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自信

 魔法薬の作り方を教わる上で、教えを受ける弟子は国への登録をせずに魔法薬を作ることになる。

 それは問題ないのだろうか。


 ふとそんなことを疑問に思ったヒューティリアがセレストに問えば、あっさりと「問題ない」と返されてしまった。


「なんで?」

「そういう決まりだ。弟子に魔法薬を教える上で必要なのは、師となる者が魔法薬に関する各種登録を行っていること。あとは罰則含む知識を確実に教え、弟子が作った魔法薬は師となる者が責任を持って扱うこと。これさえ守っていれば問題ない」


 国への登録は独り立ちさせる前に済ませればいいのだと付け加えて、必要な器具を端から説明していく。

 あまりにも数が多く使いこなせるか不安になったものの、追い追い覚えていけばいいと言われたのでほっと息を吐いた。


「魔法薬を作る際、魔法使いは作る魔法薬の選定と魔法植物の育成・加工・保管、器具の維持管理。更に魔法薬を作成する上で妖精たちに魔力を渡す必要がある」

「や、やることが一杯あるんだね……」

「慣れれば何ということもない。それに、妖精たちが補佐してくれる」


『そのぶん魔力を貰うけどね!』

『ぼくらは魔力を貰わないと物に触れないからね』

『それに、魔法薬を作るときは魔力とは違う、わたしたちにしか使えない力も必要だしね』


 一気に周囲が賑わい、並べられた器具がふわふわと宙に浮いた。


『それで、今日はどの魔法薬を作るの?』


「基礎の魔法薬と言えば、やはり傷薬だろう」


『そうだね』


 妖精たちとそんなやりとりをしているセレストを、ヒューティリアは意外そうな表情で見上げた。


「魔法薬に傷薬もあるの?」

「ある。傷の治りが早く、傷痕も残らない薬だ」

「へぇ!」


 確かに、普通の傷薬より治りが早くて傷痕が残らないのであれば需要もあるだろう。

 ヒューティリアも怪我をしたときはピリピリとした痛みに耐えながら早く治って欲しいと願っているので、そんな傷薬があるのなら欲しいと思う。


 ……が、この家に来てからそのような傷薬にお目にかかった記憶はないように思う。


「……ちなみに、その傷薬って最低額はいくらなの?」

「金貨十枚だ」


 そう言いながらセレストは手の平に乗る大きさの、小さな丸い容器を示す。つまりその容器に入る量で金貨十枚。

 貧しい家庭の収入はひと月で金貨十枚未満。クルーエ村の一般家庭だと、レグやソーノの家のような特種な職業を除けば、ひと月の平均収入は金貨二十枚くらいだろうか。

 それを思えば、決して安くない値段……いや、いくら効果の高いものとは言え、たかが傷薬に金貨十枚はそうそう手が出ない。


「まぁ、傷薬程度なら医師の診断がなくても売るのに不安はないし、魔法薬を扱う店舗に売り込めばいい収入にもなる。貴族が多く住む都市部なら購入者も多いし、独り立ちしたあともこれが作れるだけで充分生活していけるだろう」


 この言葉に、ヒューティリアははっとする。


 ──魔法を覚えたら、ひとりでも生きていける?


 かつて自分がセレストに問いかけた言葉。

 忘れかけていた記憶が鮮明に蘇り、思わずセレストを見つめた。

 視線を感じてか、セレストもヒューティリアを見下ろす。


 しかし目が合うなり、何を思ってセレストを見たのか自分でもよく理解していないヒューティリアは、口を半開きにしたまま固まってしまった。

 何か言いたげだったにも関わらず微動だにしなくなった弟子に、セレストは眉間に皺を寄せながら僅かに首を傾いだ。


「──あ、あのっ……な、なんでもない、から、話の続きを」


 どれだけ沈黙が続いたのだろうか。

 ようやく声を上げたヒューティリアは、結局うまく言葉がまとまらないまま先を促した。

 促されたセレストは何の話をしていたのか思い出すように宙を見上げ、ひとつ頷く。


「とりあえず、まずは傷薬の作り方を教える」


 そう告げて、教本を開いた。






 それから半月の間、ヒューティリアはひたすら魔法薬の傷薬を作り続けた。

 成功、失敗の判定を妖精にしてもらいながら何度も作り、その傍らで上級魔法の練習も始めていた。

 周囲を暖かくする温度調節魔法を何度も使い、自分の手から離しても維持されるように様子を見る。

 魔法薬作りも上級魔法も失敗することは幾度となくあったが以前のように落ち込むことはなく、まだ工夫や改善の余地があるのではと考え、前向きに挑み続けていた。



『最近、落ち込まなくなったね』


 精霊が何気なくヒューティリアに声をかける。

 その言葉に、ヒューティリアも「そういえば」と気付かされる。


「そうだね。なんでだろう?」


 ここ一年の間にも、癇癪こそ起こさなかったが落ち込むことは何度かあった。その都度セレストやサナやグラ、ソーノたちに励まされて立ち直ってきた。

 けれど今は、以前の自分であれば間違いなく落ち込んでいたと断言できるくらい失敗を繰り返しているのに、まるで気落ちする気配がない。

 それどころか、落ち込む要素がないようにすら思えていた。


『自信がついたんじゃない?』


「自信?」


 今度は妖精が声を上げる。


『あぁ、それかもね』

『確かに、そろそろ自信がついてきたのかもね』


 次々と同意の声があがり、ヒューティリアも自らの心境を改めて考える。


 これまでは行き詰まると誰にも言わずに勝手に悩み出し、深みにはまっていた。

 けれどその度に察してくれる人がいて、救われて、どんなに行き詰まっても抜け出せないことなどないのだと思えるようになった……ように思う。


 ふと、この一年の間にセレストからこんな言葉をかけられたっけと思い出す。


 ──お前は普段から気になったことはなんでも聞いてくるくせに、肝心な時に黙り込むから困る──


 言葉通り、心底困った様子で言われて戸惑った記憶がある。ヒューティリアにはそんな自覚はなかったのだ。

 けれど思い返せばセレストの言う通りで、普段から自分は「これはなに?」「あれはなに?」「なんで?」「どうして?」とするすると質問を繰り出すくせに、行き詰まって悩むときは黙り込んでいたことに気付かされた。


 以降、ヒューティリアはひとりで悩むことはしなくなった。

 セレストに話せる内容なら迷わずセレストに。セレストに言えない悩みはサナやグラ、ソーノ……のみならず、精霊や妖精たちにも相談する。

 すると不思議と不安を抱くことが減り、いつでも相談に乗ってくれる人がいるのだと思えるだけで悩むことも減ってきたように思う。


 そうして不安が取り除かれたことで、ヒューティリアは前向きに物事を考えられるようになった。

 いつの間にか“失敗してもいずれできるようになる”と思えるようになり、自信へと繋がっていったのかもしれない。



「あたしが自信を持てるようになったのは、みんなのおかげだよ」


 ヒューティリアが零した言葉に、周囲の精霊や妖精たちが照れたように『いやぁ、そんなことないよ〜』などと返す。

 そんな彼らの言葉を聞きながら、ヒューティリアはぽつりとつぶやいた。


「あたし、ここにこれて良かったなぁ……」


 その胸に去来するのは、いつか独り立ちする日を思って感じる微かな寂しさ。

 けれどその寂しさを補って余りある暖かさに、小さな微笑みを浮かべた。

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