第94話 函谷関再び
項羽の楚軍が西へ進み、函谷関へ迫っている。その報せが咸陽へ届いた時、張良と蕭何はほとんど同時に、関を開いて受け入れるべきだと考えた。
「ここで項羽殿と争う理由はありません」
地図を前に、張良が静かに進言する。
「我々が先に関中へ入ったことは事実ですが、函谷関を閉ざせば、沛公が関中を独占する意思を示したと受け取られます。項羽殿は鉅鹿で秦軍主力を破っておりますし、その功を考えても、ここで敵に回すべき相手ではありません」
「私も同意見です」
蕭何も頷いた。
「秦はすでに降伏しています。ならば関を閉ざす大義もございません。むしろ楚軍を迎え入れた上で、関中の扱いを改めて話し合うべきでしょう」
劉邦にも理屈は分かっていた。
自分も項羽も、もとは楚王・心の命を受けて秦を討つために進軍した者同士である。ここで函谷関を閉じれば、こちらから争いを仕掛けるようなものだった。
だが、劉邦の視線は地図ではなく、少し離れた場所に座る子嬰へ向いていた。
子嬰は何も言わなかったものの、その顔には不安が滲んでいる。秦は項羽の叔母である項梁を討ち、楚そのものもかつて秦によって滅ぼされた。項羽が秦王である子嬰を許すとは、劉邦にはどうしても思えなかった。
「項羽が入ってきたら、子嬰はどうなる」
張良はすぐには答えず、蕭何が慎重に口を開いた。
「少なくとも、秦王族に厳しい処置を求める可能性は高いでしょう。ただし、それを避けるために項羽殿と戦うとなれば、話はまったく別です」
そこで子嬰が顔を上げた。
「沛公」
「何だ?」
「私を、守ってくださいますか」
声は小さかったが、劉邦には十分だった。
「私は秦王の位に執着しているわけではありません。すでに秦は降り、私自身も沛公へすべてを委ねました。それでも項羽殿が、私を秦の象徴として許さぬというのであれば、私には抗う術がございません」
子嬰はそこで僅かに目を伏せる。
「私は、沛公を信じて降ったのです」
その一言で、劉邦の迷いはほとんど消えた。
「分かった。俺が守る」
「沛公」
張良がすぐに声を挟んだが、劉邦は首を振った。
「一度守るって言ったんだ。ここで項羽が怖いから差し出すなんてできない」
「では、函谷関を閉ざすおつもりですか」
「そうするしかないだろ」
張良と蕭何は顔を見合わせた。
理屈では、もう止められそうになかった。
◆
問題は、誰に函谷関を守らせるかだった。
劉邦軍にも将はいるが、関中の地形や函谷関そのものを熟知している者となると限られる。そこで候補に挙がったのが王賁だった。
「王賁に頼もう」
劉邦がそう言うと、張良も渋々ながら頷いた。
「守ると決めた以上、人選としては最も妥当でしょう。王氏はこの一帯に長く基盤を持っておりましたし、王賁殿自身も函谷関の地形を熟知しております」
呼ばれた王賁は事情を聞くと、しばらく黙っていた。
胸に浮かんだのは、死んだと信じている娘の王離だった。
鉅鹿で討たれた。
その戦場を崩したのは楚軍であり、今その先頭に立っているのが項羽である。そして、かつて王氏が命を懸けて逃がした扶蘇まで、その楚と行動をともにしていると聞いていた。
それを思えば、怒りがないはずはなかった。
(王離を失い、今度は扶蘇まで楚へついたか)
しかも、劉邦は頼りない。子嬰に心を奪われ、咸陽で略奪が起きた時も自ら兵を止めることすらできなかった。
それでも、子嬰は違う。
胡亥と趙高が死んだ後、すぐに宮中をまとめ、秦王として降伏を決断した。国を無駄に焼かず、それでも残された者を守ろうとしている。
(ここで項羽を退ければ、秦はまだ終わらぬ)
関中には民が残り、郡県も残っている。劉邦があの有様でも、子嬰を中心に立て直す余地がないとは言い切れない。
「引き受けよう」
王賁はそう答えた。
◆
一方、扶蘇軍が兵糧を求めて成皋へ回っていたため、函谷関へ先に到着したのは項羽だった。
項羽は当然、門が開くものと思っていた。
秦は降り、劉邦はすでに関中へ入っている。ならば同じ楚軍である自分たちを締め出す理由などない。
ところが、見えてきた函谷関の門は固く閉ざされていた。
城壁の上には兵が並び、その中央には劉邦軍の旗とともに、王氏の旗まで翻っている。
「……何のつもりだ」
項羽の声が低くなった。
隣にいた龍且も関を睨み上げる。
「完全に閉じてやがるな。俺たちを通す気はなさそうだ」
「劉邦め」
項羽の表情から、あっという間に余裕が消えた。
范増はその様子を見て、まず使者を立てるべきだと進言したが、項羽は聞かなかった。
「門を閉じ、兵を並べた時点で答えは出ている。私たちを敵として扱うつもりなら、こちらもそのつもりで行く」
攻撃命令が下った。
◆
最初の攻撃では、項羽自身が前へ出た。
梯子を担いだ楚兵が城壁へ走り、弓兵が上から降り注ぐ矢へ応射する。項羽も門前まで迫り、守備兵が放つ矢や石の中で兵を前へ押し上げた。
