束の間の滞在
王都への旅路は順調に進み、セレストの手助けを得たムルクは無事任務を果たし王都に帰還した。
王都に入る門の前では、一昨年、昨年に引き続きセレストの通行証を確認した門番がピッと背筋を伸ばすと、「セレスト殿! どうぞお通りください!」と敬礼とともに見送ってくれる。
「相変わらずだなぁ」
「あれは一体なんなんだ」
苦笑うムルクに対して怪訝な視線を向けるセレスト。
どうやら門番のあの態度の意味は、セレスト自身も理解できていなかったようだ。
「あれは、あれだろう。お前への敬意」
「何故」
「お前……門番も含めて、一体どれだけの兵士や魔法師団の団員が精霊狩りや妖精狩りに奔走させられてると思ってるんだよ。その相当件数を片付けてくれていたお前に、敬意を払わない兵や魔法師団団員はいないって……あっ、いるか。貴族連中が」
憤慨するように腕を組み、眉尻を吊り上げて口をへの字に曲げるムルクに対し、セレストは「ああ」と何とも気の抜けた声を返した。
「そういえば、その後はどうなんだ?」
ムルクの怒りなど気にした風もなく、問いかける。
その問いの意味が理解できず、ムルクはセレストを振り返って目を瞬かせた。
「へ?」
「精霊狩りとか妖精狩りは、その後も続いてるの?」
不足しているセレストの言葉を補うようにヒューティリアが重ねて問いかければ、ムルクもそういうことかと納得して、しかし表情は険しいものへと変えた。
「減ってはいる。が、なくなりはしない……と言ったところだな」
「うまみが消えないとどうにもならないか」
「そういうことだ」
どちらも難しい顔で黙り込む。
そんなふたりを見上げ、ヒューティリアも考え込む。
精霊狩りや妖精狩りは、彼らの核を狙って起こるものだ。
精霊や妖精の核は美しく、同時に多くの魔力を含んでおり、宝飾品にされたり魔法道具の材料として使用されたりする。
自然に命を終えた精霊や妖精の核であれば取得者にその所有の権利が発生し、どのように扱っても咎はない。しかし、敢えて命を奪うような手段を用いた場合は、厳罰をもって処される。
それがわかっていても尚、精霊狩りや妖精狩りはなくならない。何故ならば、彼らの核を欲しがる人間が、後を絶たないからだ。
つい暗い顔で俯いていると、いつの間にかムルクの自宅に到着していた。
ムルクが帰ることは事前に知らされていたようで、ノッカーを叩くと間もなくパタパタと足音が聞こえてくる。足音が扉の前に到着するのを待って、ムルクが「ただいま」と声をかければ家の内側から扉が開かれた。
現れたのは、小柄な女性。ムルクの妻、イナだった。ムルクの顔を見るなり、嬉しそうに表情を綻ばせる。
「おかえりなさい!」
喜びが全面に押し出された声。そして表情。
思わずヒューティリアはムルクを見上げた。
ムルクは照れたような顔で、やはりこちらも表情を綻ばせている。
「長いこと留守にして悪かったな」
「無事に帰ってきてくれさえすればいいのよ」
そんなやり取りを見ているのがいたたまれなくなって、今度はセレストへと視線を移す。すると、セレストは何やら考え込んでいるようだった。
どうしたのだろうと首を傾げると、こちらの視線に気付いたセレストがひとつ頷く。
「セレストさん、ヒューティリアちゃん。お久しぶり」
ようやくふたりの世界から戻ってきたらしいイナが声をかけてきたところでセレストはそちらを振り返り、軽く頭を下げた。
「お久しぶりです。今日はご挨拶に伺っただけですので、このまま失礼させて頂きます」
「えっ……おい、セレスト?」
さっと踵を返したセレストを、慌ててムルクが呼び止める。セレストはムルクを振り返り、淡々と「滞在は五日間。二年前に使っていた宿辺りにいる」とだけ告げて歩き出した。もし用があるならそちらから来い、ということだろう。
