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【秦末興亡記】 ~始皇帝の子に転生した公子は、乱世を生き抜く~  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第4章 秦の終焉

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第96話 開かれた函谷関

 翌朝、俺は王離(おうり)を伴い、函谷関(かんこくかん)の前へ出た。


 もっとも、王離(おうり)は表向きにはすでに死んだことになっている。ここで生存が広まれば、鉅鹿(きょろく)で行った戦死偽装の意味がなくなるため、鎧を着込み、兜も顔がほとんど見えないほど深く被らせていた。同行する兵も事情を知る者だけに絞り、楚軍は十分に後方へ待たせてある。


 城壁の上では、秦兵たちがこちらを警戒していた。昨日まで五日間も項羽(こうう)の猛攻を防いできた兵だけあって、俺たちが少人数で現れた程度では気を緩める様子もない。


「王賁(おうほん)! 話がしたい!」


 俺が声を張ると、やがて城壁の中央へ一人の女が姿を現した。


 久しぶりに見る王賁(おうほん)は、以前より痩せていた。それでも背筋は伸び、城壁の上からこちらを見下ろす目には、魏や楚の戦場を渡ってきた頃と変わらない強さが残っている。


「随分と立派になったものだな、公子扶蘇(ふそ)」


 再会して最初に返ってきたのは、懐かしさではなく冷たい声だった。


「王氏に守られて函谷関を逃れ、その後は秦に刃を向け、今度は楚軍を連れて戻ってきたか。私たち母娘が何のためにあの時ここへ残ったのか、お前はもう忘れたのか?」


「忘れてない」


「なら、なぜ項羽(こうう)とともに来た!」


 王賁(おうほん)の声に怒りが滲んだ。


「お前を逃がすため、王氏の兵がどれほど死んだと思っている。私は捕らえられ、王離(おうり)は私を人質に取られたまま秦軍へ縛りつけられた。その果てに娘は鉅鹿(きょろく)で死んだというのに、お前はその秦軍を破った楚と並んでここにいる。王離(おうり)が生きていれば、何と思っただろうな」


 最後の言葉を聞き、俺は返事をせずに後ろを振り返った。


 それだけで十分だった。


 王離(おうり)が一歩前へ出る。


「……何だ、その者は」


 王賁(おうほん)が訝しげに目を細めた。


 王離(おうり)はすぐには答えず、兜の縁へ手を掛けると、城壁の真正面からだけ顔が見える程度に、ゆっくりと持ち上げた。


「母上」


 大声ではなかった。


 だが城壁の上にいる王賁(おうほん)には、はっきり届いたらしい。


 その表情が凍りついた。


「……王離(おうり)?」


「はい。母上」


 王賁(おうほん)はしばらく動けなかった。死んだはずの娘の顔を確かめるように何度も見つめ、やがて城壁へ片手をついた。


「お前……生きて……」


「申し訳ありません。母上を欺く形になってしまいました」


 王離(おうり)は周囲から顔を見られる前に、再び兜を深く下ろした。


 それだけで王賁(おうほん)には十分だった。


 焼けた遺体。


 残された大剣。


 戦死したという報告。


 そして今、目の前に立つ娘。


 王賁(おうほん)の視線が、今度は俺へ向いた。


「……お前がやったのか」


「ああ。王離(おうり)には戦死したことにしてもらった。その方が、王賁(おうほん)を人質にして王離(おうり)を縛る意味がなくなると思ったから」


 王賁(おうほん)は返事をしなかった。


 ただ、頬を涙が伝った。


「馬鹿娘が……」


 声が震えていた。


「母など捨てて逃げればよかったものを。それでも生きていたのか」


「はい」


「なら、それでいい。謝るな」


 王賁(おうほん)は乱暴に目元を拭った。


 その姿を見ながら、俺はようやく少しだけ胸の力を抜いた。


◆


 だが、娘が生きていたことと、函谷関(かんこくかん)を開くことは別の問題だった。


 王賁(おうほん)はその場ですぐに降伏を口にせず、しばらく城壁の下にいる俺たちを見つめていた。今ここで門を開けば、五日間押し返してきた楚軍が一気に関中へ入ることになる。


 項羽(こうう)の強さは、実際に戦った王賁(おうほん)自身がよく知っていた。


 劉邦(りゅうほう)では、まず勝てない。


 そして秦王である子嬰(しえい)も、楚軍が咸陽(かんよう)へ入れば無事では済まない可能性が高い。項羽(こうう)にとって秦は故国を滅ぼした敵であり、叔母の項梁(こうりょう)まで秦軍に討たれている。


