庇護者
呟く声に導かれるように、室内にいる全員の視線が赤髪の男性に集中した。
当の男性は自ら零した言葉に驚き、小さく首を振る。
「そんなわけがない。そもそも姉ちゃんが生きてたら俺より年上なはずだし。他人の空似か……。それにしても、似てる」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら改めてヒューティリアを見つめた赤髪の男性の目には、悲しみと後悔が強く滲んでいた。
決して自分を害するような人ではない。
それはその目を見れば何となくわかるのに、それでも父にそっくりな人物に見られていることが抗えない恐怖となってヒューティリアに襲いかかり、身を震わせる。
一方、ヒューティリアの尋常ではない怯えように気付いたセレストは首を傾げた。真っ青な顔で、レグに支えられてやっと立っているような状態のヒューティリアにゆっくりと近付く。
正面に立たれ、視界が遮られたことでようやく意識を反らすことができたのだろう。弾かれたように見上げてきた弟子を見下ろすと、怯えきった瞳とかちあった。
「……」
ほんの瞬きほどの時間、何か言葉をかけるべきだろうかと考えた。しかし何も思い浮かばず、落ち着かせるようにヒューティリアの頭に軽く触れる。
途端に、ヒューティリアがセレストにしがみついた。唐突だったため驚きはしたものの、しっかり受け止め、宥めるように弟子の背中を優しく叩く。
たったそれだけのこと。
しかし大きな安心感に包まれたヒューティリアは、先ほどまで全身を満たしていた恐怖が薄れていくのを感じていた。強張っていた体から自然と力が抜けていく。
そうして弟子の表情が幾分か和らいだのを確認すると、セレストはチレン村の医者と赤髪の男性を振り返った。
「金額に同意して頂ければ、すぐにでも薬を作りに戻ります」
そう前置きをして、セレストは赤髪の男性に魔法薬の金額を伝える。
赤髪の男性は告げられた金額に一瞬息を呑んだが、すぐに「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「なぁ、エイン。魔法薬はどうしても作成に日数がかかる。そのことも、了承してもらえるな?」
レグが赤髪の男性に静かに問いかけると、その意味を正しく理解した赤髪の男性……エインは「勿論だ」と答えた。
その会話をセレストにしがみつきながら聞いていたヒューティリアは、わずかに視線を動かして赤髪の男性を見る。そして小さく「エイン……?」と囁いたが、その声は誰の耳にも届くことはなかった。
発注同意書を受け取って帰宅するなり、セレストは薬草庫で必要な材料を集め始めた。
クルーエ村を出てから現在に至るまで会話がない状態が続いているが、それはセレストの口数の少なさが原因ではなく、ヒューティリアの方がぼんやりとしているからだ。
「大丈夫か?」
そんな弟子の様子を横目に確認し、手を止めることなく問いかける。問われたヒューティリアはわずかに体を揺らした。
「うん……大丈夫」
全く大丈夫そうではない様子に隠すことなくため息を落とすと、セレストはヒューティリアを促して調合部屋に移動した。
「今回作るのは複雑な手順が必要な魔法薬だが、折角の機会だ。無理に覚えようとしなくていいから見ているように」
「わかった」
ヒューティリアが頷き、セレストは妖精たちに呼びかける。
すぐに周囲に妖精たちが集まり、セレストの指示のもと、魔法薬作りが始まった。
魔法薬は完成までに五日を要した。
出来上がった瓶詰めの魔法薬を厳重に布でくるんでかばんに詰め、セレストとヒューティリアは急ぎクルーエ村に向かった。
先日の様子から無理についてくる必要はないと伝えたが、ヒューティリアは頑なについていくと言い張り、ふたり連れ立って村に到着する。
「ヒューちゃん!」
村に入るなり、ヒューティリアの姿を見つけたソーノが笑顔で駆け寄ってくる。
しかしヒューティリアは真剣な表情を浮かべ、「ごめんね、ソーノ。今日はセレストについていきたいの」と告げた。