ヒューティリアも慌ててイナに「お久しぶりです。それでは、また今度!」と声をかけてセレストに続く。
「やっぱり、居辛いよね」
ムルク宅から充分離れてからヒューティリアがぽつりと漏らすと、セレストも「そういうことだ」とだけ返す。いくらセレストが他人の心情に無頓着とは言え、全く気遣えないわけではないのだ。
そのままふたりは二年前に滞在した宿で部屋を確保すると、近場の食事処で夕食を済ませた。
その後は王都に来た目的──王都でしか入手できない物品を購入すべく、夕食時を過ぎても開かれている商店を見て回った。
翌日の夕刻。
昼間に買い物を済ませて宿で一休みしていると、ムルクがふたりを訪ねてきた。
その手には、以前にも見たことのある豪奢な刺繍が施された袋と、良質な紙が使用された書状。
「この度は我々王国魔法師団への多大なる助力を頂き、心より感謝申し上げる。こちらの感謝状と謝礼を、是非とも受け取って頂きたい」
「……有り難く頂戴いたします」
ムルクを出迎えたセレストは、ムルクから差し出された書状と袋を渋々受け取った。
袋の重みに顔を顰め、小さく「この国の財政は一体どうなってるんだ」とぼやく。
「だってよぉ、団長がこれくらいが妥当だって言うから」
どうやらセレストと同じ感想を抱いたらしいムルクは、懐からセレストが持つものと同じ袋を取り出した。
「俺の方なんて業務の一環なのに、これじゃ報賞金だよなぁ」
「働きのいい団員に対する報賞は以前からあったが、外部にまでこの額を出すのか」
「外部だからじゃねぇの?」
はぁ、と、ふたり揃ってため息を吐くと、ムルクが「あっ」と声を上げた。
「そう言えば、なんで昨日は急に帰ったんだよー。イナが気にしてたぞ」
「それは……」
複雑な表情でセレストはヒューティリアを振り返る。目が合ったヒューティリアも真剣な顔で頷いた。
「だって、イナさんとは久々の再会だったんでしょ? 夫婦水入らずで過ごすようなときにお邪魔するのは、新婚のお宅にお邪魔するのと同じかそれ以上に気まずかったんだもの」
「はぁ」
ヒューティリアの言い分に、ムルクは気の抜けた声を漏らす。
それ以上どう反応したらいいのかわからなかったのだろう。黙り込んでしまったムルクを部屋から追い出しながら、セレストは「用事が早く済みそうだから、明後日には発つ」と告げた。
「明後日ぇっ!? 五日間の滞在って言ってなかったか!?」
「用がないのにいつまでも王都に留まる理由はない。家の方も不在にする期間は短い方がいいし、戻ったら戻ったでやることはたくさんある」
「片道に半月もかかる距離なんだぞ!? 観光もなしかよ」
「見るべきところがあるとは思わないが」
「あるだろ、たくさん!」
「思い当たらない。もういいから帰れ」
いつもの調子で言い合うふたりに、ついヒューティリアは吹き出して笑ってしまった。
全く性格が違うのに、何なら意見すら食い違っているのに、どうしてこうも息が合っているのだろうかと思ったら笑えてきたのだ。
くすくすと笑うヒューティリアの声に、温度差のある言葉の応酬を繰り広げていたおとなふたりは言い合いを止め、振り返った。どちらも何故笑われているのか分からない様子で、どことなく間の抜けた顔をしている。
それが更にヒューティリアの笑いを誘った。
「どうした? ヒューティリア」
問いかけてきたのはムルクだった。
ヒューティリアは何とか笑いを収めようと、きゅっと口を引き結んでふたりから目を逸らす。
「だって……あまりにも仲がいいからおかしくて」
「仲がいいわけあるか」
「それのどこがおかしいんだよ!?」
ヒューティリアの答えに対し、ほぼ同時に全く異なる反応を返すふたりに堪え切れず、ヒューティリアは再度笑い出す。
やがてムルクもつられたように笑い出したが、セレストだけは最後まで釈然としない表情で笑うふたりを眺めていた。




