表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/115

師匠と弟子

「結局、私が来なくても解決したみたいね」


 サナはにこにこと微笑みながら、並んで座るセレストとヒューティリアを見遣る。

 既に時間が遅いということもあってサナとグラには一晩泊まってもらい、明日の朝、村まで送り届けることになっていた。今はセレストとサナが作った夕食を四人で囲んでいる。


「すみません。ご足労頂いたのに」

「いいのよ! またいつでも遠慮せずに頼って頂戴。あっそうだ、ヒューちゃん。この子うちの息子なんだけど、年が近いから気が合うかなぁと思って連れてきたの。村にいるソーノちゃんっていう子もヒューちゃんと年が近いから仲良くなれるんじゃないかしら〜」


 セレストは慣れない空気にいつも以上に言葉数が減っている。ヒューティリアもサナから色々と勧められて胃袋の限界に近い量を食べたので、苦しさのあまり話を振られても返事ができない。

 今はサナが次々と話題を提供しているが、特に返答がなくても話は進んでいく。そんな母親に息子のグラは「母ちゃんひとりで喋りすぎ」とじっとりとした目を向けてぼやいていた。


「それにしても、今回はヒューちゃんもちょっと悪かったわね? セレストくんはヒューちゃんのことを理解しようと考えていたけれど、ヒューちゃんはセレストくんのことを理解しようとした?」


 この問いに、ヒューティリアはぶんぶんと首を左右に振った。既にそのことは自覚しているので、素直にサナの言葉を受け入れる。


「そう。ちゃんとわかっているならよかったわ。だから“ごめんなさい”だったのね」

「うん……」


 頷きながらちらりとセレストを横目で見ると、セレストは感心したような顔でサナの方を見ていた。


「あとね。どんなに怒っていても、顔を合わせ辛くても、ご飯はちゃんと食べないと駄目よ! セレストくんも凄く心配してたわよ」

「えっ」


 今度は視線だけでなく、顔ごとセレスト方へ振り向けた。

 視線の先にいるセレストは、いつの間にか眉間に皺を寄せていた。


「あっ……心配かけて、ごめんなさい」


 決して怒っているわけではない。それはわかっているけれど、ヒューティリアは咄嗟に謝罪した。

 するとセレストは更に眉間の皺を深くして、怪訝そうな表情でヒューティリアを見下ろす。

 そんなふたりを見て、サナは困ったような笑みを浮かべた。


「私ねぇ、ふたりの間にはあるものが圧倒的に足りてないんじゃないかと思うの」

「足りないもの、ですか」

「えぇ。ねぇ、セレストくん。あなた、ヒューちゃんに何かしてもらったとき、ちゃんとお礼言ってる?」


 問われてセレストはこれまでの日々を思い起こす。

 ヒューティリアは何かと手伝おうとしてくれているが、自分はその手順を教えるばかりで礼を言ってなかったことに気が付いた。


「……言ってない、ですね」

「そう。じゃあヒューちゃん。あなたはどう? セレストくんに何かしてもらったとき、ちゃんとお礼は言ってる?」


 今度はヒューティリアに問いかける。

 するとヒューティリアははっとした表情を浮かべ、首を左右に振った。


「……さっきからね、ふたりはごめんなさいばっかりで、ありがとうはあまり言ってないんじゃないかと思ったの。もしかしたら、本当はごめんなさいよりもありがとうと言うべき場面もあったんじゃないかしら」


 言われてセレストとヒューティリアは顔を見合わせる。

 確かに思い返せば先日の件も、謝るのではなく礼を述べていればこんな風に拗れたりしなかったであろう場面が幾つか思い浮かんだ。


 ふたりに心当たりがあることは、ふたりの様子を見ていればわかる。

 サナは苦笑した。


「そう、あったのね。ならこれからは、ごめんなさいも大事だけど、できるだけありがとうを言うように心がけたらどうかしら。その方がきっと毎日が楽しくなるはずよ」

「──うん!」

「わかりました」


 元気よく頷いたヒューティリアに続いて、セレストも小さく頷いた。

 そんなふたりの様子を微笑ましく見守っていたのは、サナだけではなく──



『やっぱり感謝の言葉って大事だよね〜』

『ね!』

『セレストもぼくらから答えを聞いていればすぐ解決したのにね』

『本当にね』


 くすくす、くすくすと、妖精や精霊たちは無事解決したことを喜びながら、いつもの調子で囁き合っていた。






 翌朝。

 いつも通りセレストは朝早くから畑の世話をしていた。

 すると家の影からひょこっとヒューティリアが顔を覗かせる。それに気付いてセレストが顔を上げると、ヒューティリアと目が合った。

 ヒューティリアはセレストと目が合うなりキリッと眉尻を上げ拳を握り、全力で畑まで走ってきた。そしてセレストの前に辿り着くと、勢い良く挙手する。


「手伝う!」

「ああ、じゃあそこの──」


 と、いつも通り指示を出そうとしたところでセレストはぴたりと動きを止めた。

 指示を待っていたヒューティリアは、セレストがいつもの調子で指示を出してこないので首を傾げる。


「……ありがとう。とりあえずそこの苗をあっちに植えてくれ」

「うん!」


 早速昨夜サナに言われたことを実践するセレストに、ヒューティリアは満面の笑顔を向けて元気よく頷いた。

 セレストは苗を植え始めたヒューティリアを眺め、やたら元気だなと思いながら無意識に口許を緩めていた。

 昨日までの重くすっきりしない気分が吹き飛び、数日前まで続いていたこのやり取りが戻ってきたことに安堵する。


「ね、ねぇ、セレスト! ここに何か虫がいるんだけど、この虫は何?」

「虫? あ、冬眠前だろうから表に出すなよ」


 何気なく呼ばれて寄って行くと、ヒューティリアはガチガチに固まった笑顔を顔に張り付けていた。

 指差す先には確かに虫の幼虫がいて、幼虫について説明してやりながら何故ヒューティリアがそんなに固い表情をしているのかを考える。

 しかしまるで思い当たらない。


『名前だよ、名前!』

『この無頓着鈍感唐変木!!』


 首を捻りかけたところで、耳元で精霊と妖精が声を張り上げた。


(名前?)


