ヒューティリア、ムルクの弟子になる
翌日。
セレストとヒューティリアはムルクと待ち合わせて王都の楽器店に足を運んだ。
以前試した楽器はやはり合わないようで、ヒューティリアはセレストが予想した通り管楽器を手に取り、大柄な体に似合わずフルートを愛用しているムルクは同志が見つかったと歓喜した。
「そうかそうか! ヒューティリアは管楽器派か!!」
大きな声で喜びながらヒューティリアを高く持ち上げるムルク。店員も嬉しそうな笑みを浮かべている。
「管楽器を使う魔法使いは稀ですからね。魔法使いが管楽器を探しに当店にきたこと自体、ムルクさん以来かもしれません」
そう言いながら店員は様々な管楽器を提示する。
種類も去ることながら、ひとつの楽器でも子供が扱えるように作られたものから本職の人が扱うようなものまで、実に多種多様、値段もピンキリだ。
「値段は気にせず、いいものを選んでやってくれ」
「あいよ」
セレストの依頼に機嫌よく返事をすると、ムルクは並べられた見本用の楽器を片っ端から試す。その音色を聞いてヒューティリアも音を鳴らしてみる。
そうして幾つかに絞った候補の中からヒューティリアが選んだのは、フルートだった。
「……なんとなく、そんな気はしていたが」
セレストが眉間に皺を寄せる。
「いいじゃないか、フルート! 俺が一番得意な楽器だし、他の管楽器より教えやすい」
ムルクは相変わらず嬉しそうな様子でヒューティリアの腕の長さを確認したり、現在の年齢からこれからの成長を予測して、子供用ではなく大人になっても使えるようなフルートを選定する。
「セレストは、フルート嫌いなの?」
先ほどの言い方が気にかかったのだろう。ヒューティリアに問われて、セレストは首を横に振った。
「別に。ただ、やはりかと思っただけだ」
師もムルクも、魔法使いで管楽器を使う者の多くはフルートを選択する。
そこに何か意味があるのだろうかと考えていただけなのだが、セレストの表情は読み取り難く、言葉も足りていない。
「なんかね、一番しっくりきたの」
「そうか。お前に合う楽器が見つかったならよかった」
セレストが素直な感想を述べると、何故かムルクが驚いた顔で振り向いた。
「セレストが師匠っぽいこと言ってる」
「師匠っぽいんじゃなくて、セレストはあたしの師匠だもん!」
信じられないと言わんばかりのムルクに、すかさずヒューティリアが反論する。
そんなヒューティリアの反応にも驚いたようで、ムルクは小さな目を目一杯見開いた。
「セレストが弟子に好かれてる……!?」
「さっきから何なんだ」
くすくすと笑い出す店員を一瞥して、セレストは面倒くさそうにムルクを見遣る。
「だってお前、対人能力皆無だったじゃん! それが今や師匠っぽく弟子を気にかけて、あまつさえその弟子からも好かれてるなんて……!」
予想外だ! と驚きを隠しもしないムルクにセレストは益々眉間の皺を深め、ヒューティリアは頬を膨らませた。
「セレストは、あたしが上手くできないときどうしたらいいか真剣に考えてくれる、いいお師匠さまだもん! まぁ、あたしがわがままを言って困らせても怒らないのはどうかと思うけど……」
思い掛けない言葉に虚をつかれたセレストは、反射的にヒューティリアを見下ろす。
視界の端でムルクが「へぇ〜」と呟きながら楽しげにこちらを眺めていたが無視して、首を傾げた。
「お前が怒らなきゃならないようなわがままを言ったこと、あったか?」
「一杯言ったでしょ!」
ヒューティリアの言葉を受けて、セレストはヒューティリアと出会ってからの半年を振り返る。
「…………言ってたか?」
「言った!」
「そうか?」
尚も肯定するヒューティリアに、益々首を傾げるセレスト。
「──ぶはっ! おっもしろいなぁ!」
そんなふたりのやり取りを見ていたムルクが、吹き出して笑った。
「お前らいいコンビだよ。きっと性格がうまい具合にハマってるんだな」
からかい半分、安堵半分といった様子のムルク。
返す言葉が浮かばず黙り込むセレストとは違い、ヒューティリアは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「とりあえず、折角使う楽器が決まったんだ。早速基礎を教えるから、うちに来ないか?」
「うち……ということは、寮か?」
セレストはムルクの微妙な言い回しが気になり、自らの記憶を辿る。少なくともセレストが王都を発ったときムルクは魔法師団の寮で暮らしていたはずだ。
そう思いつつ確認の意味も込めて問えば、ムルクは自慢げに胸を張った。
「まさか! 手のかかる同僚がいなくなったし、貯蓄もあったからな。長年付き合ってた相手と結婚して家を買ったんだよ」
「結婚……?」
珍しく目を見開いて驚くセレストに、してやったりと笑みを深めるムルク。
しかしセレストはその笑みを見るなり驚きを収め、いつも通り眉間に皺を寄せた。
「新婚の家に邪魔しにいけるわけがない。早く言ってくれたら別口の指導者を探したんだが」
責めるような口調で言えば、今度はムルクが目を丸くする。
「なん……だと? セレストが、気を遣っている……?」
大袈裟に驚いてみせるムルクを、ヒューティリアも見上げた。
