43. 最後の夏 広がる世界
翌朝、あみと夏椰、新川は山手と望奈の恋話に付き合っていた。
「山手ちゃんおめでとう!」
あみが大きく拍手すると、山手がはにかんだ。
「次は望奈ちゃんの番だぞっ」
「心の準備が出来次第……」
いつもは元気の良い望奈だが、この手の話題を振られると打ちしおれてしまうようだ。
「そうなると、うちの方が先だったりして」
「ニカが!? 誰か、意中のお相手でも!?」
あみは新川に迫った。
「まだ居ないけど、あみちゃんと夏椰ちゃん、山手ちゃん見てたら恋とかしたくなって。望奈ちゃんがこの調子じゃ、うちが誰か良い人見つけてくっつく方が早いかも」
「そんなぁ……うぅ、新川より先に彼氏作るもん」
「作れるでしょ」
そう喋っていると、英語の先生が入室した。まもなく課外授業が始まった。
3教科の講義を終えたあみは、椿と一緒に仙台市街地へ行く事にした。夏椰も誘ったが、彼女はアルバイトを終えた笹上の元へ向かうようだった。
「ラブラブだねぇ」
「そういうつば嬢だって、こないだでてん君と2年突破したじゃん」
「うん! まだ2年ね……何年でも居たいなぁ」
「だよねぇ。うちも先輩と……」
あみは夢見心地で遠くを見つめた。その視線の先を、彼女が描いているであろう理想の未来を思わせる、仲睦まじい老夫婦が歩いていた。
「いいなぁ、病める時も健やかなる時も、どんな時も……そうだ、つば嬢」
あみは何かを呼び起こしたようだ。
「奏ちゃんとか居なくなった時、探すの手伝ってくれたよね。今だって、矢遣団だっけ? 陸君が作ったのにも入ってるし」
「それは……てん君が居なくなった友達心配してたからなのと、椿が、祀陵高校3年5組のクラス委員だから」
羽依花が祀陵高校を去ってからは、椿がその後役となっていた。
「5組に何かあったら、椿に出来る事したいんだ。てん君や他のみんなにだってそう」
「つば嬢……ありがとう。うちや夏椰ちゃん、てん君、みんな付いてるからね」
あみは自分や仲間の分、椿の背中を優しく叩いた。
街中で、あみと椿は藤松と鉢合わせした。彼女はバイオリンのお稽古まで暇を持て余していたようだ。
「家に居てもつまらないから」
「分かる分かる!」
男女交際を禁じられているという藤松程ではないが、あみの両親も教育熱心なのだ。
「せっかくだし、3人でお茶しましょ」
「賛成!」
あみと椿は藤松の案内で、上品な雰囲気のカフェに入った。椿もその店には慣れているようだった。
「うち、場違いじゃない?」
「大丈夫。大人の階段登ると思って」
「わ、分かった……」
あみは店内の雰囲気や客層に戸惑ったが、椿が助言してくれた。
しばらくして、アイスロイヤルミルクティーが運ばれて来た。ロイヤルと銘打っている分、あみが普段飲んでいるミルクティーとは明らかに別物だ。
「プチ贅沢、ってこんな感じかな」
あみは、彼氏の友人である社会人の先輩や、背伸びして読んでみた20代向けの雑誌で覚えていた言葉の意味が分かった気がした。
「そうでしょうね」
藤松が応えた。椿もその隣で頷いている。
「ありがと……うちの世界がまた広くなったよ」
格上の世界を教えてもらった、本来なら出会えないはずの藤松に。
その理由や経緯は良くない事だったが、彼女や他の宮城万路高校生、遠い町で同じ敵に立ち向かう仲間達を知って、勉強漬けでは分からない世界を切り開けたと、あみは実感したようだ。
お喋りに花を咲かせ、お茶を飲み切ったあみと椿、藤松は店の前で別れた。
「またねー、お稽古がんばー」
「それじゃあね!」
藤松が遠ざかると、あみと椿は途中まで一緒に帰った。