 叫ばれた側の耳を押さえながらセレストは言われた言葉の意味を考え──気が付いた。


「あ、あのね。本当は、お師匠様とか、せっ、セレストみたいに師匠って呼ぼうかと思ったの。でもね、何かね、しっくりこなくて」

「ああ、なるほど」


 セレスト自身もお師匠様とか師匠とか呼ばれてもしっくりこずに反応できないだろうなと思い、頷く。


「でね、セレストさんって呼ぼうかとも思ったんだけど、それもしっくりこなくてね」

「それは……むず痒いな」

「そう!?」

「ああ」


 勢い良く顔を上げたヒューティリアの頬は上気していた。喋ることに夢中になっているようだ。


「でね、呼び捨てが一番しっくりきたから、呼び捨てじゃだめかなって。やっぱり失礼かなとも思ったんだけど、その……何か、それくらい近い感じがしてて……。でももし嫌だったら変えるから!」

「別に嫌じゃないし、変えなくてもいいんじゃないか?」

「そう!?」

「好きなように呼べばいい」

「わかった!」


 よしっ、と拳を握り込むヒューティリアは何だか嬉しそうだった。

 人の名前を呼ぶことがそんなに嬉しいものなのだろうかと思いながら、セレストは何気なく「ヒューティリア」と呼びかけた。するともの凄い勢いでヒューティリアが立ち上がり、「はいっ!」と返事をする。

 その勢いに圧されてセレストは僅かに仰け反った。


「……とりあえず幼虫を土の中に戻して、そこを避けて苗を植えておいてくれ」

「わかった!」


 気合いに満ちた返事と共に再びしゃがみ込み、幼虫の上から優しく土を被せる。目印に近くに落ちていた木の枝を浅く刺すと、その周辺を避けて苗を植え始めた。


 その様子をしばし眺めながら、本当にヒューティリアはよく出来た子だとセレストは思った。

 セレスト自身には覚えがないが、王都で見かけたこれくらいの年齢の子供たちはまだその辺を走り回って遊んでいて、泣いて怒って喧嘩して。とにかくもっと自由にしていたように思う。

 しかしヒューティリアはここに来た時から既に、誰かを手伝うという習慣を身につけていた。

 先日は感情的になっていたが、基本的には聞き分けがいい。


(こんなに手がかからないのに、何故親はヒューティリアを森の中に捨てたんだろうな?)


 不思議に思いながらも、セレストは密集し過ぎている実の間引き作業を再開した。






「セレストくん、送ってくれてありがとう。ヒューちゃん、村に来た時はいつでも遊びにいらっしゃいね」


 村まで送り届けると、サナはそう言って今日の家事を片付けるべく家へと帰っていった。


 一方、昨日大人しくしていたグラは、村に戻る道中でしきりにヒューティリアに話しかけていた。

 その話題の大半が魔法使いについてだ。


 基本的には魔法使いに憧れているグラが魔法使いの弟子になるヒューティリアを羨ましがったり、魔法使いの凄さについて延々と話していた。しかし長々と話を聞かされているヒューティリアは飽きる様子も見せず、それどころかどこか誇らしげな表情を浮かべて話を聞いていた。

 村に着く頃にはふたりはすっかり意気投合し、グラがサナに続いて家へと帰っていくのを手を振って見送っていた。


 その後セレストとヒューティリアは少しばかり冬に向けて買い足しておきたい物を購入してから、家路につく。



「そうだ、魔法のことなんだが」

「うん」

「昨日の様子だと、お前はもう充分精霊や妖精たちに好かれているようだから、明日からでも教えられると思う」

「えっ! 本当に!?」


 勢い込んで身を乗り出すヒューティリアに、セレストは頷いた。


「だから、念のため最後の確認だ」


 そこでセレストは足を止め、ヒューティリアと向き合う。

 ヒューティリアもセレストの真剣な表情につられて立ち止まり、背筋を伸ばした。


「ヒューティリア。お前は本当に魔法を学びたいか? その師となる者が、俺でいいのか?」


 投げかけられた問い。それに答えるべく、ヒューティリアは大きく息を吸い込む。

 そして一言一句聞き逃させまいと、はっきりと、強い意志を込めて答えを口にした。


「あたしは魔法を学びたい。あたしの師匠は、セレストがいい!」


 揺らぎない瞳からヒューティリアの真剣さを読み取り、セレストは無意識に淡い笑みを浮かべた。それを目にしてヒューティリアは驚き固まる。

 そのヒューティリアの頭に軽く手を乗せ、「そうか」と呟くと、セレストは再び歩き出す。

 ヒューティリアは頭に触れられた感覚に不思議な既視感を覚えながらも、慌ててセレストの後を追った。


 向かうのはくすんだ緑色の屋根の、魔法使いの家。

 この日より、ふたりは正式な師弟としての道を歩み始めた────

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