協力のもと、時繰り魔法は順調に成果をあげているらしかった。
しかしそれでも望む結果を得るには至っていないらしい。
大きな障害となっているのは、精霊に呼びかけるときの魔法使い側の想像力不足。
時を巻き戻す。その結果、失われた命を蘇らせるという流れがどうしても想像できず、うまく精霊側に伝えられないのだ。
確かにそんなこと……今に至っても、全く想像がつかない。
けれど師匠は私に言った。ひとりで考えていてはどうしても行き詰まってしまう。だから力を貸して欲しいと。もちろん私は師匠の力になれるならと快諾した。
育ててもらった恩もある。独り立ちできるまで根気強く魔法を教えてもらった恩もある。私はまだ、その恩の欠片も返せていないのだ。
どんな些細なことでもいい。師匠の望みが叶えられるのであれば、力になりたいと思った。
結局、私は師匠の望みを叶えられなかったけれど。あの日抱いた思いは、今も息づいている。
だからだろうか。
成長していくセレストを見ていると、少しずつ、受けた恩を返せているような気になってくる。
まだまだ返し切れてはいないけれど。自己満足かも知れないけれど。いつか返し切れる日がくればいいなと……。
成長したセレストを見て師匠を思い出したことで、何となく感傷的になってしまった。
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ヒューティリアは、マールエルの気持ちに共感を覚えた。
もし自分がセレストから頼まれごとをしたらきっと……いや、間違いなく。セレストの願いを叶えようと思うだろうから。
マールエルの手記は基本的にセレストの成長や魔法の習熟具合、今後どのように教えていくかといった方針が書かれているが、時折こうして過去を振り返る記述が見受けられた。
そしてその過去を振り返る記述は必ず、重要な情報を含んでいる。
(時繰り魔法は、失われた命を蘇らせるために考えだされた魔法……)
そんなの、セレストがわからなくても当然だ。
誰もそんなことが実現可能だとは思わない……そもそも、そんなことを実現しようなどと考えすらしない。
(やっぱりソルシスは、私たちとはものの考え方が違うのかも)
とは言っても、セレストもソルシスなわけで。
しかしそのセレストでも、時繰り魔法を考えだしたソルシスの発想にはついていけていなかった。
(だったらセレストは、ソルシスとは別人ってことになるよね……)
同じ結論に辿り着けないのであれば、同じ思考の持ち主ではないということだ。
体は同じ人物のもの。恐らく魂も。けれど、思考の仕方が違う。性格も違う。
ソルシスとセレスト。両方を知るマールエルですら別人だと感じていた。
(だとしたら、ソルシスの身に起きたことは、セレストには関係ない)
そう考えてもいいのではないか。
わざわざセレストに、あなたはかつてソルシスだったのだと伝える必要なんてないんじゃないか。
そもそも何故、伝えるべきだろうかなどと悩んでいたのか。
(あれ?)
ヒューティリアは手記から顔を上げ、首を傾げた。
(伝えなくていいんじゃない? だって、セレストには関係ないんだから──)
しかしそれを言ったら、ヒューティリアだって関係ない。
けれどこうしてマールエルの手記を前にすると、どうしても知らなければならないような気がしてしまうのだ。この感覚には、覚えがある。
(時繰り魔法と同じ……)
何故知らなければならないのか。
答えなど知りたくない疑問が再び浮かび上がってきて、慌てて首を振って振り払う。
そのまま俯き黙り込んでいると、窓の方からコツコツと音がした。
薄いカーテンの向こう、窓の外にはリスを大きくしたような姿を象った精霊がいて、『おーい』と呼びかけてくる。
「どうしたの?」
手記を置き、カーテンを開ける。
するとそこにいた精霊がヒューティリアの顔を見て嬉しそうに笑った。
『ずっと籠ってると病気になっちゃうよ』
『外に出よう! 紅葉が水面に映ってきれいだよ』
気配を探ると、どうやらそこにいるのは精霊だけではないらしい。妖精もヒューティリアを外に連れ出そうと誘いかけてくる。
無邪気な彼らの様子に、ヒューティリアも自然と笑顔を浮かべた。
手記を読んでいるとどうしても重苦しくなりがちな気持ちが、ふわりと浮上するのがわかる。
「すぐ行くから待ってて!」
手記を机の引き出しに仕舞い、近くにいる妖精に見張りを頼む。
部屋を出る時にも部屋の鍵をかけるよう妖精に呼びかけると、ヒューティリアは小走りで庭へと向かうのだった。




