衝撃
それは、森の木々が鮮やかに色付き始めて間もない日のことだった。
「セレストくん! いるか!?」
室内で菓子作りをしていたセレストとヒューティリアは、戸外から聞こえてきた大きな声に振り返った。
ふたりの視線の先で玄関扉が何度かノックされ、再び「セレストくん!」と呼びかけられる。
どう聞いてもレグの声だ。
セレストとヒューティリアは一度顔を見合せ、玄関扉の近くにいたヒューティリアがレグを出迎える。すると扉の向こうに立っていたレグが安堵の表情を浮かべた。
「どうかしたんですか?」
レグのあまりの焦りようと、在宅であることへの極端なまでの安堵の様子を目にして、セレストは挨拶より先に事情を聞くことにした。
「それが、チレン村から急病人が運ばれて来たんだが、一刻も早く魔法薬が必要らしくてな。すでに病人の女性は意識がない状態で、付き添って来た医者からも病状の進行が早いから急いで欲しいと……」
そう説明したレグは、焦る気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐き出した。
「その病人っていうのが、仕事仲間の奥方で……。俺としてもなんとか助けて欲しいんだ」
「わかりました」
セレストは頷くと片付けをヒューティリアに任せ、レグから患者の病名を聞き出す。病名から作成する魔法薬を特定して必要な材料が揃っていることを頭の中で確認し、価格を口にした。
少し高額な魔法薬だったためレグは告げられた価格に驚いたものの、その仕事仲間であれば支払えるだろうと答える。
ただ、急なことだったので診断書と発注同意書は現在作成中であり、一度村まで出向いて診断書と発注同意書を入手しなければならない状態だという。
そんなやりとりをしているうちにヒューティリアも片付けを済ませ、ふたりのもとに駆け寄った。
周囲では菓子をもらい損ねた妖精たちが残念そうにしているが、魔法薬を作るということは魔力を得られる機会でもあるので文句までは出なかった。
「では行きましょう」
ヒューティリアが火の始末を終えていることを確認すると、セレストは立ち上がる。
レグとヒューティリアもセレストに続いて家を出た。
急ぎ足で森を抜け、クルーエ村に到着する。そのまま村医者の家へ直行し、患者と対面した。
患者は中年の女性で、レグの説明通り意識がない状態だった。
女性の傍らには付き添ってきたチレン村の医者と伴侶らしき男性がおり、男性は祈るように女性の手を握って深く俯いている。
「セレスト=ルゼルシスと申します。話は聞いていますが、念のため患者の病名を確認させてください」
開口一番、セレストは迷わずチレン村の医者に声をかけた。時間が惜しいと聞いているので簡単に名乗り、単刀直入に切り出す。
一方で耳慣れない名乗りにヒューティリアは首を傾げた。
「おぉ、お待ちしておりました。こちらが診断書です。病名について改めて説明しますと──」
セレストとチレン村の医者が詳細な話を詰めていく傍らで、ヒューティリアは小さくレグの袖を引いた。
レグが大きな体を屈めてヒューティリアに目線を合わせる。
「どうした?」
「セレストって家名を持ってるの?」
今まで耳にする機会がなかったセレストの名乗りについて問うと、レグは「ああ」と頷いた。
「家名と言うか……セレストくんが名乗ったルゼルシスというのは、セレストくんの魔法使いとしての称号だ」
「称号?」
「そう。身元を証明する家名と同じようなものだが、厳密には違う。この国では貴族や名家でもない限り家名を持たないだろう? だが例外的に、称号という形で家名に代わる一代限りの名を国王から贈られることがある。例えば、国王から直接報奨が与えられるような大きな手柄を立てたときとかにな」
レグが言うように、ガシュレン王国で家名を持つのは国が認めた貴族や名家のみ。一般的な国民に家名は存在しない。
セレストが書の賢者・マールエルの養い子であることを思えば、その身分が貴族でも名家の跡取りでもないことは明白。
となればセレストが名乗った「ルゼルシス」は、過去に大きな手柄を立てたことにより国王から贈られた称号ということになる。
そんな話をレグから聞いていると、ふと視界の端で何かが動いた。
反射的にそちらを見遣れば、ずっと俯いていた患者の伴侶らしき男性が顔を上げ、セレストを見、続いてヒューティリアへと視線を動かし──
男性の顔を見た瞬間、ヒューティリアは凍りついた。
同時に、男性の方も目を見開く。
「あ……」
急激に喉が渇いて、声が掠れる。
微かな震えが徐々に大きくなり、脳裏に十歳の誕生日に起きた悪夢がフラッシュバックした。
目の前の男性は、あの日無理矢理ヒューティリアを馬車に乗せ、森に捨てて去っていった父親と瓜二つだった。
足が震え、力が入らなくなる。まっすぐ立っていられず、ふらついたところをレグが支えてくれた。
大丈夫かと問いかけてくるレグの声が遠い。まるであの悪夢の続きを見ているような、ここが現実ではないような感覚。
それでも目だけはこの現実に縫いとめられ、男性を凝視し続けた。
しかし、そこでふと気付く。
髪の色が違う、と。
父は限りなく茶色に近い赤茶だったが、目の前の男性はヒューティリアほどではないにせよ、見事な赤髪だった。所々白髪が混じっているが、燃えるような赤髪であることは一目瞭然。
(違う。この人は違う)
ヒューティリアは自らに強く言い聞かせた。
けれどその一方で。
「姉ちゃん……?」
ヒューティリアを目にした男性は、呻くように小さく呟いた。