だが、函谷関は鉅鹿の平地とは違う。
進路は狭く、城壁は高い。正面から進める人数そのものが限られているため、項羽がいくら強くても、その背後へ何千何万という兵を同時に送り込むことはできなかった。
城壁の上では、王賁がその違いを徹底して利用していた。
「項羽一人に兵を集めるな。あれを止めるために守備を崩せば、別の場所から上がられる。梯子を掛けたところから順に落とし、攻城具が近づけば火を集中させろ」
守備兵も項羽へ無理に挑もうとはしなかった。
梯子が掛かれば石や長槍で落とし、門へ攻城具が近づけば火矢を浴びせる。項羽が一か所へ圧力を掛けても、そこだけへ兵を集めず、関全体の守りを維持する。
初日の攻撃は日暮れまで続いたが、函谷関の門が開くことはなかった。
◆
二日目、三日目と、楚軍は攻撃を続けた。
項羽自身の勢いは衰えなかったものの、兵たちには疲労が蓄積していた。鉅鹿で秦軍主力と激戦を繰り広げ、そのまま西へ進んできた上、軍全体の兵糧にも余裕がない。
秦軍から奪った食糧のおかげでここまで進めたが、十万を超える降兵を抱えたことで消費は激しく、扶蘇へその一部を預けた後も状況は厳しかった。
「今日の配給、昨日より少ないな」
「関を抜ければ食えるだろ。もう少しだ」
「そのもう少しが、何日続くんだ」
そんな声が兵の間から出始める。
腹が減れば、攻城具を押す足も鈍る。城壁へ梯子を掛けるまでに息を切らし、矢が飛んでくれば避ける動きも遅くなる。
王賁は、その変化を城壁の上から冷静に見ていた。
「こちらから出る必要はない。攻めさせろ」
守備側には関の備蓄があり、地形の利もある。楚軍が攻め続けるほど、疲れるのは向こうだった。
項羽一人がどれほど強くても、一人で城壁全体を落とせるわけではない。
◆
四日目になると、楚軍の勢いは目に見えて鈍くなった。
初日には何度も城壁へ取りついていた部隊が、今日は矢を受けると途中で足を止める。攻城具も十分な速度で進まず、何人かが倒れれば後ろの兵が穴を埋めるまで時間がかかるようになっていた。
「まだ落ちぬのか」
項羽は苛立ちを隠さなくなった。
龍且も城壁を睨みながら顔をしかめる。
「守ってる奴が上手い。こっちが力を掛けた場所を受けるんじゃなくて、関全体を使って削ってきやがる」
范増は城壁の上に翻る旗を見た。
「あれは王氏の旗じゃ。指揮を執っているのは、おそらく王賁であろう」
「王賁か」
項羽は目を細めた。
鉅鹿で死んだと聞いている王離の母である。
「娘を失ってなお、秦のために戦うか」
「それだけではあるまい。劉邦に何を吹き込まれたかも分からぬ」
項羽は返事をせず、ただ閉ざされた門を睨んだ。
どのような理由であろうと、今の王賁は自分の前へ立ちはだかる敵だった。
◆
五日目。
城壁の上から楚軍を見下ろした王賁には、勝利が見え始めていた。
初日と比べれば攻め手の数は明らかに減り、兵の動きにも力がない。矢の数も減り、梯子を持ち上げる速度さえ落ちている。
「このまま保てば、向こうが先に尽きる」
隣の将が頷く。
「楚軍の兵糧も残り少ないようです。この二日で攻めは明らかに弱まっております」
「なら焦るな。こちらは壁の上で待てばいい」
王賁は再び楚軍を見た。
項羽は確かに恐ろしい。
鉅鹿で李信を一撃で斬ったという話も、今なら信じられる。
それでも、戦は将一人で決まるものではない。
兵が飢えれば進めず、攻城具を押す者が倒れれば門も破れない。どれほどの怪力があろうと、城壁の上と下という差までは消せない。
ここで項羽を退ける。
そうすれば、まだ秦は終わらない。
子嬰には国をまとめる意思がある。関中の民も、秦そのものが完全に消えることを望んでいる者ばかりではない。
そして王賁自身にも、まだ戦う理由が残っていた。
娘を奪った楚軍。
その楚と行動をともにしている扶蘇。
かつて守った男だからこそ、その選択への怒りは強かった。
(お前まで秦を捨てたのなら、私がここで止める)
そう思った時、見張りの兵が遠くを指した。
「将軍、東より大きな車列が近づいております」
王賁は眉を寄せ、街道の彼方へ目を凝らした。
砂煙の中から見えてきたのは、兵だけではなかった。
荷車だった。
穀物袋を高く積んだ車が何十、何百と連なり、その後ろにもまだ列が続いている。馬や牛に引かれた荷駄まで加わり、まるで一つの軍勢そのものが食糧を運んできたような規模だった。
「……まさか」
王賁の表情が変わった。
やがて先頭に掲げられた旗が見える。
公子扶蘇。
さらに、その周囲には王氏に連なる旗も混じっていた。
王賁は言葉を失った。
楚軍が今、最も必要としているものは援軍ではない。
腹を空かせた兵を再び動かすための兵糧だった。
その兵糧を満載した車列が、扶蘇の旗とともに函谷関へ近づいていた。




