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ソーノ

 季節は着実に移ろい行く。


 春が終わりを迎え、太陽が眩しさを増し、春に比べるとじんわり焼けるような日差しへと変化し始めた頃。

 森を走る小道に、小さな影がふたつ並んで森の奥へ奥へと進んでいた。


「ねぇ、わたしおかしくない? 大丈夫かなぁ」


 影のひとつ、少女が自分の身形を気にしながらくるりと回ると、もうひとつの影を作っていたクルーエ村の少年・グラは少女を見遣った。


「大丈夫だ。よく似合ってるよ、ソーノ」


 大きく頷くグラに、ソーノと呼ばれた少女ははにかんだ笑顔を浮かべる。


「ありがとう、グラちゃん」


 ソーノは気弱そうな顔つきにおっとりとした性格も相俟って、全体的に優しい雰囲気を纏っている。

 笑顔もふんわりと柔らかく、ふたつに束ねた淡い桃色の髪を揺らして喜ぶ姿にグラは頬を赤らめた。


「……それにしても、何で急にヒューティリアに会う気になったんだ? この半年の間、ずっと遠くから見てるだけだったのに」


 気を反らすようにグラはソーノから視線を外す。

 問われたソーノは困ったような笑顔を浮かべながら「あのね」と切り出した。


「本当はずっと話しかけたかったの。だけど、なんて声をかけたらいいかわからなくて。でも何となく、今日なら話しかけられそうな気がしたの」


 ソーノは引っ込み思案で人見知りも激しい。

 自分から積極的に話しかけにいくような相手はグラや家族くらいで、こうして自ら会いに行こうとすること自体がグラとしては驚きだった。


「なるほど。それだけヒューティリアと仲良くなりたいってことか」

「うんっ」


 コクコクと頭を前後に振って肯定する様子は、ソーノにしては気合いに満ちているように見える。

 グラはそんなソーノに微笑みかけると、手を差し伸べた。


「そっか。だったら俺も応援するから、早いところ行ってこよう。子供だけで森に入ったことが知られたら、父ちゃんや母ちゃんどころか、村長からも怒られるからな!」

「そうだよね。日が暮れる前に帰らないとね!」


 ソーノも微笑むと、差し出されたグラの手に自らの手を重ね、ぎゅっと握り締めた。






「むぅぅ……うぅぅ……」


 フォレノの森にある魔法使いの家の裏手、日陰になっている畑の近くからうめくような声が上がる。


「少し涼しくなったな」

「えぇっ、少しだけ?」

「あぁ、少しだけだな」

「うぅ〜」


 セレストの返答に、うめき声を上げていたヒューティリアは再び唸った。


 ヒューティリアは季節が変わって間もなく土の初歩の魔法を習得し、既に土の調整もほぼ完璧に出来るようになっている。

 現在は更に先の段階に進み、温度を調節する魔法を教えられていた。

 火が得意な属性なだけあって局地的に温度を上昇させる魔法は早々に習得したものの、温度を下降させる魔法は苦手な水や風の属性を主に扱うせいか、なかなか習得できず。


 その結果、苦悩の唸り声を上げながら習練を行っていたのだが……。


「苦手な属性を扱うのは簡単なことじゃないが、この短期間で多少なりとも扱えるようになっているのは上達が早い証しだ」


 苦戦しているヒューティリアを見て、セレストが口を開く。

 最近になってセレストは始めに現在の成果を評価し、続いてつまずきから抜け出すヒントや別の思考のしかたを教えてくれるようになった。

 故に、ヒューティリアも一言一句聴き逃すまいと耳を澄ませ、セレストの言葉に全神経を傾ける。


「だが、苦手だからこそ効率を考え、固定観念にとらわれずに思考を転換する必要がある。今回は温度の調節をするのが目的だから、水と風で空気を冷やすという思考から離れ、水と風に土属性を併用して地面を冷やすという手段を取ることもできる」


 それだけ伝えると、ヒューティリアに考える時間を与えつつ他に有効な手段がないか調べるために、セレストは一旦家の中へと戻って行った。


『セレストって結構厳しくない? まだ初歩の段階で三属性同時に使ってみろとか』

『ね〜』


 そんなことを口にする精霊たちにヒューティリアは目を瞬かせながら、早速言われた方法を実行すべく意識を集中させ、精霊たちに向けて念じた。


(地面を冷やして)


『あ〜、ヒューティリア。もう一息!』

『あのね、ヒューティリア。今までは無意識にできてたみたいだから良かったんだけど、ただ言葉だけ伝えられてもわたしたちは魔法として形にできないんだよ』


 ヒューティリアの念を受け取った周囲の精霊たちが、セレストの説明不足分を補うように説明を始める。


『言葉を伝えるとき、頭の中でどんな形にしたいのか思い描いて』

『わたしたち精霊は、言葉と一緒に伝わってくるイメージを拾い上げて魔法の形にしてるの』

『これって割と人間側では知られてないから、魔法が使える使えないの差に繋がりやすいんだよね』

『ぼくたちもソルシスから教えてもらえなかったら気づかなかったんだけどね〜』


 口々に言って、精霊たちはわいわいとソルシスについて語り始める。


『そう言えばソルシスってぼくが生まれる前に亡くなったから直接は知らないんだけど、(おさ)や年長者の話にたくさん出てくるね』

『今の話もそうだけど、ソルシスが教えてくれなかったら知らなかったことが一杯あったからね』

『そう言えばソルシスってこの国の人じゃないんだよね』

『確か、六十年くらい前に滅亡した国の出身じゃなかったっけ』

『あそこでしょ? 魔法で繁栄してた、あの──』


 ヒューティリアは精霊たちが語るソルシスの話に興味を抱いて耳を傾けた。

 しかし。


「きゃあ!」


 甲高い悲鳴。盛大に水が跳ね上がる音。

 ヒューティリアは驚きで一瞬身を固くすると、反射的に悲鳴の聞こえた方へと顔を振り向けた。


 視界に映ったのは家の横の泉。

 池かと思うほどの規模でありながら、精霊や妖精の手によって水底から湧き出てくる水のみで満たされている巨大な水溜り。

 その一角に、バシャバシャと水が断続的に跳ね上がっている様子が見て取れた。

 目を凝らせば、跳ね上がる水しぶきの合間に人の手が見える。


「人!?」


 そう認識するなり、肌が粟立った。

 竦みそうになる足を叱咤して、ヒューティリアは泉の方へと駆け出した。

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