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底知れぬ闇

 グラとソーノが落ち着くのを待ち、ふたりが歩けることを確認すると、クルーエ村に向かうべく家を出た。

 道中でグラはヒューティリアにも礼を言い、ソーノもおずおずとヒューティリアに礼と、謝罪を口にする。


「あの……助けてくれてありがとう。あと、さっきはわたしのために言ってくれたのに、逆に責めるような言い方をしてごめんなさい……」


 半ばグラの影に隠れながら消え入りそうな声を発するソーノに、ヒューティリアは困ったような笑顔を向けた。


「気にしないで。あたしもよく話を聞きもしないでグラを責めてごめんなさい」

「ヒューティリアは正しいことを言ったんだから、謝る必要ないだろ」

「ううん、ちゃんと話を聞かないで決めつけたのは悪いことだよ。ちゃんと謝らないと」


 そんな不毛なやり取りを始める子供たち。

 しかし言い合っているうちにその状況を可笑しく思ったのか、三人は揃って笑い出した。

 笑いが収まると話題は道端の草木へと移り、それぞれが持てる知識を披露しはじめ、楽しげな声が辺りを満たす。


 その光景を少し後ろを歩きながら眺めていたセレストは、小さくため息を吐いた。

 周囲に野生動物の気配はないが、元来森は川と同じかそれ以上に危険な区域のはずだ。


(暢気なものだな……)


 と、思わずにはいられなかった。




 クルーエ村に到着すると、村中が大騒ぎになっていた。

 村人の多くがグラとソーノを探し回っており、今にも捜索隊が村の外へ出発しようとしているところに、セレスト率いる一行が到着した。

 当然のようにグラとソーノは村中の大人たちに怒られ、無事を喜ばれ、セレストとヒューティリアは大層感謝された。


「セレストくん、ヒューちゃん! ありがとう! ありがとう!!」


 グラの母親であるサナから激しい抱擁を受け、続いてレグからも男泣きしながら固く手を握られ、ソーノの両親からも数え切れない感謝の言葉と運び切れないほどの食材を押し付けられた。


 この状況で泉に落ちたことまで告げると収集がつかなくなると判断したセレストは、早々に退散しようと決意した。

 折角村まで来たのだから買い足したいものもあったのだが、緊急を要するものでもないのであっさり断念する。


「暗くなる前に帰ります」


 最早お祭り騒ぎ一歩手前まで盛り上がっている人々にそう告げると、レグが「馬車で送ろう」と申し出た。

 それを聞いた村人たちは大急ぎで自宅に戻るなり何かしら物を持ってレグの馬車周りに集結し、馬車の荷台はあっという間に様々な物品で満載になった。




 家に到着しレグを見送ると、セレストは山と積まれた貰いものをどこにしまおうかと悩み始めた。

 一方ヒューティリアは、クルーエ村へと続く道を眺めながらぽつりと言葉を零す。


「そっか……クルーエ村には占者様がいないんだ……」


 小さな小さな呟き。

 しかし静寂の中に落とされたその呟きは、やけに明瞭な音となってセレストの耳に届く。


「占者様?」


 問いかけつつヒューティリアを振り返るなり、セレストは息を呑んだ。普段は生き生きと輝いているヒューティリアの瞳が、底知れぬ闇を湛えていたからだ。

 その表情はすっかり抜け落ちて、近寄りがたさすら感じる。


 しかし当のヒューティリアはセレストの反応に気づかぬまま、ぼんやりと道の向こうを見つめながら頷いた。


「うん。あたしの村では何かある度に占者様に相談してたの。誰かがいなくなったときも、すぐに占者様のところに行ってた。村のことはぜんぶ占者様が決めてて、占者様ならなんでも知ってて、占者様の言うことは絶対で……だから占者様が知らなければもうその人はどこにもいないんだって、誰も疑わなかった。あたしのことだって──」


 唐突に言葉を途切れさせたヒューティリアが、「あっ!」と大きな声を上げた。

 思い掛けない話を聞き、内容の異様さに顔をしかめていたセレストをヒューティリアが勢いよく振り仰ぐ。

 その瞳は生き生きと輝いており、なにか不満でもあるのか口をへの字に曲げている様は、普段通りのヒューティリアだった。


「そういえば、精霊や妖精たちはどうしてグラとソーノが来てるのを教えてくれなかったのかな。せめてソーノが泉に近付いてることだけでも教えてくれたらよかったのに」


 不満に近い疑問を口にするヒューティリアに、セレストは返答に詰まり沈黙する。

 先ほどのヒューティリアの異様な様子も気がかりだったが、それとは別に引っかかったことがあった。


 これまでセレストは、ヒューティリアは親に捨てられた子供なのだと思っていた。実際そうなのだろうとも思う。

 けれどヒューティリアが語った内容からすると、単純に親が子供を捨てたという話ではないのかも知れないと感じたのだ。

 何故なら、セレストの脳裏には出会った日のヒューティリアの言葉が鮮明に蘇っていたからだ。


 ヒューティリアはこう言っていた。「あたし、もうあんな思いはしたくない。誰かの言葉で簡単にみんなから嫌われたり、捨てられたり、もう、あんな思いはしたくない」と。


 セレストはしばし考え、ヒューティリアの過去には踏み込まず、投げかけられた疑問に答えることにした。

 先ほどは無意識に零している様子だったが、ヒューティリアにとって故郷の話は進んでしたいものではない可能性もある。

 様子を見つつ、ヒューティリアが自分から話しだすまで踏み込むのはやめておこうと結論付けた。


「……魔法の基礎の話をしたときにも言ったが、精霊や妖精は本来慎重な性格だ」


 思考を切り替え、ヒューティリアの疑問に答えるべく口を開く。その視線は真っ直ぐ弟子へと向けられ、それとなく様子を窺っている。


「いくらこの森の精霊や妖精が友好的とは言っても、あくまであの家に住む魔法使いに対してのみだ。自分たちと関わりのない人間にまで気を配るわけじゃない。森に危害を加える様子がないのなら、基本的に放置するだろうな」


 そう説明すると、ヒューティリアは「そうだった!」と言わんばかりの表情を浮かべた。どうやら精霊や妖精が持つ本来の性格を忘れていたようだ。

 とは言ってもフォレノの森の精霊や妖精たちは過剰なまでにセレストやヒューティリアに構うので、彼らの性質を失念していても仕方ないことなのだが。


 ともあれ、ヒューティリアは精霊や妖精が知らせてくれなかった理由を理解すると、得心した様子でしきりに頷きながら「なるほど。そっか、そういうことかぁ」と呟いていた。


 そんなヒューティリアを眺めながら、セレストは無意識に安堵の息を吐く。

 今のヒューティリアからは、先ほど垣間見えた闇は一切見受けられなかった。

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