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和解

 家の中どころか家の外にもセレストがいないことを知ったヒューティリアは、日が暮れるまで地面に座り込んでいた。

 やがて周囲が薄暗くなると、ぎこちない動きで自室に戻り、扉に鍵をかける。途端にその目からは雫が零れ落ち、溢れ出した感情を抑え込むようにベッドに突っ伏した。

 外がすっかり暗くなっても部屋の中にはしゃくりあげる声だけが響いている。


『泣かないで、ヒューティリア』

『セレストは絶対帰ってくるから』

『あぁ、声が届かないのがもどかしいっ!』


 心配した精霊や妖精たちが周囲に集まって慰めようとしているものの、まだ彼らの気配を感じ取れないヒューティリアにその声は届かない。

 体を光らせて自分たちの存在を知らせてみても、ベッドに突っ伏して泣いているヒューティリアが彼らの存在に気付くことはなかった。


 慰めることもできないもどかしさに頭を抱える精霊や妖精たち。

 その傍らでヒューティリアは、日が暮れてもセレストが姿を見せなかったことで、また見捨てられたのだと、今度は自分のせいで見限られてしまったのだと思い込んでいた。

 家ごと放棄するなんてあり得ないことなのだが、冷静さを失っているヒューティリアがそのことに思い至るはずもなく。

 深い後悔の念に駆られ、止めどなく溢れてくる涙を堪えることもできずに、ただただ泣き続けていた。






 一方セレストは暗い森の中、家路を急いでいた。

 既に野生動物たちが活発に活動する時間帯に入っている。油断なく周囲を警戒しながら、先頭に立って歩いていた。


「セレストくん、大丈夫?」


 背後からかけられた言葉に、セレストは「大丈夫です」とだけ答えた。

 セレストの後ろには、森に隣接する村の住人サナと、その息子のグラがついてきている。

 野生動物に襲撃される可能性を考慮して、目に付く明かりは魔法師団で野生動物への対処法を身に付けてきたセレストが持っており、サナはそんなセレストの身を案じていた。


「ごめんなさいね。うちの人たち、私以外に家のことができる人間がいなくて。食事の用意をする時間が省けていたらこんな遅くならなかったのに」

「いえ。こちらこそ、急なお願いをしてしまい申し訳ありません」


 セレストは周囲にいる精霊や妖精たちの声に耳を傾けて危険がないことを確認すると、背後を振り返り、頭を下げた。

 するとサナは優しい微笑みを浮かべる。


「いいのよ。ヒューちゃんには困ったら私を頼ってって言ってあるんだし、それはね、セレストくんにも言いたかったことなの。困ったら私を頼って。私はね、小さい頃にはソルシスさんに。子供が生まれる頃にはマールエルさんに助けてもらったことがあるの。あなたたちの力になることで、その恩返しをさせて欲しいのよ」

「……ありがとうございます」


 思い掛けない言葉にどう返すべきか悩み、セレストは無難に礼を述べた。

 サナは目を細めて「ふふ」と笑う。


 その様子を、サナの横を歩いているグラがちらちらと見ていた。正確には、セレストの方をやたらと見ていた。

 セレストもその視線には気付いていたが、グラが何も言ってこないので放置して前に向き直る。


 そういう見て見ぬ振りをするところが駄目なのだと、以前同僚だったムルクから散々言われていたのだが、セレストからしたら相手が何も言わないのにわざわざ何の用か問う意味がわからなかった。

 セレストは、“言いたいことがあるなら言えばいい。言わないのなら、言いたくない、もしくは言う必要がないことなのだろう”という考えの持ち主なのだ。

 それがある意味、今回の行き違いを生んでいる一因でもあるのだが……その事に気付く者は、恐らくいない。




 そうこうしているうちに家が見えてきた。

 通常なら明るい月夜でもない限り、夜の森の中で明かりの灯っていない家を視認するのは難しい。

 しかし今、闇に沈む森の中ではっきりと家の外観が確認できた。精霊や妖精たちが発っする光が、家を取り囲むように大量に灯っているからだ。


「うわぁ……」


 思わずといった様子でグラが感嘆の声を漏らす。


「あらあら、綺麗ねぇ」


 サナも幻想的な光景に溜息をついた。


 しかし、セレストはそれどころではなかった。

 迂闊そうでありながら案外用心深い精霊や妖精たちがこんなに目立つ行動を起こすこと自体が異常であり、そんな彼らが家の周辺にあんなに多く集まっている状況にも不穏さを覚える。


「何があった?」


 サナやグラの目があることも構わず、セレストは空中に問いかけた。

 するとセレストの周囲でも精霊たちの光が灯りだす。


『ヒューティリアが部屋から出てきたんだけど、セレストが家の中にも外にもいなくてショックを受けたみたい』

『また部屋に籠っちゃったんだ』

『もうずっと泣いてるの』

『早く、早く帰ってあげて』


 次々と告げられる言葉に困惑しながらも、セレストは背後にいる母子に「急ぎましょう」と声をかけてやや歩調を速めた。そして家に辿り着くなり、玄関扉を開けてそのまま家の奥へと入っていく。

