手紙
王都に発つ予定を翌日に控えたこの日。旅支度を進めるセレストの許に、一通の手紙が届けられた。
「いやぁ、冬に入ってすぐに村までは届いていたんだが、まさかの雪で足止めされてなぁ。すっかり遅くなってしまって申し訳ない」
言葉通り、申し訳なさそうに眉尻を下げながら手紙を差し出してきたのはレグ。何でも屋のレグは人里離れた場所にある、この家宛の品の配達を請け負ってくれていた。
元々この家への届け物は少なく、基本的に急ぎのもの以外は村で保管してもらい、この家の人間が村に出た際に引き渡してもらっている。
しかし、稀に急ぎ届けてもらいたいものが発生したり、今回のように引き取りに行けないまま長期的に保管され続けていると、レグが家まで届けてくれるのだ。
「いえ。わざわざありがとうございます」
この辺は持ちつ持たれつで、特に金銭のやり取りはしない。そもそも、金銭や物品で謝礼をしようとするとレグから怒られる。
なので礼を言うに留めて、差し出された手紙を受け取った。
「レグさん、道は大丈夫だった?」
セレストの横から顔を出したヒューティリアが問いかけると、レグはニカッと笑みを浮かべる。
「それはもうぬかるんでぬかるんで凄かったな! でもこれくらいなら問題ない。なぁ、セレストくん」
近々整えてくれるんだろう? という言外の言葉にセレストは頷いた。
「明日、王都に向けて出立するつもりなのでその時にでも整えます。そのまま道中も道を整えながら行くと、居候が言っていましたので」
「居候?」
淡々としたセレストの物言いにヒューティリアはつい吹き出してしまい、一方でレグが首を傾げる。
当のムルクは会話が聞こえていないのかこちらに背を向けたまま、リビングのソファーに座って荷物の最終確認をしていた。
その大きな背中を、ヒューティリアが横目で示す。
「王国魔法師団の人で、セレストのお友達なの」
ヒューティリアの紹介にセレストが眉間に皺を寄せるも、レグは興味深げに「へぇ!」と声を上げて室内を覗き込んだ。
「冬の初めに見慣れない人が村を通って行ったとは聞いていたけど、王国魔法師団の人だったのか」
なるほど、なるほど。と、しきりに頷いてからレグは改めてセレストと向かい合う。
「そういうことなら、俺の仕事にも関わることだ。エメネの町まででよければ送っていこう」
「それは……助かります」
「任せとけって! じゃあ明日、馬車の用意をして待ってるから」
「よろしくお願いします」
ドンと胸を叩いて請け合ったレグを見送り、手紙の宛名と差出人を確認する。
「誰から?」
何気なくヒューティリアから問われ、セレストは表情を変えることなく差出人の名を告げた。
「エインさんからだ」
セレストはダイニングの椅子に腰掛け、長らくクルーエ村で止まっていたという手紙を開封した。
その隣には、差出人がエインであると知って手紙の内容が気になって仕方がない様子のヒューティリアが張り付いている。
「……どうやら奥方が無事に目を覚まして、順調に快方に向かっているそうだ」
さっと目を通すなりそう告げると、セレストは手紙そのものをヒューティリアに差し出す。
ヒューティリアは手紙を受け取りながら、ふと、かつて同じように手紙を差し出されたときのことを思い出した。
あれは、セレストと出会った日のこと。
セレスト宛に書かれたマールエルの手紙を差し出され、けれど当時のヒューティリアは文字が読めなかったので、結局セレストに内容を読み上げてもらったのだ。
あの時は手紙を差し出されて困惑したものだが、今はもう問題なく文字を読むことができる。
そのことに気付いた途端、これまで意識してこなかった「自分にできることが増えている」という事実をじんわりと実感した。
何となく嬉しくなって、口許を綻ばせながら手渡された手紙を開く。
そこにはセレストが言った通り、エインの奥方があのあと無事に目を覚ましたこと。時間の経過とともに快方に向かい、今では元気にお喋りができるようになったということが丁寧な文字で書かれており、最後にセレストへの感謝の意が記されていた。
更に口許を緩めていると、不思議そうな声で「そんなに嬉しいか」と問われる。
手紙から声の主、セレストの方へ視線を移すと、ヒューティリアは「ふふ」と笑い声をあげた。
「うん。エインさんの奥さんが元気になって嬉しいよ。でもそれ以上に、セレストがこうして感謝されていることが嬉しいの」
益々不思議そうな表情を深めるセレストに、ヒューティリアは丁寧に畳み直した手紙を返す。
自分でも何故それがこんなにも嬉しいのかわからないが、嬉しいものは嬉しいのだ。
「おーい、セレスト。保存食はどれくらい持ってくつもりなんだ?」
自分の荷物を荷袋に詰めていたムルクが問いを投げてくる。それに応じるように、セレストは席を立った。
「保存食は乗り合い馬車の乗り継ぎ地点でも買い足すから、あまり持って行く必要はないだろう。万が一に備えて多めには持って行くが──」
そう答える声が、食料庫へと消えていく。
セレストに続いて食料庫に向かうムルクの背中を見送り、ヒューティリアは書棚を振り返った。
棚を埋め尽くす、多種多様な本たち。その一角に並ぶ、魔法に関する本。
そこをじっと見つめながら、あるひとつの思いを強くする。
(あたしもいつか立派な魔法使いになって、セレストみたいに誰かを助けられるようになりたい)
そこに並ぶ本のほとんどは『偉大なる魔法使い』であり『書の賢者』と呼ばれるマールエルの本ではあるけれど。
ヒューティリアが目指す魔法使い像が、セレスト以外の誰かに変わることはなかった。




