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すれちがい

 ヒューティリアが部屋から出てこなくなってしまった。


 セレストが何度声をかけようとも、部屋からは出て来ず。

 最初こそ返事くらいはあったものの、段々と返事すらしなくなってしまった。


 魔法使いの家には不用意に触れると危険な物が多いことから、各部屋に内側からかけられる鍵が設置されているのも災いした。

 ヒューティリアが内側から鍵をかけた上で窓のカーテンを引いてしまい、完全に外部から部屋の様子を窺うことができなくなってしまったのだ。


『困ってるね』

『お困りだね』


 リビングのテーブルに突っ伏しているセレストの周りに、精霊や妖精たちが集まってくる。

 しかしセレストは全く反応しない。


『一応様子は見てきたけど、今のところ健康状態に問題はなさそうだよ』

『でもすごくぼんやりしてたよね』

『魂、抜けちゃってたよね』


 次々と齎されるヒューティリアに関する状況報告に、セレストは小さく呻いた。


 ヒューティリアが部屋に籠ってから既に五日。

 二日目の時点でこのままでは餓死させてしまうと思ったセレストは、精霊に頼んで食べ物の香りをヒューティリアの部屋に送り込んでもらった。

 空腹は耐え難いものだ。そんな時は食欲をそそられる食べ物の匂いにつられて、匂いのもとに足を運んでしまうものだと考えた。


 しかし、ヒューティリアは部屋から出てこなかった。


 次にセレストは、“ヒューティリアは自分に対して怒っている”という点に着目した。

 自分が家の中にいるからヒューティリアが部屋から出てこないのかも知れないと考えて、半日以上外で畑仕事をしてみたり、泉の前でライアーを弾いてみたりした。セレストが外にいる事は物音から察する事ができるはずだ。


 結果、頼んでいもいないのに状況を逐一報告してくれる精霊や妖精たちからの情報で、どうやらこの方法は有効であるらしい事がわかった。

 初日はすぐにセレストが家の中に戻ってくることを警戒してか、様子を窺っていたらしかった。

 しかし翌日はかなり警戒しながらも部屋から出てきたそうだ。そして食料庫の果物をいくつか持って部屋に戻ったらしい。


 とりあえずほっと胸を撫で下ろす。

 栄養面は心配だが、果物なら空腹も喉の乾きも幾らか緩和してくれるだろう。


 一方で。

 ここ三日間、毎日半日は外にいるようにしていたセレストだったが、元々肉体労働が得意ではないセレストは外仕事をするようになって三日目にして、単純に体力的限界を迎えてしまい、テーブルに突っ伏していた。


『さて、どうやってお姫様を救出する?』

『やっぱりセレストが自分の至らない点を自覚するしかないんじゃない?』

『そんなの待ってたら、いつまで経ってもヒューティリアは部屋から出て来れないよ』


 好き放題言っている精霊や妖精たちを無視して、セレストは何とか体を起こして立ち上がり、小さな荷袋を手に取った。


『どこか行くの?』

「……共倒れになる前に、助けを求めに行ってくる」


 セレストの返答に、精霊や妖精たちは『どういうこと?』『誰に助けを求めるの?』とざわめいていたが、セレストは足早に玄関まで移動してしまった。

 家から出る前に一度廊下の方を振り返り、そっと扉を閉める。


 残された精霊や妖精たちはしばらくざわついていたが、やがて二手に別れた。

 片方は家に残り、もう片方はセレストについていく。


『ねぇ、ひとりにしちゃって大丈夫なの?』

「部屋から出てきても家の中止まりだから大丈夫だろう。それよりもこのままだと栄養失調で死なせてしまいかねない。俺ももう外仕事で時間を潰すのは無理だ。一刻も早く解決しなければ、共倒れになることは間違いない」


 淡々と応じるセレストの心中は、その落ち着いた口調に反してあまり穏やかではなかった。


(死なせてしまったら寝覚めが悪い……いや、そういうのではなくて……)


 セレストは首を捻りながら、自分でも理由のわからない不安と焦りを覚えて足早に森の中を進んでいく。


 ──本当は。

 その気になれば妖精に頼んでヒューティリアの部屋の鍵を開けてもらう事もできた。しかし何となくそれでは何も解決しない……それどころか、状況が悪化する気がして実行しなかったのだ。


