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再認識

 ヒューティリアが駆け出すなり、「ソーノ!」と、慌てたような聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「グラ!」


 声の主の名を呼ぶと、泉の淵に駆け寄った少年が青ざめた顔でヒューティリアを一瞥し、しかし何も言わずに泉の中へと飛び込んだ。

 グラの向かう先を見遣れば、水しぶきの中に手だけではなく、ヒューティリアよりやや小柄な少女の姿が見て取れる。

 水際に辿り着いたヒューティリアは足を止め、はらはらしながらグラの動向を見守った。


 一方、泉に飛び込んだグラは水中で暴れる少女に手を伸ばした。

 幸いすぐに手が届いたものの、少女がグラにきつくしがみつき、グラはうまく身動きが取れなくなってしまう。


「ソーノ、落ち着け!」


 グラが必死に少女を宥めつつ岸に戻ろうと奮闘するが、がっちりとしがみつかれてうまく泳げない。

 手足の自由が制限されて浮き続けることもままならなくなり、ふたりの頭が水面の下へと沈み込んだ。


 どうしたらいいかわからず岸辺で狼狽えていたヒューティリアは、ふたりが二度、三度と水面に沈むのを目の当たりにして我に返り、もつれそうになる足を必死に動かして家へと走った。

 すぐに助けなければと思ったものの、自分の力でふたりを助け出せるとは到底思えなかったのだ。


「セレスト!!」


 玄関扉を乱暴に開けるなり、ヒューティリアは唯一頼れる人物の名を叫んだ。叫ぶと同時に書棚の前にセレストの後ろ姿を捉える。

 名を呼ばれたセレストは本に没頭していたため外の状況に気付いておらず、突然大声で呼ばれて肩をびくりと跳ねさせた。


「……何があった?」


 振り返り、顔面蒼白になっているヒューティリアを目にして、セレストは手に持っていた本を書棚に戻す。


「泉にっ、女の子が落ちたの! グラが助けようとして飛び込んだんだけど、ふたりとも溺れそうになってて……!」


 そこまで聞くと、セレストはヒューティリアの横をすり抜けて外へと走った。そして件のふたりを視界に収めるなり、精霊たちに向けて念じる。


 セレストの意図を汲んだ精霊たちがすぐさまふたりを包み込むように空気の膜を形成し、水流を起こして岸へと寄せ、土の上へと押し上げた。

 岸にふたりが打ち上げられると、空気の膜もはじけて消える。


「ごほっ、ごほっ」


 グラが激しく咳き込んで飲み込んでしまった水を吐き出した。

 しかしその隣に横たわる少女は意識を失っているのか、ぴくりとも動かない。


「ソーノ……!」


 水を吐き出したグラは身じろぎひとつしない少女に気付くなり、ただでさえ青ざめている顔色を更に悪くした。肩を掴んで揺さぶるも、全く反応が返ってこない。


「あまり揺さぶるな。ヒューティリア、家からタオルと毛布を持ってきてくれ」

「うっ、うん!」


 気が動転しているグラを窘めつつヒューティリアに指示を出すと、セレストは少女・ソーノの横に膝をついた。

 そして泉の方に向かって声をかける。


「こちらで気道を確保する。後は頼めるか?」


『はーい!』


 物陰に隠れて様子を窺っていた妖精がひょこっと顔を出すと、続くように次々と他の妖精たちも姿を現した。


『水を出したり呼吸を取り戻すのにちょっと精霊の力も借りるよ?』


「必要な魔力は持っていっていい。任せた」


『了解〜』


 妖精たちと言葉を交わす間にもセレストはソーノの額と顎に触れ、そっと頭を上向きに傾けて気道を確保する。

 妖精たちの声も聞こえなければ気配も察知できないグラには何が起こっているのかわからなかったが、大人が対処している安心感から脱力して地面に座り込んだ。


「あの……ソーノは助かりますか?」

「対処は妖精たちに任せた。妖精は魔力さえ分け与えれば割と何でもできるから、任せておけば大丈夫だ」


 妖精も精霊も、基本的には物理的な干渉ができない生き物だ。しかし、人間から魔力を貰うと物理的な干渉が可能になる。

 特に妖精は器用で、何をやらせてもそつなくこなす。魔法薬を作る手伝いや、人命救助にも手を貸してくれる。

 その技量は玄人の領域で、中途半端な知識を持つ人間がやるより手早く適切に対処してくれるのだ。


 故に、妖精は魔法使いのみならずあらゆる分野の人間から頼られている。

 ただし、物理的に干渉できるよう魔力を分け与えられる人間がいればの話だが。



 そうして話している間にも、妖精たちはソーノへの処置を進めていく。

 グラの目からは見えないが、妖精たちの姿が見えるセレストは感心した様子で彼らの仕事を眺めていた。


 やがてソーノが呼吸を取り戻し、ヒューティリアがタオルと毛布を持って戻ってきた。

 セレストはグラに体を拭くよう指示してタオルを渡し、ある程度水気が取れたところで魔法で服を乾かしてやる。

 初めて魔法を自らの身に受けたグラは目を輝かせたが、すぐに毛布を頭から被せられた。


 その頃にはソーノも意識が戻り、濡れた体を拭く役はヒューティリアに任せて同じように対処する。


「今日の魔法の練習はここまでにしておこう」

「そうだね」


 グラとソーノが無事助かって安堵の表情を浮かべたヒューティリアに、セレストが呼びかける。ヒューティリアも同意して頷いた。


 正直なところ、ヒューティリアはこの状況で魔法の練習を続けられるほど集中力を保てる自信がなかった。

 だからこそ、緊急事態の最中でも落ち着いてグラとソーノを助け出したセレストの手腕に、今まで以上に尊敬の念が募る。

 精霊狩りのときもだが、危機に直面しても魔法を行使できるセレストの冷静さや集中力に、ヒューティリアは感動すら覚えていた。


「とりあえず家に戻るか。ヒューティリア、ふたりを連れてきてくれ」

「わかった」


 先に家へと戻っていくセレストの背中を見送りながら、ヒューティリアは無意識に笑みを浮かべた。


「何だか嬉しそうだな?」


 ふらつくソーノを支えて立ち上がるグラに手を貸すと、不思議そうな表情を向けられる。

 当のヒューティリアはグラから言われてようやく自分の頬が緩みきっていることに気が付いた。


「あっ、ごめん。だって……ふふっ」


 グラやソーノからしたら恐怖を覚えた直後とあって、笑える状況ではないだろう。けれどヒューティリアの頬は一向に引き締まってくれなかった。

 尚も笑みを浮かべているヒューティリアに、グラは気を悪くした様子もなく問いかける。


「何だよ? 気になるだろ」


 問われてヒューティリアは「う〜ん……とね」と言葉を探すように視線を空中へと向けた。


「セレストって本当にすごい魔法使いなんだよ。そんな人があたしの師匠なんだなぁって思って」

「……はぁ」


 返された答えを脳に送り込んだものの、疲労しているグラの頭はヒューティリアの言う“すごい魔法使い”が何なのか思考することを放棄した。

 ヒューティリアがセレストを尊敬しているのは見ていればわかるし、グラにとっても冬の一件以来、セレストは尊敬の対象だ。

 なのでぼんやりと、自分が自分の師匠を尊敬してるのを改めて認識したって話かな、と結論づけた。

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