 門を守り続ければ、まだ秦を残せるかもしれない。


 王賁(おうほん)がここへ立った理由も、それだった。


 しかし今、その城壁の下には死んだはずの娘が生きて立っている。その隣にいるのは、かつて王氏が命を懸けて逃がした公子扶蘇(ふそ)だった。


「公子扶蘇(ふそ)。一つ聞く」


「うん」


「お前は秦を捨てたのか」


 俺はすぐには答えなかった。


 秦という国。


 始皇帝が作った帝国。


 胡亥(こがい)と趙高(ちょうこう)が支配した宮廷。


 そのすべてを同じものとして答えることは、もうできなかった。


「秦の人たちを捨てるつもりはない」


 俺がそう答えると、王賁(おうほん)は僅かに眉を動かした。


「国ではなく、人を守ると言うのか」


「今の俺には、その方が大事なんだ。秦って名前を残すために民や兵が死ぬなら、俺はそっちを選ばない。でも、秦で生きてきた人たちまで捨てるつもりもない」


 王賁(おうほん)は目を閉じた。


 自分が守ろうとしてきた秦と、目の前にいる扶蘇(ふそ)が残そうとしているものは、同じではないのかもしれない。それでも娘は生き、秦兵たちも扶蘇(ふそ)のもとへ集まり始めている。


 国号が消えれば、秦は終わる。


 そう考えてきた。


 だが、王氏も、秦の兵も、秦で暮らしてきた民も、国号と同時に消えるわけではない。


 そして公子扶蘇(ふそ)が生きている限り、秦のすべてが途絶えるわけでもなかった。


 王賁(おうほん)は最後にもう一度、兜を深く被った王離(おうり)を見た。


「……門を開けろ」


 周囲の秦兵たちがどよめいた。


「将軍、本当に?」


「二度言わせるな。函谷関(かんこくかん)を開ける」


 それから城壁の下へ顔を向ける。


「公子扶蘇(ふそ)。私は降る。ただし、娘をもう一度死なせるような真似をしたら、今度こそお前を斬るからな」


「分かってる」


 俺はようやく笑った。


「約束する」


◆


 五日間、項羽(こうう)の猛攻にも耐えた函谷関(かんこくかん)の門が、重い音を立てながら開き始めた。


 その報せを受けた項羽(こうう)は、事情を細かく問うより先に素直に喜んだ。


「やったではないか、扶蘇(ふそ)! 五日攻めて開かなかった門を、本当に一日で開けたか!」


「昔から知ってる相手だったからな。それだけだよ」


「それをできることが大したものなのだ」


 項羽(こうう)にとって重要なのは、これ以上兵を失わずに関中へ入れるという事実だった。兵糧を受け取ったばかりとはいえ、長い攻城戦を続けるより、そのまま咸陽(かんよう)へ向かえる方がいいに決まっている。


「よし、全軍に通達しろ。今日は関内へ入る。無駄な攻撃はやめさせろ」


 項羽(こうう)が上機嫌で命令を飛ばす横で、范増(はんぞう)だけは別のものを見ていた。


 扶蘇(ふそ)だった。


 五日間、項羽(こうう)が武力で落とせなかった函谷関(かんこくかん)を、この男は王氏との繋がりだけで開けてしまった。


 しかも、これでまた一人増える。


 蒙恬(もうてん)がいる。


 楊端和(ようたんわ)がいる。


 そして今、王賁(おうほん)まで扶蘇(ふそ)の側へ加わろうとしている。


 その背後には、すでに十万を超える秦兵もいる。


(ますます危うい)


 范増(はんぞう)が恐れているのは、扶蘇(ふそ)が今すぐ反旗を翻すことではなかった。


 本人に野心があるかどうかすら、ある意味では問題ではない。


 秦の公子という血筋を持ち、秦の名将たちが集まり、秦兵が従う。それだけの条件が揃えば、本人が望まなくても周囲が王として担ぎ上げることができる。


(項羽(こうう)は気に入りすぎておる)