 いずれにせよ、このまま膠着状態が続けば互いの限界はそう遠くない日にやってくるだろう。

 その前になんとかしなければという気持ちだけが、セレストが自覚できている今の自らの思いだった。






 しんと静まった部屋の外の様子を窺って、ヒューティリアはそっと部屋の扉を開けた。

 家の中はがらんとしていて、人のいる気配はない。


(また畑か泉のところにいるのかな)


 そんな事を考えながら、そろりそろりと足音を殺して移動する。向かう先は調理場横の食料庫だ。

 途中調理場を見遣ると、鍋の中に一人分にしては多い量のスープや、パンが乗っているのであろう布が掛けられた皿が置いてあった。

 恐らくヒューティリアの分の朝食だ。セレストはしっかりとヒューティリアの分も食事の用意をしてくれているのだ。


 それを嬉しく思う反面、手が出せないでいる。残すのも申し訳なく思うが、何故か強い抵抗感を覚えるのだ。

 ヒューティリア自身は何に対して抵抗を感じているのかよくわかっていない。自分が負けず嫌いであるという自覚がないから、時に厄介なその性格が素直になるのを邪魔していることになど気付きもしない。


 ヒューティリアは謎の敗北を齎すであろう場所から逃げるように食料庫に入ると、目につく所に置かれている果物をいくつか手に持って部屋に戻った。

 不思議なもので、果物であれば罪悪感はあれど敗北感のようなものは感じない。

 早速空腹を訴え始めたお腹を押さえながら果物にかぶりついた。


 こうしていると、この家に来た日の事を思い出す。

 警戒しながら廊下に出て、抜き足差し足で食料庫に潜り込んで。空腹のあまり、置かれていた果物を夢中で頬張って。

 空腹が収まり落ち着くと、色々なことを思い出した。


 正に、今現在のように。


 ここでの生活はヒューティリアにとって充実した毎日だった。この家も居心地がいい。

 セレストは目に見えて優しくしてくれるわけではないけれど、ちゃんとヒューティリアのことを気にかけてくれるし、わからないことは聞けば何でも答えてくれた。

 セレストは実の家族以上に、ヒューティリアの事を考えてくれている。そう思った。

 ちょっと他人への関心が薄くて鈍いところもあるけれど、そこに悪意はなくて──


 そう、そこに悪意はないのだ。

 部屋に籠っていた数日間、ずっと考えていた。

 その結果、色々なことが見えてきた。


 セレストは決してヒューティリアの事をどうでもいい存在だとは思っていない。

 だからこそ突然師から押し付けられたヒューティリアの面倒を見てくれているし、部屋に籠ってからも声をかけてくれたり、ヒューティリアの事を考えてか日中は家の中ではなく外で過ごしてくれている。

 心配されている。その自覚はあった。


 だから先日の件は自分が悪かったのだと謝りたいのに、何故かそれができない。セレストが家にいる時に、部屋の外に出る勇気が出ない。

 そのことが情けなくて、けれどどうすることもできなくて、ヒューティリアは途方に暮れていた。


(でも、このままじゃ駄目)


 ヒューティリアは口許を引き結び、今日こそ部屋から出ようと決意した。

 セレストが家の中に戻ってきたらすぐにでも部屋から出て言うのだ。

 この前は我が侭を言ってごめんなさい。部屋に籠って心配をかけてごめんなさい、と。


 ……と、そこまで考えたところである事に気が付いた。

 いつもなら家の外から聞こえてくる畑を耕す音やライアーの音が、一切聞こえてこないことに。


 そうっとカーテンの隙間から外の様子を窺う。

 しかしヒューティリアの部屋は畑や泉がある方角とは真逆にあるため、見えたのは鮮やかに色づいている木々と、薬草を保管する倉庫のみ。

 改めて耳を澄ませてみても、さわさわと風が木々を揺らす音は聞こえど人が立てるような物音は聞こえてこない。


 さっと血の気が引いた。


 ヒューティリアはそれまで躊躇していたとは思えないほど勢いよく部屋から飛び出し、玄関扉へと駆け寄った。そのまま扉を開き、外に出る。左右を見回してもセレストの姿はない。

 すぐさま家の横、泉の方へと走り出す。

 心臓が嫌な鼓動を刻む中、ヒューティリアは泉と畑を一望できる地点で足を止め────



 誰もいない光景を目にして、膝から崩れ落ちた。

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