「あたしも、新婚さんの家にお邪魔するのはちょっと……」
「ヒューティリアまでっ! 子供なんだから遠慮とかするなよ〜。気にせず遊びにこいよ〜」
驚かせるつもりが気を遣われてムルクが焦り出す。
「新婚ったって、付き合ってた期間が異様に長いからこれまでの延長みたいな感じなんだよ。だから気を遣う必要なんてないんだからな! むしろ今日は、友人とその弟子の子を連れて帰るからご馳走と泊まってもらう部屋の準備も頼んできてるし。きっと色々用意してくれてるはずだから、来てくれないと逆に悲しませることになるんだからなっ!」
そう力説しながら購入を済ませたフルートを店員から受け取ると、ムルクはセレストとヒューティリアの背中を押しながら店を出た。
そうして案内されたのは、中流階級が暮らす区画にある一軒家。
ムルクの家を見上げたヒューティリアは「大きなおうち」と思わず零した。
「セレストだってこれくらいの家は買えるだろ?」
「……家の相場がわからないな」
「絶対買えるって! 団にいたときあんだけ報賞金のオンパレードだったんだから、買えないわけがない。全く、お前がいなくなってから、精霊狩りと妖精狩りの犯人を見つけるのが大変でなかなか捕まらなくてなぁ……」
愚痴りながらムルクは家の扉をノッカーで叩く。するとほどなくして、家の中からぱたぱたと人が小走りするような音が聞こえてきた。
足音が玄関扉の前でぴたりと止まるのを待って「ただいま」とムルクが声をかけると、すぐに扉が開かれる。
「おかえりなさい!」
笑顔で迎えてくれたのは、ムルクと比べると半分くらいしかないように見えるほど小柄な女性。
ムルクも顔を綻ばせ、改めて「ただいま」と返事をする。
「そちらがセレストさんとお弟子さん? 初めまして、ムルクの妻のイナと申します」
「初めまして。以前ムルクさんの同僚だったセレストです」
「はっ、初めまして。セレストの弟子のヒューティリアですっ」
礼儀正しく挨拶をするセレストに倣って、ヒューティリアも軽く頭を下げながら名乗る。
するとイナは「ふふふ」と小さく笑ってから扉を大きく開いた。
「いらっしゃい。どうぞ、中へ。すぐにお茶の用意をしますね」
扉を開ける役目をムルクに譲ると、イナはぱたぱたと小走りで奥へと引っ込んでいく。
セレストもヒューティリアもその後に続いて家へと足を踏み入れた。
「こっちだ」
玄関扉を閉めたムルクに案内されて通されたのは、客間だった。
すぐにイナがポットと人数分のカップを持ってやってくる。
「このあと、ヒューティリアにフルートを教えることになってるんだ」
「そうなの? ヒューティリアちゃんは、フルートを使う魔法使いになるの?」
ムルクから説明を受けて、イナの表情がぱっと華やぐ。
あまりの眩しさにヒューティリアは瞬きを繰り返しながら頷いた。不思議とイナには最初から拒否感がなく、ヒューティリア自身も首を傾げながらイナをじっと見る。
そのことにセレストも気付いた様子で、ヒューティリアの動向を探るように窺っていた。
そんなやり取りをしている間にそれぞれのカップにお茶が注がれ、暖かな湯気が立ち上る。
「ムルクはこう見えてフルートが得意だから、安心してね」
「うっ、うん」
こくこくと頷くヒューティリアに、ムルクとイナが柔らかい笑顔を向ける。
そんな仲睦まじいふたりを前にして、ヒューティリアは更なる不思議な感覚に襲われていた。
ヒューティリアの知る夫婦という存在は、両親や故郷の村の夫婦たち、そしてグラの両親であるレグとサナだけだ。
夫婦によってその関係は様々ではあったものの、もう少し纏っている空気が冷めていると言うか、落ち着いていると言うか……距離感が違うと言うか。
ヒューティリアはムルクとイナに自分の知る夫婦たちとは違う何かを感じ取って、思わずセレストを仰ぎ見た。
隣に座っているセレストはヒューティリアと目が合うと小さく首を傾げ、ちらりとムルク夫妻に視線を振り向けるなり「やっぱり来るんじゃなかった」と言わんばかりの表情を浮かべる。
……と言っても、その変化に気付いたのはヒューティリアとムルクくらいだろう。
幸い知り合って間もないイナには気付かれていないようだ。
「おいおい、なんだよその顔」
「なんだもなにも」
出されたお茶に口を付けつつ素っ気なく返すセレストに、ムルクは「相変わらずだな」とぼやく。
その傍らでイナがにこにこと微笑みながら菓子を並べていた。
軽くお腹を満たすとムルクが席を立ち、別室から自らのフルートを持って戻ってきた。
イナが手際よくテーブルの上のものを下げていき、片付いたところで早速フルートの練習が始まる。
「セレストも覚えるか?」
「いや、いい。というか、管楽器は不得手だ」
「了解! そんじゃヒューティリア。早速始めようか」
「はいっ!」
ムルクの呼びかけに、ヒューティリアは元気よく返事をする。
その目には新品の楽器を手にする喜びと、新たな挑戦が楽しみで仕方ないという期待と意気込みがありありと浮かんでおり、ムルクも口の端を上げて笑む。
「教えがいがありそうだな!」
心底楽しそうに言うと、窓際に置かれている椅子で読書を始めたセレストと、ムルクの隣で見学するイナが見守る中、ヒューティリアにフルートの基礎を教え始めた。




