魔法薬 その2
魔法薬についてヒューティリアに教え始めて二日目。
セレストは魔法薬を作るに至る流れについて説明し始めた。
「病の種類についてはある程度覚える必要がある……が、正式な診断は医師が下すから、いきなり魔法使いのもとに病人が運び込まれて診断することは滅多にない」
滅多にないだけでゼロではないが。と、セレストはため息を吐く。
しかし魔法薬を作る魔法使いには病を診断する役目は与えられておらず、あくまで求められている魔法薬を作るのが役目なのだ。
症状から病名を推測できたとしても、医師の診断もなく独断で魔法薬を提案することは避けていた。
何故なら、正しい診断ができなかった場合の責任が取れないからだ。
通常、病人は医師のもとへ行き、診断を受ける。
その結果、通常の薬で対応できる場合は通常の薬が処方されるが、病の進行状況や病の種類によっては魔法薬を推奨される。
このとき魔法薬の購入を希望すれば医師が診断書を作成し、その診断書をもとに魔法薬が発注されるのだ。
しかし稀に、医師を介さず魔法使いのもとに押しかけてくる患者やその親類縁者もいる。
ここで魔法使いが診断を行って魔法薬の受注・製造・販売を行っても、国に登録済みであり、且つ発注同意書・受領書さえ揃っていれば決して違法にはならない。
結局のところ魔法薬は、患者本人であろうとなかろうと、購入側の意思と支払い能力次第で入手可能なのだ。
しかし、大半の魔法使いは医師の診断書がなければ受注すらしない。
理由は先に述べた通り、責任が持てないからだ。
「薬は作るのに、診察はしないの?」
「稀に医師を名乗れるほどの医学知識を持った魔法使いもいるが、俺も含めて大半の魔法使いはそこまでしないな。魔法学も魔法薬学も医学も、必要とされる専門知識や技術が膨大だ。並行して身につけるのは容易ではないし、それぞれがそれぞれの専門家として究める方が現実的だろう」
まだ魔法学の全体像すらみえていないヒューティリアには両方の知識と技術を身につけることがどれほど現実的ではないのかわからなかったが、セレストが難しいと判断するならそうなのだろうと頷く。
そんなヒューティリアの様子にセレストはしばし考えを巡らせ、言葉を重ねた。
「そうだな……例えば、医師も色んな分野にわかれていて、全ての分野の医学知識と技術を会得している者はそうそういない。魔法使いにしても、魔法は使えるが魔法薬がつくれない魔法使いがいたり、特定の属性以外は扱えない者もいる。更に言えば、魔法薬は作れるが魔法はまともに扱えない魔法薬師という職業も存在している」
実際、ムルク含む魔法師団団員で魔法薬が作れる人物はいなかった。団長であるワースはどうだか知らないが、セレストの知る限り団員にはいなかったはずだ。
何故かと言えば、大半の魔法師団団員が学園出身者であり、学園では魔法を学びながら魔法薬の知識や技術を習得することが不可能だったからだ。
そのことに危機感を覚えた国が三十年ほど前に魔法薬学科という学科を学園に創設し、学園でも魔法薬の知識や技術を学べるようになった。
しかし学園という少数の教師に対して多くの学生が存在する学び舎では魔法薬と並行して魔法を習得させるのは難しく、どちらかに偏る結果となっていた。
根性のある学生は魔法学科を卒業後に魔法薬学科に入学し直す者もいたが、莫大な学費が必要になるだけでなく学生として過ごす期間が単純に倍加するため、裕福且つ将来に不安のない身分でなければ選べる道ではない。
「魔法薬師……」
ヒューティリアは聞き慣れない名称を、記憶に刻み込むようにつぶやく。
その様子からヒューティリアが話についてきていることを確認し、セレストは続けた。