ソーノは一瞬きょとんとしたものの、ヒューティリアの様子から何かを感じ取ったのだろう。しっかりと頷き、「わかった。またね」と手を振り見送ってくれた。
「別についてこなくても──」
「絶対についてくから」
頑として聞く様子のないヒューティリアに閉口しつつ、セレストは医者宅の扉をノックする。
すぐさま扉が開かれ、クルーエ村の医者が出迎えた。チレン村の医者はすでに自分の村に戻ったらしく、そのままクルーエ村の医者に案内される。
「容態は?」
「悪化はしてるが、なんとかもっている」
セレストの問いに答える医者の声は緊迫していた。
恐らく命の期限には間に合ったのだろう。しかしきっと、あまり猶予はない。
案内され辿り着いた病室に入ると、ベッド脇の椅子に座っていたエインが立ち上がった。
あまり眠れていないのだろう。見るからに憔悴している。
「お待たせしました」
「いえ、ありがとうございます」
セレストとの短いやり取りを終えると、エインはふとヒューティリアの方へ顔を振り向けた。視線に気付いたヒューティリアは反射的にセレストの影に隠れる。
沈痛な表情を浮かべるエインの傍らでは、ふたりの間に立つ形になったセレストが医者と魔法薬の扱いについて言葉を交わしていた。
そしてあらかじめ用意されていた、エインのサインが入った受領書と引き換えに魔法薬の入った瓶を手渡す。
魔法薬を受け取った医者はさっそく魔法薬を患者に飲ませた。
液体状の薬が、薄く開かれている患者の唇からゆっくり口内へと流れ込んでいく。
「薬の効果が出るまで時間がかかる。少し様子を見よう」
そう言い残して部屋を出て行く医者を見送ると、セレストは改めてエインに向き直った。
「しばらくは医師に対応して貰いますが、容体が安定し次第家族の方に薬を飲ませて貰うことになります。方法は、液体状の薬なので水を飲ませる要領で、朝と晩に付属の瓶の蓋一杯分の量をゆっくりと飲ませてください。喉に到達する前に気体に変わるので、寝かせたまま飲ませても問題ありません。十日間様子をみて、それでも目覚めない場合は改めて医師の診断を受けてください」
「わかりました。……あの」
説明を受けて了承したエインは、再びヒューティリアに視線を移した。
あまりにも何度も見られるので、段々とヒューティリアもその視線の意味が気になり始める。そっとセレストの影から様子をうかがうと、エインが痛みを堪えるような笑みを向けてきた。
「お嬢ちゃん、名前を聞いてもいいかな?」
思いがけない問いに、びくりと肩を揺らす。
しかし初対面の時に比べ恐怖心が大分薄らいでおり、小さく「ヒューティリア」と答えることができた。
その名を聞いて、エインはどこかほっとした表情で「そうか」と頷く。
明らかな安堵。けれどそこには微かに落胆のようなものも見受けられた。
「……先日から気になっていたのですが、私の弟子はエインさんの知り合いのかたにでも似ているんですか?」
そんなエインの様子が気にかかったセレストは、単刀直入に問いかける。
同じ疑問を抱いていたヒューティリアもエインを見上げた。
ふたりの視線を受け、エインは身を硬くした。何か言おうと口を開いては閉じ、口を開いては閉じを繰り返す。
やがて縋るようにベッドの上で眠る伴侶へと顔を向けると、そのまま身動ぎひとつしなくなったが──
「……えぇ」
ぽつりと、肯定の頷きと共に静寂を破る。
そして意を決したようにセレストとヒューティリアに向き直った。その顔にはもう、迷いはない。
「おっしゃる通り、そのお嬢ちゃんはよく似ているんです。かつて──」
そこで一度言葉を切り、大きく息を吸い込む。
この先を語るには大きな覚悟が必要だと言わんばかりの様子に、ヒューティリアは嫌な予感を覚える。
しかしそんなヒューティリアの心境になど気づくはずもなく、意を決したエインが続きを口にした。
「──かつて俺の両親が占者に騙され、森に置き去りにした……俺の姉に、よく似ている」
この言葉に、ヒューティリアの心臓が一際強く、嫌な音を立てた。




