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子供たち

 グラとソーノがリビングのソファーに座り、セレストが用意した温かい飲み物をヒューティリアがそれぞれの前に置いていく。

 その様子を落ち着きなく目で追っていたソーノは、意を決するなり勢いよく頭を下げた。


「あ、あのっ……迷惑をかけて、ごめんなさい……!」


 か細い声ではあったものの、ソーノが自分から発言したことにグラは驚きの表情を浮かべた。

 それほどまでにソーノの人見知りと臆病な性格は重度のものなのだ。


 一方、セレストとヒューティリアは顔を見合せた。


「無事助けられてよかった……けど、どうして泉に落ちたの?」


 どう応じればいいか困っている様子のセレストに代わり、ヒューティリアが不思議に思っていた点を問いかける。

 するとソーノは肩をすぼめて俯いた。


「泉が……すごく、きれいだったから……」


 ぽつりと落とされた答えに、すぐさま反応したのは妖精たちだった。


『泉がきれいだって!』

『誉められた!』


 この森の妖精たちにとって、家の横にある泉は自慢の棲み処だ。

 誉められて嬉しいのはわかるが、思えば何故家の近くにグラとソーノが来ていることや、ソーノが泉に近付いていたことを教えてくれなかったのだろうという疑問がわいてくる。

 しかしヒューティリアが妖精や精霊にそのことを問うより先に、グラがソファーから立ち上がった。


「水辺は危ないから近付くなって言われてるだろ!?」


 声を荒げたグラにソーノはびくりと体を硬直させた。

 あまりにも大きな声だったのでヒューティリアも僅かに肩を竦ませる。しかしすぐにまなじりをつり上げ、グラを睨め付けた。


「そう言うグラは、どうしてソーノの近くにいなかったの? 一緒に来たんでしょ?」


 問われたグラは、ぐっと言葉を詰まらせる。

 しかし。


「ちがっ……ちがうの! グラちゃんは悪くない! グラちゃんは玄関の方に行ったのに、わたしが勝手にグラちゃんから離れたの……!」


 慌てたように顔を上げ、目に涙を溜めたソーノがグラをかばった。

 思い掛けない方向から思い掛けない反応が返されて、ヒューティリアはそれ以上言葉が出てこなくなり、口を噤む。


 そのまま、気まずい沈黙が下りた。


「……とりあえず、落ち着いたら村まで送っていく」


 沈黙を破り淡々と告げたのは、子供たちのやりとりを静かに見ていたセレストだった。

 特別冷たい物言いではなかったが、そこには優しさも感じられない。


 セレストはどんな理由があるにせよ、危険を冒したグラとソーノを甘やかすつもりはなかった。

 しかし、危険な森を子供たちだけで帰らせるほど薄情でもない。普段はあまり姿を現さないので忘れがちだが、森の中には危険な動物もいるのだ。

 故に、ふたりを村まで送り届けるつもりでいた。



 その後もセレストは終始無表情で……とは言っても平時と変わらぬあまり感情が読み取れない平坦な表情で、グラとソーノが飲み終えるのを待っていた。

 ヒューティリアには不機嫌なわけではないことがわかっていても、セレストがどんな人物なのかわかっていないグラやソーノから見たら、無言でにこりとも笑わないセレストは怒っているように見える。

 特に自分たちが怒られても仕方がないことをした後となってはより一層そのように見え、びくびくしながら水分を喉に流し込んでいた。


 しんと静まり返っている室内に、グラとソーノが喉を潤す微かな音だけが響く。

 やがて気まずさに耐えかねてか、グラが残りを一気に飲み干してカップをテーブルに置いた。続いて姿勢を正し、真剣な表情でセレストの方へと向き直る。


「あの、セレストさん。今更ですけど、助けてくれてありがとうございました」


 突然礼を言われ、セレストは目を瞬かせた。

 それからしばし考える仕草を見せ、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。


「……さっきヒューティリアも言っていたが、無事に助けられてよかった。だが、今回はたまたま近くにヒューティリアや俺がいて間に合っただけだ」

「はい」


 静かに見据えられたグラは、セレストの言葉を真摯に受け止め頷いた。


「さっきお前が言った通り、水辺は危険だ。安易に近付いてはいけないし、仮に泳ぎや体力に自信があったとして、誰かが落ちたとしても後を追うのは得策ではない」

「でも……!」

「一瞬でいい。考えろ」


 反論しかけたグラにセレストは言葉を被せた。前のめりになりかけたグラはそのまま動きを止め、問うような視線をセレストに向ける。

 その視線を誘導するように、セレストはヒューティリアの方へと顔を向けた。


「恐らくだが、ヒューティリアはふたりが溺れているのを見たとき、こう考えたはずだ。自分では助けられない。助けられる人に知らせなければ、と」


 見事言い当てられたヒューティリアは頷いた。


「だって、あたしじゃソーノひとりだって助けられないもの」

「そういう思考が大事だ。咄嗟に助けに飛び込みたくなる気持ちもあるだろうが、本当に自分の力で助けられるのか。無理そうならどうするのが最善か。一瞬でも冷静に考えられれば次にとる行動の選択肢が増える。選択肢が増えれば、より確実な方法を見つけることもできる」


 誉められたヒューティリアは嬉しさに頬を紅潮させた。

 しかしすぐにあることに気付き、僅かに目を見開く。


(焦って判断を下す前に、一瞬でも冷静になって考える……)


 そこに、セレストが緊急時でも落ち着いて行動できる所以があるのではないかと思った。

 精霊狩りの際は反射的に飛び出して行ったようにも見えたが、思えばムルクにヒューティリアのことを任せると口にしていたことから、何も考えずに飛び出したわけではないことがわかる。


 いつでもマイペースという印象を受けるが、日頃から動じていないように見えるのは、常に冷静に物事を考えているから……? と考えたところで、それはさすがに考えすぎかと首を横に振る。

 こればかりはセレストの性格だろうと結論付けた。


 ヒューティリアがひとりそんな考えに耽っている間に、グラも納得した様子で「これからはもっと慎重になります」とセレストに告げていた。

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