「魔法薬師になる者は充分な魔力こそ持っているが、学園では魔法薬を作る上で必要になる魔法しか学べない。結果的に魔力の器があまり育たない。そうなると、作れる魔法薬の種類は本人が先天的に持っている魔力の資質に大きく左右されてしまう。何せ、魔法薬を作るには妖精たちが求める量の魔力を確実に提供できなければいけないからな」
複雑な作業や手順の多い作業を求められる魔法薬は、それ相応の魔力の持ち主でなければ妖精たちが協力してくれない。
故に魔法薬を作る者として魔力の器を育てることはとても重要な要素なのだが、魔力の器を育てるという意識が薄い魔法薬師たちは自分の生まれ持った魔力を鑑みて、「自分が受けられる仕事はここからここまで」と看板に掲げて店を開いている。
店によっては複数人の魔法薬師でひとつの店を開き、全員の魔力を合わせることで全ての魔法薬を網羅していることもあるのだが……。
「まぁ、それはいいとして。とりあえず流れとしては、基本的には医師が診断し、魔法薬を推奨する。それに対して患者が魔法薬を希望し、医師の診断書とともに依頼を出してようやく魔法薬の作成依頼が魔法使いのもとにやってくる……ってところだな」
ここまで長々と説明してきたが、最後はあっさり締め括った。
続けて病気の種類について教えつつ、対応した魔法薬の説明を進めていった。
ひと月かけて教本と口頭での説明を一通り終えると、今度は実際に魔法薬を作る段階へと進んでいく。
「そういえば、上級魔法は何にするか決まったのか?」
薬草庫で必要な魔法植物をかごに入れながら、ふと思い出したようにセレストが問いかけた。
問われたヒューティリアは困ったような笑みを浮かべ、首を横に振る。
「役に立ちそうなのがいいなぁとは思うんだけど、なかなか決められないの」
眉尻を下げるヒューティリアを見遣り、セレストは首を捻る。
「役に立ちそうなもの? 例えば?」
「ん〜……生活に役立つのとか」
返ってきた答えに眉間に皺を寄せて考える。
竃の火の調整は問題ない。火属性への適性が高い分、恐らくセレストよりもうまく炎を操っているだろう。
水の扱いも悪くない。炊事・掃除・洗濯に必要な水を用意する程度の魔法であれば、既に習得している。
庭仕事では土の魔法も充分に使いこなしている。
そもそもそれらは初級レベルの魔法で事足りており、上級の魔法を使うまでもない。
他に生活する上で使えるような魔法があっただろうか……と思考を巡らせた。
すると不意に、師の言葉が思い出された。
──覚えておいて、セレスト。上級の魔法っていうのは──
「──上級の魔法は、魔法使いの意志に沿って、魔法使いの手を離れても発動し続ける魔法のことを言う……だったか」
「そうなの? あ、でもそう言われればそうかも!」
上級魔法の教本のことを思い出したのか、ヒューティリアも手を打って同意した。
それにセレストも頷いて返す。
「上級魔法はつまるところ、どの魔法においても欲しい結果は同じ。自分の手から離れても希望通り発動し続けさえすればいい。なら、ひとつの魔法を確実に扱えるようになればコツもつかめるだろう。そうだな……これから寒さが深まっていくが、寒さをしのぐのに便利な魔法がひとつあるな?」
「そっか、温度を調節する魔法!」
問いかけるセレストに、ヒューティリアが閃いた答えを口にする。
毎年冬になると、セレストがリビングと各自の部屋を温める魔法を使っていた。その魔法はセレストが対象の空間に居続けずとも維持されており、ヒューティリアが習得している自分がいる空間のみ温度調節ができる魔法とは次元が違う。
「それがいいかも!」
「ならまずは温度調節の上級魔法から試すか」
「うんっ」
元気よく返事をするヒューティリアに、セレストも承諾の頷きを返す。
その後は改めて魔法薬の材料を揃える作業に戻り、ふたりは調合部屋へと移動した。