 今ここで強く危険性を訴えても、項羽(こうう)は聞かないだろう。それどころか、扶蘇(ふそ)を害そうとしていると受け取られれば、自分の方が疎まれる可能性さえある。


 だから范増(はんぞう)は何も言わなかった。


 ただ、公子扶蘇(ふそ)への警戒をさらに一段深くした。


◆


 函谷関(かんこくかん)開城の急報は、すぐに劉邦(りゅうほう)のもとへも届いた。


「……開いた?」


 報告を聞いた劉邦(りゅうほう)は、最初は意味が分からないという顔をした。


「はい。守将の王賁(おうほん)殿が降伏し、楚軍を関内へ入れたとのことです」


「五日も項羽(こうう)を止めてたんだろ。あの王賁(おうほん)が、何で急に開けるんだ?」


「公子扶蘇(ふそ)が到着した後、交渉が行われたようです」


「……扶蘇(ふそ)が?」


 劉邦(りゅうほう)の顔から血の気が引いた。


 王賁(おうほん)なら守れると思っていた。項羽(こうう)といえど、堅固な函谷関(かんこくかん)を短期間では落とせない。その間に何かしら手を打てると考えていたからこそ、張良(ちょうりょう)と蕭何(しょうか)の反対を押し切って関を閉じたのである。


 その計算が、一日で崩れた。


 子嬰(しえい)も同じことを理解していた。


「項羽(こうう)殿が……関中へ入られたのですね」


 声が僅かに震えている。


 劉邦(りゅうほう)はすぐに子嬰(しえい)の手を取った。


「大丈夫だ。俺が守るって言っただろ。今さら項羽(こうう)が来たからって、約束を変えるつもりはない」


 子嬰(しえい)は頷いたが、不安は消えなかった。


 函谷関(かんこくかん)という最後の壁がなくなった以上、項羽(こうう)はもう止まらない。


 咸陽(かんよう)まで来る。


 しかも今の項羽(こうう)は、劉邦(りゅうほう)が自分を締め出そうとして関を閉ざしたことまで知っている。


 その場にいた張良(ちょうりょう)は、これ以上正面から劉邦(りゅうほう)へ諫言しているだけでは間に合わないと判断した。


◆


 その夜、張良(ちょうりょう)は密かに咸陽(かんよう)を出た。


 向かったのは函谷関(かんこくかん)を越えた楚軍の後方であり、目的の相手は前線で戦う将ではない。


 項伯(こうはく)。


 項羽(こうう)と同じ項氏に属し、楚軍の中では珍しい男である。希少な男を危険な前線へ出す必要もないため、普段は本隊より後方に置かれており、戦場よりも一族や諸将の間を取り持つ役目を担うことが多かった。


 張良(ちょうりょう)と項伯(こうはく)には以前から面識がある。


 深夜に突然名を告げても、項伯(こうはく)は追い返さなかった。


「こんな時間にどうした、張良(ちょうりょう)。しかも一人で来るとは、穏やかな話ではなさそうだな」


「お願いがあって参りました」


 張良(ちょうりょう)は座るなり頭を下げた。


「沛公・劉邦(りゅうほう)に、項羽(こうう)殿へ弁解する機会を与えていただきたいのです」


 項伯(こうはく)はすぐに意味を理解したらしく、苦い顔をした。


「函谷関(かんこくかん)を閉じた件か。あれは私でも擁護しづらいぞ。項羽(こうう)は本気で怒っている」


「承知しております。沛公の判断が軽率だったことも否定いたしません」


「ならば、私にどうしろと?」


「話をする前に戦にならぬよう、間を取り持ってください」


 張良(ちょうりょう)は顔を上げた。


「項羽(こうう)殿と沛公がここで争えば、秦を倒した直後に楚の軍同士が殺し合うことになります。沛公が函谷関(かんこくかん)を閉じた理由も、関中を奪って項羽(こうう)殿へ刃を向けるためではありません。少なくとも、その説明を本人の口からさせていただきたいのです」


 項伯(こうはく)は腕を組み、しばらく黙っていた。


「項羽(こうう)が聞くと思うか?」


「聞かせていただくために、あなたのもとへ参りました」


「随分と難しい役目を持ってきたな」


「申し訳ありません」


 張良(ちょうりょう)はもう一度頭を下げた。


「ですが、今の楚軍で項羽(こうう)殿の怒りに割って入れる方は多くありません。どうか一度だけ、沛公に話す機会をください」


 項伯(こうはく)はすぐには答えなかったものの、拒絶もしなかった。


 函谷関(かんこくかん)は開いた。


 次に必要なのは、閉じられた人と人との間をどう開くかだった。


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