 セレストに続いていたサナとグラはこのまま家に入っていいものかと迷っていたものの、玄関前にいて野生動物に見つかっては厄介だと判断して家の中に入り、玄関扉を閉めた。


 家に入ると、リビングの向こうにある廊下の方から扉をノックする音が聞こえてきた。しかし呼びかける声は聞こえてこない。

 サナがそっと覗き込むと、セレストはノックした姿勢のまま、言葉を探すように視線を彷徨わせていた。


 実際、セレストはかけるべき言葉を何も考えていなかった。ただ急いで帰らなければと、帰宅したことを伝えなければと思い、扉をノックしただけ。

 そのまま完全に思考が停止してしまっていた。


 何とも声をかけ難い雰囲気に、サナもグラも固唾を飲んで成り行きを見守っている。

 そんなふたりの視線の先でセレストはしばし立ち尽くしていたが、徐に改めて扉をノックした。


 途端に部屋の内側から慌しい足音が聞こえ、鍵が開く音が響いた。同時に、勢い良く扉が開かれる。

 部屋の中からは見事な赤髪の少女が走り出てきて、そのままセレストに体当たりするように飛びついた。


「ごめんなさい! ごめんなさい……!!」


 しゃくりあげながらも掠れた声で必死に謝り始めたヒューティリアに、セレストは困惑する。

 謝るべきなのは恐らく自分の方だろう。精霊や妖精たちの様子からしても、自分の対応がまずかったのだろうとセレストは感じていた。



 魔法師団にいた時にもそういうことは時々あった。自分が何か至らない対応をしたせいで同僚を怒らせたり、仕事上で関わった人物からクレームを受けたりしていた。


 実際セレストの対応は「相手に対する配慮」という点において不足があった。

 害獣駆除任務を終えて帰る際に打ち上げをしようと持ち掛けられれば素気無く断り。

 依頼主の期待以上の結果を出して個人への報酬を差し出されれば、団を通さない報酬は受け取ってはいけない決まりだと、やはり素気無く断り。

 基本的にセレストは、言葉選びをしないところに問題があるのだ。


 いずれにせよ、相手側が仕事のみの間柄と割り切ってくれればそれでお終いになるのだが、稀に問題に発展することがある。

 しかしセレストの対人関係問題解決能力は無に等しい。結果、その都度ムルクや団長のワースが間に入って問題を解決してくれていた。


 このままではいけないとセレストも自分なりに反省して、できるだけ相手のことを考えて対応するようにはしているのだが、如何せん根深い性質のため、そう簡単に直るはずもなく。

 団を抜けたことで気が緩んでいるのもあるのかも知れないが、ここに来てその性質が悪い目として出てきてしまったようだ。



 セレストは体当たりしてきたまま体を小刻みに震わせているヒューティリアの肩に、恐る恐る手を置いた。するとぴたりとヒューティリアのしゃくりあげる声と震えが止まる。


 悪いと思ったら謝る。ヒューティリアはそれを実践している。ここはこの少女を見習うべきところだろうと考え、セレストは「俺も配慮が足らなかったんだろう。悪かった」と伝えた。

 その声が耳に届くなりヒューティリアは勢い良く顔を上げ、セレストを見上げた。泣き腫らした目。しかし、その瞳はしっかりとセレストを見据えている。


「何であんたが謝るの。悪いのはあたしなのに……」


 先日と同じような言葉を向けられて、セレストはしばし考えた。

 何でと言われても……と思考しかけたところで、先日ヒューティリアが口にしていたある言葉を思い出す。


「悪いことをしたら怒れ。駄目なことをしたら言え、だったか。その言葉をそっくりそのまま返す」


 思い掛けない返しにヒューティリアは目をぱちくりと瞬かせた。


「俺は自分に配慮が足りないことはわかっているが、一体どの場面でどんな配慮が足りなかったのかはわからない。今回もそうだ。精霊や妖精たちからは俺が駄目だったのだと散々言われた。だが、俺には何が駄目だったのかがわからない。何が駄目だったのかわからないから迂闊に謝ることもできない。だから、気付いた時は指摘してもらえると助かるんだが」


 そう告げたセレストの言葉にヒューティリアは呆気にとられ。玄関から様子を窺っていたサナからは吹き出し笑いが漏れた。

 その声でセレストはサナたちがいることを思い出し、ばつが悪そうな表情を浮かべる。

 すると今度はヒューティリアが吹き出して笑った。


 この家に来て一番の、純粋な笑顔がそこにあった。

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