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新たな同居人

『昨日は申し訳なかった』


 翌朝。

 ヒューティリアが身支度を整えて部屋を出ると、リビングと廊下の境目で待ち構えていたクロベルから謝罪を受けた。

 その声はしょげ返っており、一体セレストはどんな仇の取り方をしたのかと気になってくる。


「あたしは大丈夫だから、気にしないで」


『いや……しかしだな』


「気にしないで」


 念を押すように繰り返せば、クロベルは黙り込んでしまった。

 気配があるのでそこにいるのはわかるのだが一体どんな顔をしているのかがわからず、強く言い過ぎただろうかと不安になる。


「あの……」


 どうしよう、と迷いながら声をかけてみたが、その声はクロベルの『そうだ!』という声にかき消された。


『ヒューティリアにも精霊の祝福を施せばいいんじゃないか! 名案だ!!』


「名案なわけあるか」


 己の閃きを自画自賛するクロベルを再び叩き落としたのは、セレストの否定の言葉だった。

 声の方を見遣れば、リビング側からセレストが顔を覗かせている。


「いいか。精霊や妖精の姿が視えるということは、常に視界の端をちょろちょろと動き回られて集中力を乱されるということだ。それに、精霊狩りや妖精狩りで奪われた核がどういうものなのか、一度でも目にしてみろ。夢に出てくる」


 あまりの言い種にクロベルどころかヒューティリアもぽかんと口を開けてしまったが、続けられた言葉にヒューティリアは表情を失くす。

 つまりセレストは、一度見ただけでも夢に出てくるようなものをこれまで目にしてきたのだと。そう捉えたのだ。


 そんなヒューティリアの反応を見て、セレストは自分の失言に気が付いた。知らせる必要のない情報を知らせてしまったと、口を噤む。

 しかしクロベルにはそんな配慮などあろうはずもなく。


『そうか……確かに、あれは酷いよな。わかった、祝福の件はもう少し考えよう』


「やめるんじゃないのか」


『何故? お前の弟子はすでに祝福を受ける資格をもっているだろう?』


 心底やめる理由がわからないと言った様子のクロベルに、セレストは眉間に皺を寄せた。


「……これだから精霊は」


 ぼそりと零すと、リビング側に顔を引っ込める。朝食の支度をするためにキッチンに向かったのだろう。慌ててヒューティリアもあとを追う。


「ねぇ、祝福って……」


 セレストに声をかけながらも、以前、風の精霊から聞かされた話を思い出す。


 ──精霊の祝福、妖精の祝福とは、本来見えるはずのないそれぞれの種族の姿を視る目と、それぞれの種族の小さな声すら拾い上げられる耳が与えられる──


 風の精霊はそう言っていた。それに。


 ──祝福を持つということは、多くの同族だけでなく王も認めた存在ということになる。そんな存在から力を貸してくれと言われら我々は喜んで力を貸すし、安心して傍にいることもできるというわけだ──


 風の精霊の言葉を思い出すに、悪いことなどないように思えた。けれど、セレストの口振りだとどうやらそうでもないようだ。

 特に、精霊狩りや妖精狩りで奪われた核は、見るに耐えないものだと言外に言っていた。

 どうしてもそれが気になったのだが、セレストはヒューティリアを一瞥すると、すぐに正面に向き直ってしまう。


「見えればいいというものでもない。確かに精霊や妖精たちから力を借りる上では有り難い力ではあるが、時々、この力は本当に必要なものなのだろうかと思うことがある。人には過ぎたものなんじゃないかとも」


 セレストはいつもの平坦な声音で話しているが、これまで祝福に関して悩むこともあったのだろう。

 告げられた言葉からそれが察せられて、ヒューティリアは浮かび上がった疑問を形にするための言葉を探す。


「……セレストは、精霊や妖精の姿が視えるのは、嫌?」


 結局いい言葉が見つけられず、直接的な言葉で問いかける。するとセレストが急に立ち止まった。

 その背中にぶつかる寸前でヒューティリアも立ち止まると、セレストの後頭部を見上げる。微動だにしないことから考え込んでいるのだろうと予測して、返答を待つ。


「……嫌ではないが……何故、とは思う」


 小さく答えを残して、セレストは食料庫に入っていった。その背中を見送っていると、隣にクロベルの気配が寄ってくる。


『まぁ、ただの人間にわたしたちからの絶大な信頼なんてものは重いんだろうなぁ』


「わかってて、祝福をあげたの?」


『わからなくて、祝福を与えたんだ。知ってるか? 精霊や妖精から祝福を与えられた人間は、過去にさかのぼっても数えるほどしかいない』


 そんなもの、知るわけがない。

 ヒューティリアの心情はその顔にありありと浮かんでおり、クロベルはくっくっと喉を鳴らして笑った。


『だからセレストと出会うまで、祝福が喜ばれるばかりの力ではないとは知らなかったんだ。これまでの祝福持ちは喜びこそすれ、不要なのではと悩むことなどなかったからな。だからこそ、今後は祝福を与えるのも慎重になるべきなのだろう。しかし気に入った人間のことをどうしても仲間に知らせたくなるのが精霊や妖精の性分でな』


 ヒューティリアはクロベルのこの言葉を聞いて、精霊や妖精が人間に祝福を与える理由がわかった気がした。

 彼らはただ、人間が好きなのだ。だから力を貸し、共に過ごしたいと願い、姿も声も互いに認識できるようにしたいと思ってしまうのだ。

 しかし安易にそうする訳にもいかず、相手を見極めなければいけない。そうして見極め、この人ならばと王からも選ばれた人間に祝福を与える。


「……何だか羨ましいな」


 ヒューティリアは小さな笑みを浮かべて半ば無意識に告げると、セレストを追って食料庫に入る。

 その姿をクロベルが思案気に眺めていたことになど、気付きもせずに。






『これから時繰り魔法を学ぶんだろう? となれば当然、わたしか他の原初の精霊の力が必要になるわけだ』


 朝食を終え、泉の畔でセレストがライアーを、ヒューティリアがフルートを奏でていると、唐突にクロベルが語りだした。

 思わずセレストもヒューティリアも演奏の手を止め、クロベルに注目する。森の精霊や妖精たちも、原初の精霊の突然の登場に驚き、すっかり静まり返っている。


『しかし他の原初の精霊たちは、いま忙しくしててな。こうしてふらつてるのはわたしくらいのものだ』


「手伝わないのか」


『その辺は人間と同じだ。領分ってものがある』


 もっともらしく言い放つクロベル。

 セレストは再び口を噤んだ。クロベルが何を言いたいのかを薄々察して、複雑な表情を浮かべている。


『まぁそんなわけだから、時繰り魔法の練習をするにはわたしを頼る他ないな? てことで、わたしはヒューティリアの人と形を見るために、この家に厄介になろうと考えたわけだ』


 流れるように語り続けるクロベルに、ヒューティリアがセレストとはまた別の意味で複雑な表情を浮かべた。


「つまり、あたしがクロベルに認めてもらえないと、時繰り魔法の練習はできないってことだよね……?」


『そうなるな』


 ご明察と言わんばかりに頷くクロベルに、今度はセレストが「祝福まで与えようとしていたくせに、よく言う」とぼそりと呟く。

 ヒューティリアには聞こえていなかったが、聞こえていたクロベルもセレストの言葉を無視して結論を告げた。


『てことで、今日から厄介になる。よろしくな』


 複雑な表情のまま顔を見合わせるセレストとヒューティリア。

 沈黙する森の精霊や妖精たち。


 そんな中、場違いなまでに明るいクロベルの声だけが、静寂に沈む森の中に響いたのだった。

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